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黒の魔女  作者: 希望無人
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14話 契約の指輪

「すごいな……」


 目前に広がる学園の風景に、俺は呆然と呟いた。

 

 もしここにエルフィがいたら、お上りさんみたいな俺を見て間違いなくからかってくることだろう。

 

 セントラルとはまた一風変わった、荘厳な空気を纏った煉瓦作りの建物。

 おそらく、校舎であろう。

 それ以外にも学院内にあらゆる施設が密集して、入り口からでは全貌を目におさめることすらできない。


 もはや学院そのものが都市を作り上げている。

 噂には、これを『学園都市』と人は呼んでいるらしいが、その理由が分かった気がする。

 

 思わず、田舎から始めて都会にきた人みたいに、キョロキョロとしてしまう。いや、実際にそうなのだが。


 ……ひとまず、寮に行ってみるか。




 ここの学生は、入寮してそこで学生期間を過ごすことを義務付けられている。

 学生間の繋がりを深めるため、だとかいう話らしいが、俺にとっては関係のない話である。


「随分と豪勢だな……」


 俺の部屋は、寮の玄関を入って右に曲がった通路の、ちょうど三部屋目にあった。


 程よく広すぎない空間には、木製の机とフカフカのベッドが完備されている。

 そのほかにもタンスや椅子など、生活に必要なものは大体揃っていた。


 部屋の中心で、椅子にポツンと座る。

 しんとした静けさ。心地よい孤独感。


 そうだ、俺が求めていたものはこれだ。

 誰にも侵害されない、完璧なパーソナルスペース。間違いなく、これから幾度となくお世話になると確信した。


 ところで、タンスの中には制服が入っていた。学院から支給されたものだ。

 無論、これから外を出歩くためにはこれを着用しなければならない。


 無地のボロ布も同然の服しか持ち合わせていなかったので、正直こういったものをもらえるのはありがたい。


 学生服は、魔術師志望と剣士志望で異なる。

 俺は無論剣士として志願したので、それに合わせたものとなっている。


 白を基調とした、軍服のようなおしゃれな服だ。

 着てみると、案外しっくりきた。


「意外と悪くないな……」


 おそらく剣術に精通した職人が設計したのだろう。剣を振る際の可動域を邪魔しないように上手くできている。


 さて、確認するものも確認したし、あとは来たる入学式を待つだけ。

 と、思ったのだが。


「なんだ、これ?」


 机の上に、羊皮紙があることに気づいた。

 伝言のようなものらしく、何かが書かれている。


「——『契約の指輪』について……?」


 続きを読んでみる。


『アルト・アストレア殿へ。

 『契約の指輪』の付与期限が近づいています。学生館へ早めに受け取りに来てください』


 どうやら、催促の伝言のようだった。

 

 契約の指輪……

 確か、こういう学院に入学する時は、たいていどこでも配布されるんだったか。


 仕方がない。今日一日部屋に篭ろうかと思ったが、面倒ごとは早めに片付けておくに限る。

 俺は重い腰を持ち上げて外出することにした。


 =====


 学生館はセンターホールの隣にあった。

 つまり、学院の中心部。最も人が集まる過密地帯である。


 和気あいあいと男女でデートだのをしている学生たちの側を通ると、胃が痛くて仕方がなかった。

 早めに済ませよう……


 学生館の中に入ってから、書いてある情報の通りに進むと、聖堂のような場所に着いた。

 

