黒いドラゴンと、あべこべの剣。その二。
「【魔術師の幽霊】…、アッさっきの黒い霧!!」リンド・ルークがそう言うと、黒いドラゴンはわらい声をあげながら話をつづける。
『あいつは私を飼いならして、この国を手に入れたがっていたからなぁ。おそらく王都へ向かったのだろうよ!』
リンドはあたまを抱えてしゃがみ込む。リンドの願いごとは、『かわいい女の子と付き合いたい』そんな程度だったのだ。
これではまるで『勇者』のおこないではないか! そんな大ごとに巻き込まれるなんて、『死んでもイヤ』だった。
『では行こうか、【勇者】リンド・ルーク』ゴウラと言うドラゴンは、そう言うと無理やりリンドを背中に乗せようとする。
「いやだ! 僕は【勇者】じゃあ無い!」リンドはあわててそう言うが、黒いドラゴンは【魔法】を使ってリンドを空中に浮かべて自分の背中に乗せてしまう。
『ではここから外へ出るぞ! 【瞬間移動】!!』ゴウラがそう叫ぶと、リンドとゴウラの即席コンビは夕暮れの空を飛んでいた。
「お! 降ろしてくれぇ!!」リンドは泣き出しそうにそう叫ぶが。
『はっはっは、そいつは出来ない相談だなぁ!』そう言って黒いドラゴンは、王都へと空を飛んでゆく。
「はぁ、疲れたわ…」西の山々に太陽が沈むのを見ながら、王女サリアン・サイサルは憂うつそうに、そうつぶやく。
王女。
女の子なら一度はなってみたい。そんな存在だったが本物の王女さまからすれば、毎日が息苦しい日々だった。
何をするにも、お供が付く日々。なにせ、おトイレに行くにもお供が付くのだ!
そんな日々が毎日。そう、毎日である。
それが王女に生まれたさだめ、だとしてもいい加減にしろ! ──そう思わずにはいられないトキだってある。
「だれかが、一日でも良いから代わってくれないかしら」知らず知らずのうちに、そんな言葉が出てしまう。
『うっぷんが溜まっておいでなのですね王女様』誰もいない自分の寝室に、どこからともなく声がする。
「だれ!」王女サリアン・サイサルは、目線を窓の外から部屋の中央にむける。
そこには灰色のローブをまとった一人の老人が、黒いモヤに包まれて立っていた。
「ここを何処だと思っているのですか! 王女の寝室ですよ!!」サリアン・サイサル王女は、大きなマクラの下から小さくて細い剣を取り出す。
『はっはっは、そうケンカ腰にならなくてもいいのですよ』黒いモヤに包まれた老人は、とても温和な微笑みをうかべる。
『わたしはあなたの悩みを解消して差し上げるために此処へ来たのですから』とても温和な微笑みで、サリアン王女を見つめる老人を見て。王女は自分の振る舞いが、とても恥ずかしくなってきた。
特に剣を持つのが、この老人にとても失礼な行為に思えて来る。
「あなたは誰ですか?」王女様は一応の警戒をしながら、老人に話しかける。
『わたしはあなたの悩みを解決するためにやって来た、ただの老人にすぎません。さっ、その【魔法】のかかった剣を床に置きましょう』サリアン・サイサル王女様は、この老人がとてもいい人だと思い。【魔法の剣】を床に置いた。
『そうそう、あなたはとても素直なおんなの子です。フッフッフ、ハハハハハ!』
『ムッ、あの老いぼれて死んだ邪悪な【魔術師】め』黒いドラゴンは、苦々しくそう言った。
「どうしたんだ?」リンド・ルークは、ゴウラと名のったドラゴンへ聞く。
『王女の心の闇に取り付きおった!』ゴウラがそう言ったのと同時に、城下町から炎が上がった。
「じゃあ、アノ炎は!!」リンドはゴウラの背中から指を刺す。
『ああ、あのクソ【魔術師】に、からだを乗っ取られた王女の仕業だ!』
「……あんな事のできる【魔術師】と何て戦えないよ!」リンドはブルリとからだをふるわせる。
『バカ者! ここまで来て〔怖くなったから逃げます〕何て言って逃げ帰れることが出来るか!』
「で、でも……」リンドはゴウラの背中の上でふるえる。
『カーッ。この臆病者! だったら、自分のその目で、いま、この都市で、行われている事を、見るんだ!』
そう言うと、黒いドラゴンは急降下をして、都市の屋根ギリギリを飛ぶ。
「!」
リンド・ルークは見た。
その惨状を!
城下町の一画が炎で包まれようとしていた。
人々はなんとかしてこの炎から、逃げようとしていた。
城の兵隊たちは、その惨状を起こす者を攻撃出来ないでただ見つめていた。