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黒の魔女  作者: 希望無人
10/32

10話 命乞い

 ——来る。

 予備動作を最小限に抑えた速攻戦術。


 戦いの火蓋は、男の刺突と同時に切って落とされた。


 カンッ! と乾いた音が木剣から鳴った。

 同時に、アルトは直感した。


 ——こいつ、剣を理解っている。


 そこらへんの剣使いが振るような代物ではない。

 長年の研究の果てに生み出された、洗練された()()だ。


「終わりだ」


 直後、男の剣が一気に目前まで迫る。

 一閃。鮮やかな一撃がアルトの体を通り抜けた。


「殺れ」


「は、はい! 『ウォーター・ランス』!」


 水の槍が展開され、アルトを貫いた。

 砂埃が舞い上がり、決着がつく。


「……所詮は、こんなものか」


 男は落胆した。

 久しぶりに少しは骨のあるやつとやりあえると思ったのに、あっけないものだ。


「勝手に剣を納めてもらっては、困るんだが」


 しかし、声がした。

 アルトの、平然とした声だ。


「……あ?」


 振り返り、男は目を見開く。


 確かに、胴体の真ん中を斬ったはずだった。

 しかしその剣士は無傷で佇んでいた。


 いなされた?

 まるで、そんな感覚はなかった。


 ふとよぎった違和感に、男は苛立ちを覚えた。


 男は剣を上段に構える。

 振り下ろしの構えだ。


 アルトが柄を逆手に防御の体勢を取ると、それを見て剣筋が揺らいだ。


 本命の狙いは、足元。

 上段に集中を向けることで、下側の防御を薄くしたのだ。


 薙ぐように振るわれる長剣。

 アルトは跳躍することでそれを躱した。


 同時に転回しながら、反撃を繰り出す。


「——っ!」


 男は咄嗟に左手でそれを防いだ。

 しかし、その一撃で籠手が破壊される。


 衝撃が貫通し、男の左手にはあざができていた。


 アルトは手をついて着地し、間合いを測った。


「……驚いたぜ、あと少し反応が遅れていたら、肩がいかれていた」


 驚愕というより、呆然といった声色だった。

 まるで、自分を苦戦させる存在に戸惑っているようだった。


「こっちこそ驚きだ。まさか盗賊にこんな剣を使える奴がいるとはな。……差し詰め、どこかの騎士団から身を堕とした流れ者ってところか?」


「ほざけ……過ぎた詮索は、身を滅ぼすと知れ——!」


 男はすかさず追撃に出た。

 勝負は未だ一合を交わしたのみ。ここから先は、熾烈な果し合いだ。



 

 男——エルドはかつて王国の騎士だった。


 剣の才能に恵まれ、果てには一個小隊の副隊長を任されるまでになった。

 自分に適う存在などいない。ずっとそう確信していた。


 しかし、居た。

 何をどう足掻いても、勝つことのできない剣士が。


 騎士団隊長、王国の栄光を一身に背負う強者の中の強者。

 エルドは愚かにもその人に挑み、敗北を知った。


 それから、エルドは全てがどうでも良くなった。

 自暴自棄になって、酒に溺れ、賭け事に身をやつし、果てには盗賊にまで身を落とした。


 そうしたらどうだ、盗賊たちは自分を神のように崇めるではないか。

 自分が剣を振れば敵勢力は散り、味方は狂信的なまでに陶酔する。


 ここではエルドが一番だった。

 どこよりも自分が輝けるステージだと思った。


 しかし、


 ——なんなんだ、このガキは……!


 エルドは瞠目する。


 斬れど斬れど、劣勢になっていくのはこちら側。

 ただただ体力が削れていく中、鋭い剣筋が容赦無く降りかかってくる。


 今や防戦一方だった。


「クソッ、クソッ……!」


 その剣は、かつて戦った最強を思い出させた。

 何よりも強く、何よりも美しく、何よりも誇り高い。


 もはや一つの芸術とも思えてしまうほどの剣戟。

 自分の剣術がみすぼらしく感じてしまうほどの太刀筋。


 焦りと羞恥心で、汗がダラダラと流れた。


「負けを認めろ、そうすれば見逃してやる」


「ハァッ、ハァッ……もう、勝者気取りかよ……っ」


 ()()を出すしかない。

 エルドは居合の構えに入り、アルトを睨みつけた。


 盗賊に身を堕としてから、後ろめたさから使うことのできなかった秘伝の術。

 これで、何人もの強者を屠ってきた。


「喰らえ——!」


 抜刀と同時に放たれる、最速の一撃。

 秘伝の居合術が襲いかかる。


 取ったっ!


