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黒の魔女  作者: 希望無人
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11話 友達

「どうにか、やり過ごせたみたいだな」


 敵の気配は完全に消え去った。つまり、勝利ということだ。

 本来なら一件落着、と言いたいところなのだが……


 やけに、エルフィからの視線が鋭い。


「なんだよ」


「んー? いやね、私、全員を相手するつもりで魔術を展開していたつもりだったのだけれど……」


 見れば、地面には気絶した盗賊たちが横たわっている。


「——結局、半分くらいしか倒せなかった」


 つまり、残りの半分はこちらが撃破した。

 殲滅力は、互いに()()


「いいことだろう。お互い仕事が出来たってことだ」


「……私、殲滅力は誰にも負けない自信があったのだけど」


 エルフィは目を細め、まるで珍しいものでも見るかのような目を向けた。


「もしかして君、相当強い?」


「強いかどうかは、俺が評価するところじゃないな」

 

 その答え方は彼女の意に反するものだったのか、不服そうな表情をされた。


 というか、言いたいことならこちらにもある。


「あの手枷、自力で壊せたのかよ……」


 これでは脱ぎ損じゃないか。

 できるのならできると言って欲しかったものだ。


「そうするつもりだったわ。だけど、急に命乞いを始めたのは君の方じゃない、いや、それどころか……」


 すると、エルフィは肩を震わせ始めた。


「は、裸踊りまで、ふ、フフッ……っ」


 笑っている。それも、相当ツボに刺さったのか、大爆笑だ。

 

「ごっ、ごめんなさい……でも、君の踊りを思い出したら、笑いが止まらなくて……っ」


 やがて彼女は声をあげて笑い転げた。


 ……一体、俺はどんな感情でここにいればいいんだ。


「ハッ、ハッ、笑いすぎて、お腹が痛い……っ」


 エルフィが表情を見せないようにしていたのは、後ろめたさ的なものがあるからだと思っていたが……

 もしかして、普通に笑いを堪えるためだったのか?


 衝撃だ……俺は結構真面目にやっていたつもりだったのだが。


「そんなに笑うか?」


「笑うわ。面白かったもの」


 なんてことだ。本当に脱ぎ損だ。

 

「世界を探せば黒髪を憐れむ人くらいはいるでしょうけど、裸踊りができる人はどこを探しても君一人だけでしょうね」


 エルフィは満足げに笑った。その目尻には泣き腫らした跡が残っている。

 しかし残念、それは爆笑の跡である。


「チクショウめ……もしナイフで肌が切れたりしたら、どうするつもりだったんだよ」


「心配、してくれたんだね」


 なんだよその煽るような目線は。

 せっかくこっちが気を配ってやっているというのに……


「これなら、助けなきゃよかった」


 なんだかしてやられた感じがして、俺は今日何度目かの悪態をついた。


 =====


 それから、気づいたら日が沈んでいた。


 ここに至るまで、色々面倒ごとに巻き込まれすぎた。

 本来なら日中に課題をクリアしてしまうつもりだったが……この際仕方がない。


「すっかり夜になってしまったわね」


 目前には、神秘の滝が広がっていた。


 視界に収まりきらないほど先まで続く断崖から、濁流が泉へと流れ落ちる。


 正直、絶景だ。

 今までいろんな場所を放浪してきたが、その中でもとびきりの光景と言っていい。


「どうせなら、昼下がりの景色を見たかったもんだな」


「それなら、日を改めてもう一回来る?」


「行くかよ」


 そう言うとエルフィはやけに満悦そうに笑った。


「……アルトは、学院に行ったらどうするの?」


「さあ、一人で細々と生活するだろうな」


「友達とか、作らないの?」


「作るつもりは無いな」


 俺は孤独に生き、孤独に死んでいくのだ。

 そう言うと、エルフィは顎に手を当てて「うーん」と何かを考え始めた。


「どうした……?」


「いや、今からすごく切り出しにくい話をしようとしていたものだから、どうすればいいか悩んでいたの」


 しかし、と彼女は心を決めたのか俺の前に立って腕を組んだ。


「……なんだよ」


「君ついて、浅薄ながら分かったことがあるの」


「はあ」


「君って——言うなれば『実はなかなか良い奴』よね」


 それは、褒めているのだろうか。

 どうリアクションを取ればいいか分かりかねている俺に、続けてこう言った。


「そんな良い奴の君を見込んで、頼みたいことがあるの。聞いてくださる?」


「まあ、俺にできることなら」


 やがてエルフィはコホンと一息つくと、こう言った。


「アルト、私で良ければ、お友達になってほしい」


 彼女は胸に手を当て、深く頭を下げた。

 今日みせた貴族の敬礼と、同じものである。


「あんたの、知的好奇心のためか?」


「よく分かっているじゃない」


 ——人間関係とは、大抵面倒であることが多い。

 信用できるか、利用されているだけではないか、逆に相手を不快にさせていないか、他者とは己ではなく、故に思考はすれ違い面倒ごとを引き起こす。


 しかし、たまにはそんな面倒ごとに片足を突っ込んでみても良いのではないか。

 柄にもなく、そんなことを思った。


 だから、俺はこう答えることにした。


「良いぞ、俺で良ければな」


「……随分と淡白ね。なんだか、改まって言って損した気分だわ」


 じゃあなんて答えればよかったんだよ。

 呆れまじりに息を吐く。


「それなら、淡白じゃ無いやり方が良かったか?」


 俺は木剣を引き抜いて、その切先を突き出した。


「何、それ?」


「かつて、英雄ハインリヒは初めて賢者メノウを認めた時、仲間の印として剣と杖を交わしたらしい」


 つまり、これはその再現だ。

 そう説明すると、エルフィは瞳に光を灯した。


「君、なかなか良いセンスしているわね……!」


 杖を出し、剣と組み交わす。


 きっと、友達というやつはこんな宣言をいちいちせずとも成り立つような、特別でもなんでもない関係に違いない。

 しかし俺たちはそうする。

 なぜなら俺たちは不器用で、人間不信で、他の誰よりも孤独だったからだ。


 すると、エルフィは何かを感じ取るように、目を閉じて眉を寄せた。


「どうした?」


「友達という存在を、体感してる」


 うんうんと唸りながら、思考をまとめているみたいだ。


「……何というか、言葉にできない、かも」


 未知の感覚を探ろうと躍起になっているその姿は、年相応の少女のようだった。

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