海百合のアン
光が波に砕け溶けていく。波が落ちる影を揺らす。
木とロープが軋む音と船員の声が遠く水平線へ溶けていく。
帆船は大海原を進んでいた。
俺は胸を張って立っている帆を眺めながら潮風を感じていた。
「少々不謹慎かもしれぬが。こういうのんびりとした船旅もたまにはいいものじゃな」
隣にいるエルリフィは美しい髪をたなびかせながらそんな吞気な事を言っている。
「気持ちはわかるけど。これから敵の本拠地に乗り込もうってんだぞ?」
その姿は絵になるが、少しは気を引き締めて欲しいものだ。
「なに。これが妾流の戦闘への備えじゃ。いつも気を張っていてはいざというときに疲れてしまおう」
確かにな。
ーーー昔、勇者と魔王の戦争が終わった頃。平和になった海での交易が盛んになった。と、同時に海賊が多く現れた。各国はその対応に追われることになる。
少し経って海洋鉄道が3大陸間をつなぐようになり、船によるものの輸送がかなり減った。となると次に彼らが襲うと考えられるのは海洋鉄道の列車だった。
そこで各国はそれぞれ最も有力だった海賊を雇って私掠船とし、他の海賊の駆逐を任せるようになっていく。そしてその脅威も減っていった現在では、それぞれの国の重要な物品などを輸送するのに使われたりと、まあ海賊というより政府お抱えの船といった感じになっていく。
今乗っているのもフラエル皇国の私掠船の系譜の船。
そんなことを思い返していた時にドン! と船室のドアが開いた。
中から燃えるような赤紙の女性が出てくる。
「Arrr! 麗しのマドモアゼぇールルル。青空潮風流れる白波! この海にこれほど似合う女性にであっただろうか! 貴方と出逢えたのは我が人生最大の喜び!」
舞台女優並の大きな芝居がかった動きで階段を降りてきて、エルリフィの前に跪き手を取った。
黄緑の瞳と右目の眼帯が特徴だった。
「あたしはこの船の船長、アヌメール・マリーロック。巷では海百合のアン、またはマリーロック三世の名で通っております。エルリフィ様。これは今日の出会いの記念に」
そういってエルリフィの手の甲にキスをした。
「うむ。この度は力を貸してくれてありがたく思うぞ。よろしくな」
「私どもこそ。あの伝説の天帝エルリフィ様を乗せることができ光栄です。船も喜び絶好調ですとも」
確かに早い船だなぁとは思ってたけど。
「お前が船長なのか。船貸してくれてありがとな」
そうは見えないけどミファが気難しい人だって言ってたからあいさつくらいはしておこう。
「ちっ!」
え、なんか物凄い顔で舌打ちされたんですけど。
「なんであたしの船に男なんて乗せなきゃいけないの。ミファとエルリフィ様の頼みじゃなければ絶対に乗せなかったのに……。クソクソクソクソ……」
なんかそんな事を呟きながら親指の爪を噛んでいる。
いや、気難しいとかって話じゃないぞ。弩級の男嫌いじゃねぇか。さっきから船員に女しかいねぇって思ったけどそういうことか。
俺を乗せるのが精いっぱいだったとかミファから言われて、アルノは乗せることができなかったんだけど。これが理由か。
「あ! あっちにも可愛い子が2人! あれって噂に聞くシンノミヤ服!?」
そういってしずくとナミネのところに行ってしまった。
「面白い奴じゃな」
「先が思いやられるよ」
はあ、肩身狭……。




