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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

"腹が減った"

作者: 韮 加美良

当作品に御興味お持ち頂き光栄です。


お手柔らかにお願いします。





“腹が減った”





D級冒険者であるカインは冒険者ギルドの掲示板前に立ち貼り付けられた依頼書を1枚剥がし手に持つと、受付に向かった。


「おはようございます、カインさん。依頼書とギルドカードお願いします。」


「おはよう。今日はこれで。」


透き通るような水色の髪を胸元まで伸ばし、白磁の肌、垂れた目でおっとりとした印象抱かせる受付嬢のマリサにカインは挨拶を返しながら依頼書を提出した。営業スマイルを崩さずそれでいて忠実に勤務してくれる彼女はギルドでも評価が高く付き合いたいと思う冒険者も多い。実際、ギルド内で告白されている所を何度も見たことがある。玉砕して大抵は別の街に行ってしまうようだが。


「はい、Dランク依頼のカボネラルの根の採取ですね。受理致します……期限は2日です。お気を付けて行ってらっしゃいませ。」


「ありがとう。」


定型文を返されながら依頼受理書を貰い、ギルドを出ようと回れ右をしたところで思い出したかのように声を掛けられた。


「あ、魔族掲示板が更新されたので必ず見てから依頼に向かってください。」


マリサが示したのは依頼掲示板の横にある魔族掲示板。


『魔族』とは人の姿を持ちながら人を喰らい、魔物の特徴を持ち魔物とも人とも一線を画した存在。

魔族掲示板は依頼掲示板よりも小さく、きちんと整理されており、8枚の掲示物が貼られている。書かれているのは凶悪な人相の似顔絵とその魔族達の情報、そして魔族撲滅を目指す『教会』のマークが描かれている。


『教会』とは魔族にとって天敵となる存在、人族こそが至高と考え似た姿を持つ亜人族を滅殺するとこに身を捧げている組織。一般論では魔族を殺すプロフェッショナルと言われている。


新しく張り出されたであろう掲示物には体がどろりと溶けた女型の魔族が載っていた。説明書きには「推定女型のスライム、脅威ランクB-」と書かれている。


「……すみません、少しお時間よろしいですか?ああ、僕は『教会』の者でして。サナルディと言います」


それなりに掲示板を眺めていたからか後ろから声をかけられた。声の主、サナルディは糸目を湾曲させ人のいい笑みを作りながら『教会』所属者のもつロザリオを胸元の高さに掲げて見せた。


「……俺になにか?」


「そんなに警戒する必要はありませんよ。パーティを組んでいるように見えなかったので気になってしまいまして……いやぁ、余計なお世話だってことはわかっているんですけどね?やはり、魔族は1人のところを狙って来ますので。ギルドの方が弱いと言うわけではないのですがいかんせん魔物相手と魔族相手では勝手が違いますし、結構いらっしゃるんですよ、どちらもおなじようなもんだといって舐めてかかって死んでしまう方が。力量も測れないなんて嘆かわしい。そういう意味では魔族の方が頭がいいんじゃないかと思っ……ああ、すみません長々と」


随分とイラつかせるのが上手いらしい。弧を描く双眸は睨めつけるように観察しており、薄っぺらな笑顔は此方の言い分など聞かぬ存ぜぬと嘲ているようだ。


「要するに、ソロでは襲われる可能性が高いってことですか?俺の依頼的にはソロの方が都合がいいんで。魔族に遭遇したら……まぁ情報を持ち帰るだけの努力はしますよ」


「ふうん、謙虚ですね。でも依頼的にソロに都合がいい?おやおやおや依頼の方を伺っても?他人の依頼を聞くのは規則違反ではなかったはずです。マナーが悪いと言われると痛いですけどね。無理にとは言いません。断られたら受付嬢にお聞きしますので」


「……カボネラルですよ、ソロといっても途中までは野良として他のパーティに入れてもらえるんで大丈夫です」


カボネラルは東の森に生えているツル植物で地中に南瓜のような根を張る植物だ。根を採取する時は傷つけない様に慎重に採るため時間を有し、パーティを組んでいる冒険者にはあまり人気がない。それに、報酬も1人であればそこそこだが分けるとなると微妙だ。


