第4話:夢見るパンドラ(1)
「っ、あああああっ! やっぱ強すぎ」
ノアちゃんと依頼に行く道中、テントを立てて休もうと思っていたとこで軽く手合わせをしてもらっていた。
「私も少しは強くなったと思ったんだけどなぁ……」
「もちろん、強くなってる。初めのころは、見てられなかった。今は……、ギリギリ」
「そ、そんなグロいかな……」
これでも頑張ってんだけど……。
「問題なのは経験が足りないこと」
「そ、そうかな。もういくつも依頼をやってきたし、魔獣も沢山狩ってきたんだけど」
「正確には対人経験が足りてない。貴方の剣は獣を相手にしているような実直すぎる太刀筋。どう動くのか手に取るようにわかる。そのままでは、同格以上の知的生命体には通じない。戦闘が長引いた場合には特に苦戦を強いられることになる」
「あ、そっか。だからルトさんは……」
ルトさんの攻撃は一撃一撃が首を刈り取りにいく、動くギロチンのような動きだった。
かつての二つ名は魔獣ハンターだと聞いていた。その腕は確かだったと思うし、実際人並み以上の力を持っていたと思うけど、あの時苦戦していたのは対人が苦手だったからってことかな?
「あの人の剣はどちらかというと暗殺特化の剣だけれど、常に相手の弱点を必殺で狙っている、という点では言いたいことは同じ。その上であの時は相手を殺す気がなかったというんだから、苦戦するのも当たり前」
あ、そっか。ノアちゃんはアイカさんの記録を通じて、私の記憶を見ていたんだよね。
「自分と互角以上の相手と戦うにはそれだけではだめ。必殺というのは、隙を見て確実に決まるタイミングで全力をもって叩き込むものでなければならない。そのための防御を崩す手段や相手の隙を見抜く力は、ただの練習や修行だけでは身につかない」
だからもっと実戦練習が必要だってことね……。
うーん。対人戦の経験なんて月の時から一回もないし、そんな依頼もそうそうあるものじゃないんだよね。
「それにしても、ノアちゃんとは凄く戦いにくいんだよなぁ」
なんというか、思うとおりに動けないというか、直感に反す感じになるというか。
「攻撃するときや攻撃を受ける時、無意識に息を吐くか止める。それが一番力が入るから。逆に吸っている時に最大限の力を発揮することは不可能」
「え、それってつまり……」
「口や体や喉の動き、肺や心臓や筋肉の音。呼吸のタイミングを読む方法もそれをコントロールする方法もいくらでもある」
相手の呼吸をコントロールって……。
「他にも、人の視覚には必ず死角や盲点が存在する。敵と相対した時、注視する場所には癖がある。瞬きをしない人間はいない。そのタイミングや癖を見抜き、あえてどこかに注意を引いたり、視界とは外れた場所で太刀筋を急激に変化させれば、直感に反する動きをすることができる」
「……マジ?」
淡々と話しをするノアちゃんの言葉にそんな声を出してしまった。
戦闘中にそんなことできる、普通? それフェイントの域を越えてるよね。
「力、スピード、体力、知力、技術、能力、それに運、仲間や周囲の環境……。勝敗を決する要素というのはいくつも存在する。強者であるなら、そういった確率的な要素すらも味方につけなければいけない」
「う、うん?」
「戦闘に必要な物はなにも、剣や魔法だけじゃない。科学や生物学や心理学、そしてそれらを扱うためのマジックや手品や技術。使える者は全て使って勝ちを取りに行く。それが戦闘であって、試合との違い」
白が前にノアちゃんは戦闘の天才だと言っていた。その理由がこうして話しているとわかる。
「……いきなり白も完全ではない技術を要求するつもりはない。まずは相手をよく観察すること。どんな太刀筋を使うのか、動きにどんな癖があるのか。その時の目線は? 呼吸のタイミングは? そういったものを観察することを意識する。そしてよく考えて、とにかく動くこと。そうしていれば、いつかできるようになる」
「そ、そうかなぁ……」
それまでの道のりは長そうだ。
「ノアちゃん、今日は色々教えてくれるね」
「……」
ノアちゃんが少し黙ってから口を開く。
「ただ、早く強くなって、白の駒として優秀な力をつけてもらいたいだけ」
きつい言い方に聞こえるけど、最近わかってきた。これはノアちゃんなりの照れ隠しだろう。
夜空と白のコンビに飽きてきたので違うペアも……。
ということで明日もよろしくお願いします。




