第1話: 拝啓、空の青さを知らぬ貴女へ(11)
―――フラウロウ西北西のとある路地・紅花夜空
まずい。ルトさんが僅かに押され始めている。
さっきまで互角だったように見えていた。素人目ではあったが、一時はルトさんが押していた時もあったほどだ。
なのになんで……。
やっぱり、体力が足りないのだろうか。
「そんな太刀筋で私を倒すつもりだったの? 舐められたものね」
「……」
ルトさんが身を低くし剣を構え、目にも止まらぬ速さでキロフの足元まで駆けてゆき、剣を振り上げ攻撃した。
「いえ、違うわね。そもそもあなたは私を殺すつもりなんてないのではなくって?」
え?
「煩いですね」
剣を振り上げて上空に跳んだ状態から剣を振り下ろした。
キロフはそれを受け止める。
「思えばあの男もそうだった。本気でやれば私たちのうち一人くらいなら殺すこともできたでしょうに、それをしなかった」
「煩い……!」
「あろう事かこの私に、女を傷つけることはできない、とか言ってたわね。とても甘くて、紳士的で……、反吐が出そうだった」
「黙れっ!」
ルトさんが叫びながら鋭い突きを繰り出した。それをキロフは短剣で受け流す。
ルトさんはすぐに引き、回転を加えながら斬りかかる。それもキロフによって受け止められた。
その顔からキラキラとした水の粒が落ちているのが見えた。
「……ソラさんは、とてもいい人だったんです。闇の中に生きていた私すら、光の下に連れ出してくださるくらい、優しい方だったんです! 私なんか釣り合わないくらい、素敵な人だったんです!」
「なっ?!」
剣を抑えてい短剣を力ずくで弾き飛ばし、剣の切っ先をキロフの喉元に当てた。
「本当なら貴方を殺してしまいたい。今すぐにでもその息の根を止めてやりたい。その煩い口を利けぬようにしてやりたい! あなたの首をこのまま掻き切ってしまえば、どれほど気持ちいいかと思うっ! ……けれど、もう一度この手を血に染めてしまえば、あの時の私に戻ってしまえば……、彼と過ごした時も、彼を待ち続けた時間も、全て無意味になってしまうっ!」
そのままキロフを見事な体技で組み伏せ、首を軽く締めながら首のすぐ横に落としていた剣を突き立てた。
「だから……、だから犯した罪はこの国の法で、天帝の名の下に裁かれてください」
「ふむ、困りましたね。まだその者には働いてもらわなくてはなりませんから」
「ルトさん! 危ない!」
いつの間にか二人のすぐ近くに現れたフードの男にルトさんが蹴り飛ばされる。それを私は受け止めようとしたが、力が足らず倒れてしまった。
「うぅ……」
ルトさんが苦しそうにうめいている。腹部にもろに受けた攻撃はかなりのダメージになったようだ。
「ごめんなさい、夜空さん。私がもっと早く気づけていれば……」
「いえ、無事でよかったです」
敵の方をみると、キロフがその男に跪いていた。
「貴方様のお手を煩わせてしまい、もうしわけありません、マスター」
「問題ありません。あの程度の老兵一匹生かしておこうが、あまり支障ないでしょう。あの時と違い駒も足りています。彼女からは手を引くとしましょう。それよりも……」
フードの中の顔は暗くてよく見えないが、キラっと光った瞳と目が合った気がした。身が凍るようだった。
「ゲンゼが殺されました」
「っ?!」
「ゲンゼを殺した者やそこの女の方が問題だ。あの方の仰っていた危険分子とは彼らの事かもしれません」
うっ。今度はこっちが狙われちゃうかんじ……? ストーカー被害で訴えても……、治安隊じゃどうにもなりそうにないよね……。
「しかし、今日のところは退くとしましょう。ないとは思いますが、天帝などに出張られてしまえば、面倒ですからね」
「承知いたしました」
そういうと、二人は闇の中に消えた。
それに安心して、どっと力が抜けてしまった。
―――世利長愛歌の記憶領域:file.11【魔獣ハンター・ルト】―――
(後の愛歌による報告書)
ルトは暗黒期において、魔王軍側のスパイ兼暗殺者だった。幼少期に魔王軍に捕らえられたようだ。
フラウロウに潜伏中、勇者が魔王を討ちとってしまった結果行き場所を無くし、自暴自棄になり勇者暗殺を狙うも返り討ちにあう。
死刑判決がくだされそうになるも事情を知った勇者が天帝を説得し、30年国に仕えたのち自由の身となる。冒険者となり魔獣ハンターの二つ名を得た。
明日は第一話最終回です。




