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短編大作選

誰の記憶にも残りたくない

 18歳の元日だ。どよどよの空。明けそうもない暗さ。使わなすぎて足が棒だ。曲がりきらない。正座紅白のせいか。コタツ大晦日のせいか。

 風がしみる。毛穴に入り込む感じ。肌に傷はないのに。冷たさが痛みになる。ここからが、戦いだ。冬には今すぐに。大人しくしてもらいたい。


 コツンコツン。靴音がやけに響く。たまに。ワルツのリズムで歩く。楽しくはない。むしろ、つまらない。ただ、変化がないと。耳に良くないから。

 灯りがほぼない。大きめのデジタル時計。その光が、唯一の灯りだ。ヘッドライトがない。窓明かりもない。そもそも、住宅がない。


 田舎の田舎の田舎。そこで産まれた。産まれてしまった私。私は今。歩いている。人間が近くにいない。そんな地球を。ひとりきりで。

 ポツンと一軒。そんなところに住んでいる。だが、自転車で数十分。進めば栄える。一気に華やぐ。キラキラする。ただ自転車はない。去年、知人にあげた。



 徒歩の人がふたり。とぼとぼ歩いている。ようやく、すれ違える。すれ違いは苦手。だけど、やや欲す。お爺さんとお婆さん。仲睦まじい。

 アスファルト。出現し始めた。そこを歩き始めて数分。アスファルトの硬さ。それが足に響く。負け気味だ。

 右手首を目に寄せる。デジタルの腕時計。1月1日の1時11分。画面には縦棒ばかり。


 信号はない。車もない。監視カメラもたぶんない。目というものがない。言葉の意味の範囲。それを広げても。目はほとんどない。あるのはこれ。私の2つの目だけだ。

 好きな空間。人も人目もない。そんな空間。ずっとここがいい。ひとりって楽。

 知り合いができない。そんな世界がいい。でも。まったくの他人。それは居てほしい。無音が苦手。雑音がないと駄目。それと同じだ。



 ここで突然踊る。コンテンポラリーダンスを踊る。そしたらどうなる。世界は何も変わらない。

 そんなことを考えていた。それくらい変。変な心。暗い田舎。そこで心が高鳴った。そうだろう。

 ただし、思うまでだ。その場に、しゃがむ。腕時計を押す。明かりをつける。


 暗さが増す。光は皆無。先ほどが漆黒なら。今は暗黒だ。

 腕時計の明かり。それを下に向ける。照らされた。地面は鋭さを持つ。ゴツゴツの上流階級。尖りまくってる。弟の友達の性格。それくらい尖ってる。


 コンテンポラリーは無理。ヒザがズル剥ける。コンテンポラリー。そこにヒザ付きは必須。ヒザで回らない。そんなのコンテンポラリーじゃない。

 スカート姿。膝小僧がやや隠れる。そんな丈。ダークブラウン。ティアードスカート。ミニ。今はオシャレなんだ。


 血だらけリスクがある。だからやらない。コンテンポラリー。始めたら流れでやる。無意識にヒザ付く。そしてたぶん。ヒザでクルリンしちゃう。

 朝、寝ぼけていても。通学準備をそつなくこなせる。みたいにね。



 気付けば神社だ。ぼんやりな光。暗くて小規模。ただ別格。神々しくある。

 思考回路はない。外にはない。中にはある。ずっと繋いでた。妄想と繋ぎ合わせていた。だから。

 でもスッと着いた。無意識に来ていた。無意識に神社へ行ける。かなり慣れているのか。神社への道が。


 神社で願った。誰にも知られない世界。そこに行きたいと。誰の記憶にも残らず。生きたいと。

 家族も。クラスメイトも苦手。色々嫌みを言ってくる。過度に求めてくる。感謝がない。うわべしか見ない。だから。





 公園に来た。神社のすぐ横。公園のベンチ。屋根が付いている。囲いもある。今日の家だ。私はヤドカリだ。

 深夜に。荷物をまとめて外出。家出した。軽いトートバッグ。頑張れば片手の2本指で持てる。それくらいの重さ。

 家出して。なんやかんやで。今に至る。


 公園のベンチで凌ぐ。ひんやり。ただ完全防寒。防寒でシルエットが別人。それぐらい着こんでいた。上だけ。

