17話 クラス
ルドリンク魔剣学院は、三つの学年に分けられる三年制の形式をとっているというのは有名な話だ。
そしてさらに、そこから細部に分けると『クラス』という単位になる。
一クラスおよそ五十人。それが1から4までで四つに区分される。
学生はこのいずれかに所属し、勉学に取り組む仕組みになっている。
さて、俺が振り分けられたクラスはというと……
「4クラスか……」
数列で見れば一番後ろ。
気分的には2か3クラスあたりが一番角が立たなそうだと思ったが、1に比べればずっとマシである。
なかなか嫌いではない。
「エルフィはどうだった」
「私も、4クラスよ」
どうやら俺たちは運に恵まれたらしい。
エルフィは「友達と一緒のクラスになれるって、結構嬉しいのね……!」と興奮気味だった。本人が喜んでいるならそれで良いか。
俺たちはそのまま、4クラスの教室へ向かうことにした。
扉を開けると、中は閑散としていた。
「おかしいわね。ここ、本当に4クラスの教室?」
エルフィの疑問は尤もだった。
あまりにも人がいない。いる事にはいるが、軽く数えて三十人程度。授業開始五分前の光景とは到底言えない。
しかも、問題はそれだけではない。
机の上に足を乗せて居眠りしている奴、授業前だというのに飯を食い始めている奴、それから、勝手に占星術の陣を机に書いている奴。
秩序がないとか、素行に問題があるとか、そういう次元の話ではない。
始まる前から軽く学級崩壊を起こしている。
「俺たち、来る教室間違えたか?」
「間違えていることを祈るばかりね」
そう言うエルフィの顔には諦念の色が浮かんでいた。どうやら現実を受け入れたらしい。
事が起きたのは、その時のことだった。
「——なんだよテメェ!」
後方から、怒声が飛んできた。
見ると、小太りの男が隣の席に向かって手を叩きつけていた。
「あ? んだよ、お前。うっせぇな」
対する金髪の青年は、怠そうにしながら睨み返した。
というか、あの見た目と声は、もしかして——
よく見て、確信した。ハンスだった。
試験で邂逅して以来姿を見ていなかったが、同じクラスだったらしい。
「い、今、俺の肩にぶつかっただろ! 謝罪しろ、謝罪!」
男子生徒が言うと、ハンスはフンと鼻で笑った。
「所詮は三流の魔術師だな。言うことも三流そのものだ」
「な、なんだと!?」
その言葉がよほど頭に来たのか、男子生徒はものすごい剣幕で激昂した。
同時に、腕が振り上げられる。本気で手をあげる動作だ。
しかし、男子生徒の腕が振り下ろされることはなかった。
「……っ、あ、が……」
「だから、三流と言っただろう」
ハンスは男子生徒の首を掴み、いとも容易く持ち上げた。
腕を振り払おうにも、圧倒的力量差の前には全てが無意味。
首が絞まれば、あっという間に顔が真っ赤になって男子生徒は泡を吹き出した。
「この世は実力が全て。強い者が頂点に立ち、実力を弁えた者がその下につく。力量差すら弁えることのできないお前は、詰まるところ三下以下ってなわけだ」
流石に、止めに入らないとまずいかもしれない。
前に出ようとすると、ハンスの視線がこちらに向いた。
「あ? ……あれぇ、落ちこぼれのアルトじゃねぇか。お前、入学できたんだな」
意外も意外、といった表情で驚いた素振りを見せた。いや、おどけた素振りといった方が正確かもしれない。
「彼、もう気絶してるだろ」
「だから?」
「一度、離してやってはくれないか」
そう言うと、ハンスは鼻で笑った。
「出来損ないのお前が、俺に命令? 随分と偉くなったもんだなァ」
かなり下手に出たつもりなのだが、彼の脳内では俺が傲慢な態度をとっているように見えたらしい。
もう少し様子を伺っても良いのだが、流石に男子生徒の方が限界そうだ。
入学早々、俺の身の回りで沙汰を起こしてもらうわけにはいかない。
木剣を鞘から抜き出そうとしたその瞬間、
『ラピッド・スパーク』
電撃が走った。
それは正確無比に俺とハンスの間を通り抜け、教室の壁に穴を開けた。
エルフィが放った者じゃない。今この場に現れた、第三者によるもの。
「静まれ、ガキども」
藍色の髪と、青の瞳。着ているのは学生服ではなく、黒の法衣。つまり、彼は——
「授業を始める。全員席につけ」
男は教卓の前に立ち、俺たちを睨みつけた。