「なるほどなるほど。えぇ、えぇその方が良いでしょう。引き止めてすみませんね。では、また」


サナルディはそういうと別のソロ冒険者にこえを掛けに行った。

『教会』の奴らがいるならあまりギルドに顔を出したくないので、足早にギルドを後にする。その後ろ姿をじっと見つめる2()()の視線に気づきもせずに──





目の前に転がっているのは古びて草臥れた皮鎧と十分な手入れが出来ず半ば鈍器と化した切れ味の悪いロングソード、右腕がちぎられ腰の辺りで皮1枚で繋がっているものの瞳孔が開ききり呼吸のひとつもしない塊、つまり死体だ。目の前にはと言うだけで少し目線を移せば同じようなものが3つほど転がっていた。所謂、盗賊だった者たちだが予想以上に手こずった。


「ふー、腕を出さなければ結構危なかったな」


そう言ったカインの風貌はギルドにいた時とは大きく異なる部位があった。腕だ。人族でいう肩から腕はそのままに、側腹部からさらに肌色ではあるものの節ごとに別れ、肌よりも硬く光沢感のある鋭い爪の付いた腕が2对服を貫通して膝の辺りまで生えていた。足を含めて4对、カインは蜘蛛の魔族であった。


「もうちょっと美味しければな。盗賊なんて健康の方が珍しいけど……あーあ、町の娘とか食べたい」


カインは肉片がほとんどついていない骨をそこらで拾っておいたスライムに取り込ませた。シュワシュワと音を立てて消えていく骨を見ると昨日の掲示板を思い出させる。


これも掲示板の奴のせいだ。新しくこの街にきたのか知らない奴だった。せっかく空腹になるまで我慢してたのに台無しだ。それに『教会』、あいつらがいると警戒度が上がる。街に帰ったら暫く大人しくしといた方がいい。なんなら街を移動するか?いや、今移動したら悪目立ちするな。一旦街に戻って体勢を整え──



がさりと草が音をたてる。


「えっ」


声の発信源は真新しい剣を腰に携えた青年だった。あまり汚れていない防具から見るに新人だろう。その後ろにはあの忌々しきロザリオを首からぶら下げたサナルディが青年の肩から覗くようにこちらを見ていた。


「ひっ」

「ほう」


油断した油断した油断した!!!


すぐさま手元の死体を投げる。死体は放物線を描き剣士にぶつかる、というところで胴が裂け届くことはなかった。


「油断は禁物ですよ、少年」


すっぱりと死体を切り裂いたのはサナルディの剣だった。


「ふぅ……危ないところでした。ああ少年、ここは任せて教会にご連絡お願いします。私の名を出せばすぐに動くでしょう。魔族は蜘蛛型、脅威ランクはそうですね……」


サナルディはこちらに目をしっかりと合わせニヤリと笑った。


「D、といったところでしょうか?」


Dランク、それは冒険者ギルドのランクと同等とすると脱初心者レベルでしかないということ。つまり弱い部類だということだ。掲示板のスライム魔族よりも、ずっと。


「ッの野郎!!」


呑気に地面の血を取り込んでいたスライムを投げつけるとカインは同時に走り出す。スライムは一直線にサナルディの元へ飛んでゆく。続けて肉迫し振り下ろした3本の腕は当たることなく、空振りした。


クソッ!!当たらない!!


複腕を利用した薙ぎも突きも繰り出した蹴りも悉くサナルディはひらりと躱していく。その顔にはほのかに笑みを浮かべている程だ。


「昨日の丁寧な対応はどうしたんですか?怒りに身を任せた単純な動き、とってもわかり易いですねっっっ」

「ぅぐっ」


一瞬の隙を付いたサナルディの攻撃により、攻守が逆転する。カインの躰は致命傷は避けられているものの確実に傷つけられていく。


「蜘蛛の魔族だというのに糸は出さないんですか?ああ、先程使ってしまったんでしょうか。糸を出すのはお尻からなんですよね?過去に見たことがありましたがあれはマヌケでしたねぇ」

