第1話: 拝啓、空の青さを知らぬ貴女へ(9)
―――フラウロウ西北西のとある路地・紅花夜空
「夜空さん、少し待ってください……」
その声で立ち止まり振り返る。
ルトさんは息を荒くしながら、苦しそうにしていた。
「大丈夫ですか!」
駆け寄って身体を支える。
「はい、ただ、身体が……。こんなに走ったの、40年ぶりで。嫌ですね。180にもなると、身体の衰えを感じてしまう……」
良かった、怪我をしたとかではないらしい。
これくらい離れてしまえばそれほど危険でもないだろう。少し休んで……。
「あら、本当にいた。てっきり感知器が壊れたのかと思ったわ。その顔を見るのは40年ぶりね、ルト?」
突如路地の影から現れた女性に話しかけられた。
ルトさんが冷汗掻きながら、身体を一瞬震わせる。
「だ、誰?!」
「私は"女帝"、キロフ。そこの女を殺しに来たの」
キロフと名乗るその女性が、妖しい笑みを浮かべながらこちらに向かって歩いてきた。
「ルトさん、あいつって……」
今の会話から女の正体について嫌な結論に辿り着く。
「はい。40年前、私たちを襲った二人組のうちの一人です」
ですよねーーっ?!
ヤバいって、私はまだ人間どころか、魔獣相手の戦闘すら経験がほとんどないってのに、こんなヤバそうな女、相手にできないって。
「ソラったら、本当にルトに会わなかったのね。呪いのかけ損だったわ」
その言葉にルトさんが反応する。
「……ソラさんに何をしたんですかっ?!」
怒声を上げた。
「何って、呪いで声を奪ただけよ。安心して? 解呪方法も一緒に教えてあげたから。あなたに触れればよかったのよ。でもそうすると、あなたに仕込んだ追跡の呪いが変革し、あなたを取り殺してしまうのだけれど」
「酷い……」
つい声が漏れてしまった。
目の見えないルトさんとのコミュニケーション方法、それをソラさんから奪うなんて……。
「夜空さん、武器をお持ちであれば貸していただけませんか……?」
ルトさんが立ち上がって、静かに言いながら私に手を出してきた。
「き、気持ちはわかりますけど、その身体じゃ……!」
ここはなんとか逃げて白たちと合流して……。
「夜空さん、農家の方がお野菜を届けてくださっていた話、覚えていらっしゃいますか?」
「? は、はい……」
こんな時に何の話だろう
「あの方、……お声を出すことができない方だったのです」
「えっ?!」
つまりそれって……。
「ソラさんはきっと、その死の間際まで、近くで私の事を見守り続けていてくださったのです」
想像する。
20年もの歳月愛する人と会える場所にいながら、自分の正体を明かせず触れることすらできない、それはどれほどの辛さだっただろう?
「そうまでして守り抜いてくださったこの命、簡単に散らすわけにはいかないのです。逃げても呪いで追跡されてしまうのならば、返り討ちにするまで。夜空さんはまだ戦闘に不慣れなようですから、私が応戦します」
強い人だ、と思った。
「わかりました」
私の持っていた杖から仕込み剣を引き抜き、手渡す。
すると、ルトさんは不思議そうな顔をした。
「これは夜空さんの剣ですか?」
「いえ、貰い物の借り物といいますか……」
白が誰かから貰ったものを、武器がない私に貸してくれたのだ。
「なるほど。気分屋でありながら我が強く、暴れ馬のような剣だ。元の持ち主の気の強さが伺えますね。私にどこまで扱えるかどうか。まるで私が試されている気分です」
ルトさんが目を覆っていた包帯をするりと外した。
そこにあったのは、同じヒトとは思えないほどに美しい瞳。それはまるで、夏休みの青空を水晶に閉じ込めたかのようだった。
視力の無いその両目で女を睨む。
「では、行ってきます」
そう言って地を蹴り飛び出した。
壁を走り、回転を加えながらキロフに斬りかかる。
速い。
私が気力と霊術で視覚を強化してやっと追える速度。
流石、歴史の片隅に名を残している人物だ。今の私なんか足元にも及ばない。
しかし、それに対応できているキロフもまた化け物だ。
短剣を美しく操り、ルトさんの猛攻を華麗に捌いている。
私の目にはどちらも互角に映っていた。下手な援護をしてしまえば、逆に邪魔になってしまうだろう。
私はただ、見守ることしかできなかった。
―――世利長愛歌の記憶領域:file.9【サクラ杖剣】―――
いわゆる仕込み刀ってやつかな。魔術の補助器具の杖、近接武器の細見の剣の二形態がある武器なの。
白が前に仲間だった人物から貰い、武器を持っていなかった夜空に預けたの。
並の武器より強い力を持ってるのよ。
明日もよろしくお願いします