「聞こえなかったか、そこの坊主」
チ、と舌打ちをすると、ハンスは男子生徒を離した。
「——実に、不本意極まりない。しかし、命令だ。まずは私の名前を開示してやろう」
男は白墨を掴みとると、乱雑に黒板に叩きつけるようにして文字を書いた。
「私の名はクラウス・クラフト。此度この4クラスの責任者を押し付けられた、お前たちの教授というやつだ」
クラフトと名乗った男は、教室を見渡すと心底居心地が悪そうに目を細めた。
「入学初日で欠席が三名、遅刻が五名……それから、挨拶がわりの暴力沙汰。本当に、愉快と言わざるを得ないな、この4クラスは」
俺はエルフィに耳打ちした。
「4クラスって、そんなに悪評名高い感じなのか?」
「分からないわ。だけど、この実態を見るにそうと言わざるを得ないわね」
クラフトは続けて言った。
「分かっていない奴がいるようなので、説明してやろう。この学園がクラスを分別するのには二つの理由がある。一つは混雑を避けるため。そしてもう一つは、生徒の棲み分けをするためだ」
バン、と机に身を乗り出して彼は続ける。
「実力人格ともに卓越した者が集まる1クラス、平均以上の秀才2クラス、標準以下の3クラス、そして……論外の4クラス、お前たちのことだ」
論外、ときたか。
どうやら俺たちは、生粋の問題児として学院にみなされたようだ。
ルドリンクの入学試験で合格するためのラインは、上位二百位以上。
全体で見れば実力者の内の実力者と言えるが、一度学院に来てしまえばその前提も崩れる。
上には上のヒエラルキーが存在しているというわけだ。
「実力があっても人格が破綻している奴、そもそも実力が怪しい奴、仄暗い前科を持っている奴、その全てがまさしく闇鍋のようにこの一クラスへと集約されている。どうだ、怖くなったか? だが残念、一番怖いのはこの私だ……!」
一気に捲し立てると、クラフトは椅子に座り込んで項垂れた。
「……どうしよう、先生拗ねちゃった」
きっと、先生にも傷心に浸りたい時があるのだ。
やがてクラフトは立ち上がると、諦念の混じったため息をついた。
「つまり、私が何を言いたいかというと、担任になってしまった手前よろしく頼みたい、ということだ。実に不本意だがな」
良いところで話をまとめたなと思ったら、彼は改まった表情を浮かべた。
「そんなクソッタレもいいところなお前たちだが、入学した以上身分の上では他のクラスと平等だ。当然、お前たちにも評価を挽回するチャンスがある」
よく聞いておけ、と前置きを入れるとこう言った。
「——『緊急試験』。それが、お前たちに与えられる数少ないチャンスだ」
クラフトは、ガチャガチャと乱雑に、黒板にその文字を書く。
「緊急試験は、文字通り緊急で取り行われる。内容も、評価基準も、形式も、その時が来るまで秘匿される。つまり、お前たちの臨機応変性を試す試験だ。これによって好成績を収めた者は飛躍的な加点を施され、一定値を下回る成績を収めた者は——退学だ」
瞬間、教室中の空気がひりついた。
「せ、先生! 一つよろしいでしょうか!」
女子生徒が手を挙げた。
「なんだ、言ってみろ」
「その、私たちは相応の努力をして、入学試験を合格しました。そんな簡単に退学なんて言われても、困ります!」
当然の抗議だった。
しかし、クラフトは頭を振って答える。
「我々はただの学術機関に所属する学徒ではない。世界の脅威に対抗する勇者を志す、イカれた集団だ。当然、実力の至らない者は死ぬ。そうなるよりも先に足切りしておくというだけの話だ」
「……っ」
女子生徒は、言葉に詰まったのかそのまま席に着いて顔を俯けた。
彼女だけではない。教室中の全員が、クラフトの言葉に異を唱えられなかった。
完全に全てが己の実力で決まる学院、か。
残酷だが、潔いくらいに単純明快だ。
すると、クラフトは生徒の間を通りながら、一枚ずつ紙を置いていった。
そこに記されている題は『人命に関する契約書』
『当学院で発生した当人の人的被害は、すべて自己責任であると同意する』
たった一文、それだけが書かれている。
「その紙に署名をしろ。もし、それに同意することができないのであれば、即刻この場を立ち去るがいい」
静まりかえる教室。
半ば命を脅されているようなものだ。躊躇するのも、無理はないだろう。
俺は内容を一瞥して、ペンを取った。