 迫る刀身。

 しかしそれは、首の皮を断つよりも先に制止した。


「ぐ、ぬう……っ」


 斬れない。

 エルドの最速を以てしても、反応された。


 弾かれる。

 エルドは膝をつき、同時に動揺した。


 アルトが”居合の構え”に入ったからだ。

 それは先に自分が仕掛けたのと、同じ構え。


 ——まさか。


「嘘、だろ……」


 抜刀。

 エルドの最速、いやそれを凌駕するスピードでアルトは剣を振り切った。


 八年。

 エルドがこの技を習得するのにかかった時間だ。


 約十秒。

 目前の少年がその技を放つのにかけた時間だ。


 自分の技を盗まれたと気づいた時、エルドは地面に膝をついていた。


「ゴハッ!?」


 吐血する。

 アバラの骨をいかれたのが分かった。


 同時に悟る。

 こいつは、化け物だ。


 完全に、自分だけの技をコピーされた。

 それもただの紛い物ではない、本物の技だ。


「クソが……」

 

 なんて()()()()をしてやがる……!


「もう、勝敗に文句はないな」


 剣を向けられる。勝負は決した。

 しかし、まだ終わりではない。この命は尽きていない。


「っ、すまない、俺が悪かった! この通りだ、だからどうか、命だけは見逃してくれ!」


 地面に這いつくばり、必死に懇願する。

 それを見て、アルトは剣先を逸らした。


「仕方ない。別に、殺しをしたいわけでもないからな」


 やはり、甘い。

 エルドは確信した。こいつの剣術は大層なものだが、中身はただのガキだ……!


 立ち上がるふりをして、足を踏み込む。

 狙いは剣士の方ではなく、盗賊たちを対処している魔術師の方。


「ん? お前、何を——」


 気づいた時にはすでに遅い。


 縮地。

 一気に距離を詰め、手を伸ばす。


「……?」


 エルフィはエルドの動きに気づいた。

 しかし、フラ、と体が揺れる。


 ——足が、動かない。


 負傷の痛みによって出来た一瞬の隙を突かれる。

 手枷のようなものが、腕に嵌められた。


「魔具か……」


 同時に、ナイフが首元に突きつけられる。


「動くな! 動けばこの女を殺す!」


 アルトは動きを止めた。

 それを見て、エルドは口角を上げる。


「この女には魔力を制限する手枷を嵌めた。もう、魔術は撃てないぜェ」


 舌で唇を舐めずるエルド。

 アルトも、木剣を下ろし構えを解く。


「すげええええ! さすがボス!」


「あのガキが、剣を下ろしたぞ!」


 アルトは眉を下げた。


 なんて面倒なことを……

 まさかここまで堕ちていたとは思わなかった。

 

 人質作戦、か。

 盗賊らしい狡さではあるが、これもまた生存をかけた勝負の世界。何も文句を言うことはできまい。


「さて、よくも俺たちをコケにしてくれたなァ、ガキィ……」


 下卑た笑みを浮かべる。


「ここからは、処刑の時間だ」

 

 =====


 すっかり余裕ぶった態度で、男は意気揚々と語った。

 

「まずは、お前の処遇について決めてやろう」


「処遇、というと?」


 俺は肩をすくめた。

 男は「そうだなァ」と考える素振りを見せると、こう言った。


「火炙りにされて死ぬか、滅多刺しにされて死ぬか、どっちがいい?」


「…………」


 俺が答えないのを見て、盗賊たちはますます口角を上げて喜んだ。


「ギャハハハ! まさかこいつ、生かしてもらえるとでも思ってたのかよ!」


「いいぞ、ボス! もっとやっちまってください!」


 困った。

 これでは、抵抗も出来ない。


「アルト、私は——」


 言いかけるエルフィを目線で制止する。

 別に、この段階は詰みではない。やりようはある。


 木剣を手に掴み、一瞬可能性を考える。


 いいや、”あれ”を使えば彼はただでは済まないだろう。

 この場を丸く収めるためには、俺が体を張る他にあるまい。

 

「さて、どうする? どっちを選ぶ?」


 こういう時、どうするべきか。あの人はこう教えてくれた。

 