 祭壇が正面の奥にあって、その向こうに金髪の魔女が座っていた。

 魔女はこちらに気付くと、手招きをして声をかけてきた。


「いらっしゃい。君で最後よ」




「——すみません、待たせてしまったみたいで」


「君みたいな人は珍しいわ。普通、ほとんどの人はこぞって指輪を欲しがるのに」


 魔女は学生指導役の教師という肩書きらしい。

 名前はマリア・メルケンス。つまりメルケンス先生だ。


「いやあ、訳あって今日学院に来たばかりでして……」


「随分と遅いわね。何か訳でも?」


「ギリギリまで、孤独を味わってたかったんです」


「……ん?」


「すみません、こっちの事情です」


 それで、と俺は本題に入ることにした。


「契約の指輪を作るには、儀式が必要と聞いたんですけど」


「その通りよ。だから、ここの聖堂を借りているの」


 なるほど、いかにも儀式に適していそうな空間だ。


 早速、と先生は儀式の準備に取り掛かった。


「血を、一滴いただける?」


 俺は渡された針で指先を刺した。

 血液が垂れて、ポタ、と水瓶の水面が波打つ。


 赤い血が滲んだ水瓶に、彼女は指輪の原型を落とし込んだ。


『血は人の現し身、水は彼を映す鏡、我が魔力のもとに彼の者を現在させよ』


 直後、水面が光り輝いた。

 魔力が指輪に集約して、青白く光沢を放つ。


「完成! これが、君の指輪よ」


 彼女は宝石を嵌め込まれたリングを見せた。

 これが契約の指輪……間近に実物を見たのは初めてだ。

 

「これを君にあげよう、と言いたいところなのだけど——まずは契約の指輪について説明をしないといけない決まりなの。これについて、君はどれくらい知ってる?」


「実のところ、あんまり……」


 知っていることといえば、と記憶を探る。

 

 自分の写し鏡、とも言われるほど重要なものということだけは知っている。

 あとは、重要な契約を結ぶ際に使うということも。


「大体その認識であっているわ。だけど、あえて言うなら『至上の契約』を結ぶことが、この指輪の最大の目的よ」


 至上の契約……


「この指輪は、己の分身。つまり、この指輪に祝福をかければ本人は祝福され、逆に奴隷契約を結べば本人にも奴隷契約が適応される。魔術師と剣士は、学院卒業までにこの指輪を交換して契約を結ぶの」


「……しないと卒業できませんか?」


「そんなこともないけど、たいていの学生はするわね」


 先生は苦笑いした。


「契約は通常、かけるリスクが大きければ大きいほど強大な効力を発揮する。自分の写し鏡を開け渡すという最大のリスクを犯すことが、至上の契約と呼ばれる所以(ゆえん)ね」


 なるほど、よくわかった。

 この指輪が大変物騒な代物であるということが。


「……やっぱり、指輪を受け取らないでもいいですか?」


「あら、それはまたどうして?」


 俺は頭を振った。

 

「どうせ、契約とかしませんし。持ってるだけ無駄です」

 

 何より、俺と契約なんかしたがる人間とかいるわけがない。

 孤独を至上とする俺に、似つかわしくないアイテムだ。

 

「そう決めつけるのは、まだ早いと思うわ」


 先生は無理やり指輪を握らせてきた。

 

「どういう意味ですか」


「これから先、君は君の全てを捧げたいと思えるような人に出会えるかもしれない、ってこと」


 根拠のない仮定だ。取るに足らないとも言える。


「心の底から頼り合える関係って、とても素敵だと思わない?」


 そう言って、先生は薬指の指輪を見せた。


「先生は、契約したんですか?」


「そうよ。この指輪も、私のものじゃなくて彼がくれたものなの。お互いの信頼の証ね」


 そう言う彼女は、どこか幸せそうだ。




 結局、先生の言葉に押し負けて指輪をもらってきてしまった。


 去り際、彼女は不吉なことを言っていた。


「——その指輪は、絶対に肌身離さず持っておくこと。うっかりで誰かの手に渡ったら、どんな目に遭うかわからないから」


 それはつまり、十分に悪用される可能性があるということ。

 なんだったら、現在進行形でそうされている学生も、少なからずいるだろう。


 保管には気をつけないといけないな。


 ……明日にはいよいよ入学式が迫っている。聞くところによるとクラス決めもされるらしい。

 面倒な輩と一緒にされないことを願うばかりだ。

 

 憂鬱極まりないが、俺ができることは極限波風立てないように身を潜めることだけだ。

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