 たけのこくらい。主は少ない。皮ばかり。そんな感じ。私本体が食べられる部分。コートが剥き剥きする皮。もちろんだ。ため息をした。


 アイドル。ずっとアイドルだった。やらなきゃよかった。後悔してる。寒さがしみる。直接、心に来た。寒さが心を凍らす。

 みんなに知られて。話し掛けられて。心は休まらない。休まることがない。癒しはあった。嬉しいこともあった。ただ敵は敵。

 中傷の嵐。絶賛は台風並。中傷はチームプレー。絶賛には勝てない。威力は増していった。


 ベンチで、横になった。ベンチは継ぎはぎなしタイプ。だからよかった。肌からコート表面。そこにかなり距離はある。ただ、継ぎはぎは貫く。違和感が貫く。

 楽を探した。そしたら、ここだった。孤独を選んだ。人の心に背を向けた。それから初の眠り。夜に吸い込まれる。そんな感じがした。









 目覚めた。ギランギラン青空。違う。青はない。水色。いや、もはや白。ベンチの上の屋根。そこの丸太の木目。なんか気になる。それだけで正常。私は壊れてはいない。

 いつだ。次の日か。それも不明。日付を見ることを省く。それくらい必死。


 起き上がる。達磨にならないよう。体全体で踏ん張る。座った。寒さが顔を襲う。

 スマホの求人。それをスクロールする。右手の人指し指を使い。日雇いアプリ。そんな文字たちが。スッと上に流れる。





 向かった。日雇い現場。重い荷物を運ぶだけのやつ。私に合ってる。

 人が行き交う街。そこを進んでゆく。マスクはしてる。顔は見られてる。ただアイドル名。それは呼ばれてない。

 ヤバい。近づいてくる。若めの男性。

「ちょっといい? 時間ある?」

 話し掛けられた。ナンパだろう。長い付き合いは嫌。10分話せば知り合いだ。だから無視だ。


「なんか言ってよ。止まってよね」

「すみません」

「可愛いね。すごく可愛いね」

 可愛いねとか言ってくる。もう聞き飽きた。言われ慣れてる。みんな顔しか見ない。顔は見なくていいのに。

 逃げた。すぐに逃げた。前と変わらない。何しても捕まる。ひとり時間はない。いつまでも変わらないのか。



 仕事に行く途中。そこは戦場。無事でいられるだろうか。

 会ってしまった。会いたくない人に。知ってる顔。嫌いな顔だ。もう避けられない。逃げられない。一難去ってまた一難。

 広い世界なのに。同じ時刻に同じ道を通る。そんな奇跡いらない。他の奇跡がほしい。


 会ってしまった。一番近かった友達に。いつもの黄色コート。でも気付かない。こっちに。知らない人みたいに。スッと去っていった。

 私はうれしい。でもハテナは浮かぶ。マスクが一体化した顔の私。しかし。毛穴が見える距離。シワが数えられる距離。かなり近かった。なのになぜ。



 また来た。追ってきたのか。同じ男だ。少し立ち止まったばかりに。

「初めまして。ナンパって嫌い?」

「そうですね」

「可愛いんだよね。俺のタイプだよ」

 またナンパされた。初めましてと言われた。また、可愛いねと言われた。

 逃げた。裏路地をくねくね走った。すぐに撒けた。撒けたけど。


 おかしい。引っかかる。みんな忘れてる。私のすべての記憶を。初めまして。それは初対面の常套句。そう。

 思い当たるもの。それはひとつある。もしかしたらと思った。元日。神社。願い。あの願いが叶ったのか。

 誰の記憶にも残ってない。そうだ。きっとそうだ。記憶に残らない人生。実現できてる。

 理想。今、理想になれている。


 嬉しい。本当に嬉しい。ただ普通の人間。その肩書きはない。もう得られなくなる。普通に生きる。それが出来なくなる。ずっとずっと日雇い。するしかない。

 どこまで記憶に残らないか。分からない。まだ確定でもない。私の個人情報の書面。それを見させても駄目か。誰も思い出せないか。探っていく必要がある。


 前を向く。止まっていた足を動かす。脳は心配だらけ。心配で埋め尽くされてる。