 ——全力で命乞いをしろ、と。

 惨めだろうがなんだろうが、最後に生き残った奴が勝者だ、と。


 故に、俺は堂々と言った。

 

「一つ提案をしたい。俺はこれから命乞いをする。お前たちの望む命乞いを言ってみろ」

 

 しん、と静まり返る。


 直後、爆笑の渦が巻き上がった。


「い、命乞いって……ククッ」


「なっさけねええ! さっきまであんな粋がってたくせに」


 どうやら、この提案は大ウケしたようである。

 まずは一手、成功だ。


「いいねェ、いいぜェ、お前の気概、愉快すぎて目も当てられねえくらいだ」


 それなら、と男は満足げに続けた。


「裸になって、俺の前で踊れ」


 百人の盗賊がいれば、五十人くらいは言ってきそうな台詞が飛んできた。


 しかし、そうだな。

 それは、悪くない提案だ。


「いいだろう——」


 俺は立ち上がって、服に手をかけた。


 見るがいい、俺の舞を。

 肌を外気に剥き出して、俺は踊り始めた。さながら、踊り子のように。


 それを見た盗賊はと言うと、息も出来ないくらい爆笑していた。


「こいつ、やった……やりやがった……っ!」


「俺、息できねぇ……!」


 なんて反応だ。俺は至極真面目だというのに。

 テンポよく体をしならせ、汗を滴らせる。山に籠っていた頃、よくやっていた訓練法だ。



 

 ——時に、戦いの最中で訪れる好機とは何か。


 かつて師匠に、そう問われたことを覚えている。

 無論、それは敵が隙を見せた時だと答えた。


 では、敵が隙を見せる時とはいつか。


 答えに詰まった俺に、師匠がこう言った。


 ——それは、敵が勝ちを確信した時だ。




 裸の舞を終えた俺を迎えたのは、あふれんばかりの嘲笑だった。


「ヒィ、ヒィ、ああ笑った笑った。こんなに笑ったのは久しぶりだ」


 そんなに喜んでくれたのなら、感謝の一つくらいしてくれてもいいものだが。


「こんなに笑わせてくれた礼だ。——お前ら、殺れ」


「そんなことだろうと思ったよ」


 獲物を辱めるだけ辱め、希望を持たせたフリをして絶望に突き落とす。

 彼らは、見事なまでにいかにも三流の盗賊がやりそうなことを実践してくれた。


 おかげで、隙を突ける。


 俺は盗賊たちが飛びかかってくるのを確認して、足に力を込め始めた。

 狙いは、地面に転がっている木剣の柄。


 きっと、剣の神様がいたとすれば、これを見て激昂するに違いない。

 しかし、これもまた勝負の世界。正道なんざクソ喰らえだ。


 足を振り上げ、柄目掛けて振り抜く。

 理想から寸分も違わない精度で、狙いの角度を撃ち抜いた。


 常人には決して反応することのできない速度で放たれた木剣は、正確無比に男の眉間に至った。


「あ、ぇ?」

 

 うめき声をあげる暇もなく意識を飛ばされた男は、そのまま後ろに倒れる。

 同時に、盗賊たちの間に動揺が走った。


 だが、もう遅い。

 宙に舞う木剣を目標に、俺は一気に距離を縮めた。


 縮地。剣術における基本の動作である。


 木剣を掴み、その動作のまま後ろにいた盗賊一人を斬り飛ばす。

 ステップを踏んで地面に柔らかく着地し、体勢を崩していたエルフィを抱き抱えた。


「……は?」


 ポカンと口を開ける盗賊たち。

 それは、実質的に決着がついたも同然だった。


「ボスが、やられた?」


「嘘、だろ……」


「お、女だ! 女を狙え! あいつはまだ魔術を使えない!」


 かろうじて冷静に状況を分析した盗賊。

 しかし彼は、その直後に()()()()()()()()()()腕を見た。


「……は?」


「失礼ね。こんなもので私を制限した気になっていたなんて」


 粉々に砕け散った手枷の上を踏み歩き、エルフィは魔術を展開した。


『ラピッド・ファイア』


 最速で唱えられる、最短の呪文。

 同時に最弱の威力であるはずのその魔法は、一瞬にして膨張し、森を火の海にした。


「「「ギャアアアアアアア!?」」」


 悲鳴を上げる盗賊たち。

 統率を失った彼らは、一目散にバラバラになって逃げていった。

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