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黒の魔女  作者: 希望無人
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13話 貴族と平民

 ルドリンク魔剣学院。

 煌びやかで華やかな風格を見せつけるその学び舎は、誰もが憧れる至上の舞台。


 ある者は英雄に、ある者は宮廷の魔術師に、またある者は世に憚る大冒険者に。


 しかし、そんな光の面とは裏腹に、そこには闇が存在する。

 メインホールから離れた、人目のつかない路地裏。


 そこには学生服の男女が合わせて七人。

 

 内、六人は豪勢な装飾で身を飾った男女——貴族。

 対する一人はいかにも貧しいような様相の少年——平民。

 

 平民の少年、ルイ・ベルナールは猛烈に後悔していた。


 正直なところ、浮かれていた。

 あの憧れのルドリンク魔剣学院に入学し、舞い上がった挙句、上機嫌で外出してしまったのだ。


 あと少しだけ身の程を弁えていたら、あと五分出るのが遅かったら、あるいは、一個手前の角を曲がっていたら。

 もしかしたら、自分の運命は変わっていたかもしれない。


「お前、平民だろ」


 大柄な男に睨まれる。

 たったそれだけで、ルイは足をガクガクと震わせて萎縮してしまった。


「えと、その……」


「平民かって聞いてんだよ!」


「ひえ!?」


 真横で何かが破裂した。

 見ると、男が炎魔法で威嚇射撃したようだった。


「は、はいぃ! 平民です! 僕は、身分の低い平民です!」


 ルイは必死になって頭を下げた。

 それを見て、彼らはニヤニヤと笑みを浮かべる。


 恫喝、なんて単語が頭の中をよぎった。


「気に入らないんだよなァ、こういう、平民の特待制度ってやつ」


「…………!」


「貴族は貴族で、平民は平民で、棲み分けられるべきだと思わないか? なあ?」


「は、ハハハ、おっしゃる通りです……」


「あ? 何ヘラヘラ笑ってんだよ」


「……っ!」


 ルイは「すみません」と口ごもった。

 ……実際、この世界において貴族と平民の間には隔絶的な溝がある。


 無論、奴隷と主人ほどの関係とまでは言うまい。

 しかし、明確に貴族は上の存在であり、平民は全員それよりも下であるという観念は、深層意識に強く根付いている。


 平民は、逆立ちしても貴族の上には立てない。

 

 だから、全てが平等になるこの学院において、彼らは平民の存在が許せないのである。


「たまたま珍しい才能に恵まれて、たまたま学院にお呼ばれしただけの人間が、のうのうとした面でよく道を歩けたもんだなァ」


 何も、言い返せない。


「フン、ついにものを言えなくなったか。つくづく、ムカつく態度の野郎だ——」


「そこまでにしておきなさい、ハンス。手を上げればアナタの格が落ちるわ」


 拳を振おうとした男が制止する。

 少女だ。それまで静観を貫いていた少女が、ようやく言葉を発した。


「ア、アリア……これはあれだ、ただの冗談さ」


 ハハハ、と男は乾いた声で笑った。


 アリア。その名前には、聞き覚えがあった。


「アリア・フィグラルツ……」


「アタシの名前を軽々しく呼ばないで。不快よ」


 少女は心底嫌そうな顔を浮かべていた。


 アリア・フィグラルツ。その名は、剣を持ったものでなくてもよく知っている。

 

 真紅の頭髪と、鮮やかな黄赤の瞳。凛とした佇まいは、ただそれだけで見る人を威圧する。

 剣の名家フィグラルツ家の次女で、十五歳にして皆伝にたどり着いた天才。

 さらには魔法の技能にも長け、剣術と魔法を組み合わせた魔剣術を駆使して、そこら中の剣術大会を荒らして回ったと言う。


「——アナタ、このままではまともな学生生活を送れないと思った方がいいわ」


「……へ?」


 唐突な言葉にルイは疑問符を浮かべた。


「この学院では、無数の派閥と勢力がしのぎを削りあっている。一人で孤立すれば……どうなるか、分かるでしょう?」


 ゴクリ、と生唾を飲み込む。


「そのことが、そちらと何か関係でも……?」


「アタシたちは、アナタを勧誘したいの。アタシたちの勢力に加われば、アナタは後ろ盾を得ることができるわ。もちろん対価は払ってもらうけど、悪い話じゃないと思わない?」


「その、対価っていうのは……」


「簡単よ、信用を印を渡してくれるだけでいい」

 

「信用の、印……?」


 ルイは嫌な予感がした。

 貴族が、わざわざ平民を味方につけたいだなんて話はありえない。それこそ、天と地がひっくり返ってもありえない。


 そこには必ず、打算があるはずだ。


「わからない? 『契約の指輪』よ」


 そして嫌な予感は、見事に的中した。


「い、嫌です! それだけは、渡せません」


 『契約の指輪』は、言うなれば己の写し鏡。

 自分の命の同等の価値をもつ品だ。


 それを無条件で渡すなんてことは、たとえ貴族が相手でもできるわけがなかった。


 ——しかし。


「黙って見てりゃ、ぐちぐちウルセェったらありゃしねェ」


 威圧感を覚え、自然と足が後退りする。

 だが、一歩後ろは壁。後退は許されなかった。


 相手は六人。対するこちらは、非力な魔術師一人。


「——お前に、拒否権はねえんだよ」


 ドスの効いた声で詰められる。

 ルイはヒュっと喉を鳴らした。


 それから男は近寄ってくると、ローブの内側をまさぐり始めた。

 無論、ルイに抵抗は許されなかった。


「お、あったあった」


 ついに男は『契約の指輪』を見つけ、指で弾いた。

 水色の光を灯す指輪は、宙を回って男の手中に収められた。


「もらいっ」


 思わず、「アァ」と情けない声が溢れた。


「まぁ安心しろ。悪いようにはしねえからさ」


 そんな信用も置けない言葉を残して、彼らは去っていった。


「——どう、しよう……」


 ルイは膝をついて、絶望した。

 希望に満ちていたはずの学園生活は、一瞬にして絶望の淵へ。


 自分は、悪しき貴族たちに命を握られたも同然の状況に陥ってしまったのだ。


 雑用、奴隷、捨て駒。

 不吉な単語の数々が頭をよぎる。


 一体、どんな酷い扱われかたをするのか、想像しただけで身震いがした。


「終わった。僕の学院生活、終わった……」


 項垂れる彼の後ろ姿は、どこか哀愁漂っていた。




「——これで二十人目。着実に増えてるな、アリア」


 ルイから指輪を奪った男——ハンスは得意げに言った。


「ええ。これで、きっと母様も褒めてくれるはず……」


 ここまで、平民の特待生を中心に、立場の弱い学生を引き込んできた。

 勢力は順調に拡大し、今や始業前にして一個小隊並の戦力を抱え込んでいる。


 アリアは密かに笑みを浮かべた。


 これなら勝てる。あの、黒髪の呪い子に。

 生まれた時から今まで、ずっと自分の上を行っていたあの憎き女に、制裁を与えられる。


「待っていなさい、エルフィ・イリネー」


 アリアは心に決めていた。

 今、彼女をその上座から引きずり下ろしてやると。

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