 恋がしたくない。訳はない。ひとりくらい。ひとりくらいほしい。私を分かる人が。それだけだ。

 孤独を感じた。ほぼ初めて。ずっと人と深く。なりたくなんてなかった。ただ浅すぎるのも。ちょっと。











 冬から夏に変わった。寂しさを勧誘する寒さ。それはいなくなった。なのに寂しい。なんか寂しい。冬より寂しい。

 何者にも認められない。認知されない。それは寂しい。誰かに認知されたい。


 熱帯夜。熱帯夜だ。夕方だから。熱帯夕か。汗が流れる。涙と汗が。大量に。とめどなく。

 だから。ほぼ水分はない。私に水分はない。潤いはない。もちろん、脳にも心にも。


「ミナミさん!」

 後ろから呼ばれた。ビクッとなった。予想外だ。予想外すぎる。首をやられた。むち打ち二歩手前だ。

 現れた。ありがとう。そう心が言っている。出てきてくれた。私を覚えている男性が。

 何ヵ月待ったことか。ずっとずっと力仕事。続けてきてよかった。50現場は行った。それが報われた。


 『ミナミさん!』そう呼ばれた瞬間。笑顔になっていた。後ろからだった。でも声で分かった。すぐに。こっちだって覚えている。

 仕事先。そこで優しかった。親切に教えてくれた。バイトのお兄さん。唯一だ。唯一、誰だと言わなかった人。

 一度離れて。また会った時。普通に接してくれた。唯一の人だ。

 でも。その時はただ過ぎた。確信できなかった。疑問を未解決にする。放置する。そんな性格の人もいるから。



「飲みに行きませんか。20歳以下か。じゃあ、食べに行きませんか」

「いいよ」

 突然の誘い。食事のお誘い。笑顔になった。人が恋しくない。そんな人はいないんだ。

 人に導かれる。そして。居酒屋の席に座る。横並びに座ってきた。私のことを分かりすぎだ。そう感じた。

 自分から動かないと。対面にできない。そんな環境の方がいい。私に合ってる。



 すべてを話した。ありのまま。細かく細かく。終始。一部始終。神社の願いから。今に至るまでを。

「そういうことですか」

「聞いてくれてありがとう」


 黄緑の房に入った豆。黄金色の飲み物。酔わない飲み物。それで小一時間ほど。話した。

 横並びなのに。ずっとお兄さんを見ていた。お兄さんは優しかった。優しく聞いてくれた。


「疲れたでしょ?」

「嬉しかったです」

「本当に?」

「僕は、特別な男。みたいなので」

「驚かないの?」

「驚いてますよ。良い意味で」


「そういえば、よくメモしてた印象あるけど?」

「はい。僕、健忘症だったので」

「あっ、そうなの?」

「そうなんですよ」

「今は、良くなったの?」

「はい。覚えよう覚えようとしてたら、改善して」

「そうだったんだね」


 受け入れてくれた彼は。健忘症だった。患っていた。最近まで。だから。他の人と違ったのだ。

 覚えよう覚えよう。そうしてくれた。毎回毎回。意識して意識して。そういうことか。



「近々、起業しようと思ってます」

「もしかして、記憶関係の?」

「はい。よく分かりましたね」

「私、察する方だから」

「記憶力向上ゲームとか。記憶にいい健康食品とか。作りたくて」

「いいね」

「一緒にやりますか?」

「うん、やりたい」


 誘われた。一緒に仕事をする。そういう流れになった。二人だけの世界。世界に行ける。短い期間かもしれない。だがいい。

 その世界なら。心配はいらない。人間関係の重荷が減る。気楽に一日を過ごせる。うれし涙した。力みが消えた。ふわっとした。











 偉大な日本人10人。彼はそれに選ばれた。好きな固定の人物だけに。印象を強く残るようにする。そんなサプリを開発した。

 私も使ってる。それでできた。友達が。やっとできた。女性と深い話をする。そんなの何年ぶりだ。

 まあ、その友達は。彼の妹なのだけど。

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