「ッ!!!」


サナルディが言った通りカインには糸のストックはもうない。かといって糸を出すにはズボンが邪魔な上そもそもズボンを脱ぎたくは無い。サナルディに攻撃を当てるにはやはり糸が必要かと思ったところでこちらに近づく足音がした。


「サナルディさん!!」


突然の声に2人の動きが止まる。声の主は両手を膝に付き息を切らしたマリサだった。


「どうしてマリサさんがここに?少年はギルドに報告したということですか。にしても早すぎる気はしますが」


「いえ、街ですれ違った時に焦った様子でしたのでお聞きしたんです。私も加勢をっ!!」


そういうとマリサは弓を構えカインに向けて矢を放った。カインは咄嗟に躱し、2対1となった状況に舌打ちする。ただ、サナルディとマリサは普段から一緒に行動している訳では無いからか、連携にムラがある。回避で手一杯ではあるもののカインに攻撃が当たることが減ってきていた。それどころかカインに思考する余裕すら与える程だった。


弓は厄介だが精度はそんなに高くないな。手前に落ちることが多いから剣への阻害にもなってる。かといって適当に避けるのは危険だし何よりも剣が強い。先に倒すべきは弓!いや……。


カインは隙を付くとマリサに向けて走り出した。マリサが咄嗟に放った矢を腕に受けたものの怯まず、背後をとると首筋に爪を這わすし身体を拘束した。


「うぐっ」

「……これで下手に攻撃出来ないんじゃないか?」


「人質ですか。魔族にしては頭が回るようですね。でもそれは少々悪手と言っておきましょうか」


サナルディは迷わず距離を詰め人質を取り動きが阻害されたカインに近付く。そして躊躇なくマリサごと貫いた。


「あ"あ"あ"あああああぁぁぁ!!!」


こぽり、と口から血が溢れる。


「……くっそ、が」


「マリサさんは残念ですが討伐協力者として処理させて頂きましょう……「つかまえた」……え?」


そう聞こえるとマリサだったものがドロドロと溶けサナルディに絡みついた。青く透き通ったそれはあっという間に包み込むと先程カインが投げつけたスライムを巨大化させたような姿を形どる。カインが呆気に取られて見ているとスライムの中に取り込まれてもがいていたサナルディの動きが鈍り、ついには止まる。シュワシュワと音をたてながらサナルディは泡と共に跡形もなく消えてしまうと、マリサは元の受付嬢の姿に戻った。


「カインさん色々聞きたいこととかあるとは思いますが治療しますね」


戦いの余韻か痛みがほとんどないのに対して腹からは剣が突き出ていた。マリサが手を不定形に変え、剣を溶かし治療を施していく。といっても傷口に手を当てシュワシュワとさせているのだが。出血も止まり傷口が消えていることからきちんと治療されているらしい。


「もうわかっているとは思うんですが新しく掲載された魔族、私なんですよ。ちょっとヘマしてしまって……。サナルディさんが私のことを探しまわっていたところにカインさんを巻き込んでしまったんです。すみません。」


腕に刺さっていた矢も内臓に届いていた傷も治療し終わるとマリサは頭を下げた。


「いや、いい。それより早くここから去らないと援軍が来る」


「援軍は来ないと思います。アルトさん、サナルディさんと一緒にいた剣士の冒険者も食べておいたので」


「そうか……、でもサナルディが殺されたとなるとさらに魔族に対して厳しくなるな。マリサさんはまだこの街に?」


「勝手な話出ていこうと思っています。……責めないんですか?矢を当てたこと」


視線をマリサに向けると思うことがあるのか眉尻を下げながらまっすぐとこちらを見ていた。


「思うことはあるが結果としてサナルディを討てたからいい」


「優しいんですね」


そういうと彼女は街とは逆方向に歩き出す。既にギルドを出る準備ができているのか勝手にいなくなるのかは分からない。



街の方向に歩き出したところで彼女が──




"腹が減った"




そう言った気がした。

最後までお読み頂き感謝申し上げます。

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