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闇に沈む真実 10/超越

 魔力暴走の地鳴りが轟き、ひび割れた天井がパラパラと雨のように降り注ぐ研究所の地下通路を、神室倫道と氷川龍士は必死に駆け抜けていた。

 最奥の部屋を、倫道の機転と龍士の的確なアシストによって奇跡的に脱出し、二人は地下へと降り立った最初の大実験室を目指していた。


「はぁ、はぁ、何とか上手くいったな!」


 倫道が息を切らせながら、安堵の笑みを浮かべる。

 

「バカ言え! 何が上手く行っただ! あんな行き当たりばったりの――」

 

「でも、こうしてあの部屋から逃げられた」

 

「……それは、まあ」


 龍士は、穴だらけの作戦に文句を言い募るが、倫道の屈託のない笑顔を見ると、呆れたように苦笑いを浮かべるしかなかった。

 倫道の作戦は、二段構えで考えられていた。

 倫道の繰り出す斬撃でヴァリゲーターを仕留められなくても、切断したケーブルから放たれる高圧電流で、動きを封じるというものだった。


「だが、一歩間違えばお前自身も高圧電流を食らっていたかもしれないんだぞ。なぜ、そこまで自分を犠牲にできる? 俺はお前も知っての通り華陽人民共和国のスパイなんだ」


 龍士は感情を押し殺し、辛そうに喉の奥から言葉を絞り出す。


「別に、そんなこと考えてなかったな。どちらにせよ、あのままでは二人とも殺されるか、足止めを食らって研究所の爆発に巻き込まれていただろう。状況を変えるには、一か八か、やるしかなかっただけさ」


 倫道は涼しい顔で言い放つ。

 

「だが……」


 龍士が何か言いかけた時、倫道は力強く言葉を重ねた。

 

「龍士、お前の抱えている問題も立場も、全ては生き残ってからだ! 先のことは、生き残った後、一緒に考えればいい!」

 

 真っ直ぐ前を見据え力強く言い放つ倫道に、思わず言葉を飲み込み、その横顔を見つめた。


(倫道…… スパイと知った後も俺を庇って怪我を負い、今もこうして一緒に走っている…… お前ってやつは、どこまでお人好しなんだ……)


 腹の底から込み上げてくる感情に、龍士の口から「くっくくく……」と乾いた笑いが漏れる。


「どうした? 何かあったのか?」


 倫道が訝しげな表情で尋ねる。

 

「別に…… ただ、お前がどうしょうもない甘ちゃんだって事を再認識しただけさ」

 

「何だと⁉︎ どういう意味――」

 

「ほら、抜けるぞ」


 龍士は倫道の言葉を遮り、前方を指差す。

 視線の先には、ぼんやりと明るく光る空間が広がっていた。

 廊下を駆け抜け、陰惨な実験室をいくつも通り過ぎ、二人は目的の大実験室へと辿り着いた。


「こ…… これは……」

 

「おい…………」


 明るく視界が開けた二人の目の前には、上階へと繋がっているはずの階段が、無残にも崩れ落ち、瓦礫の山と化していた光景が広がっていた。


「何だよこれ……」

 

「……あの大きな爆発で、アレ(巨大なパイプ)が落ちたみたいだな」

 

 龍士の視線の先には、ひしゃげて折れ曲がった階段の上に、大人の背丈ほどもある太い配管が、重くのしかかっている。

 およそ十メートルほど高い位置にある扉を、二人は絶望的な思いで見上げた。


「高いな……」

 

「龍士、お前の霜結棍(そうけつこん)を伸ばしても無理か?」


 倫道の問いかけに、龍士は自身の魔道武器である霜結棍(そうけつこん)を手に取り、先端をポンポンと叩いて確かめる。


「無理だな。三メートルが限界だ。届かない」

 

「そうか……」


 倫道は周囲を見渡し、エレベーターの存在に気づくが、すぐに使用不可能だと悟る。

 龍士も同様に一瞥しただけで、それを諦めた。


「壁を登るしかない―― うぉ⁉︎」


 倫道が呟き、上を見上げた瞬間、視界が激しく揺れ、床にもんどり打って倒れた。

 

「がぁっ⁉︎」


 瓦礫の散らばった床に叩きつけられ、背中の傷口が再び開き、鮮血が噴き出す。

 痛みと自身の叫びを感じた倫道は、同時に金属がぶつかり合うような激しい衝突音を耳にした。


「うぉおおおおお!」

 

 倫道が顔を上げると、龍士の背中越しにヴァリゲーターの巨大な影があった。

 龍士が霜結棍(そうけつこん)で疾風の様に現れたヴァリゲーターの太く鈍く光る爪を受け止めている。

 ジリジリと顔面に迫る鉤爪。

 龍士は渾身の力でそれを横へ受け流すと、間髪入れずに脇腹へ蹴りを叩き込み、その反動で後方へと跳躍した。


「避けろ倫道!」


 龍士が叫んだ瞬間、衝撃波が二人を襲う。


「うぉおお⁉︎」


 龍士の警告に反応し、倫道は慌てて体を起こし、ヴァリゲーターから距離を取る。

 大きく前方へ飛び込み、転がりながら方向転換し、今度は横へ飛び込んだ。


 ヴァリゲーターが放つ衝撃波は、彼らの知る風魔法とは明らかに異質だった。

 まるで、見えない大砲が撃ち込まれたかのようだ。リザードマンの持つワニのような大きな口を大きく開き、二度、三度と衝撃波を放つ。

 同時に胸に埋め込まれた人面が、何かを呟くように詠唱を唱えていた。


「無事か倫道⁉︎」

 

「ああ! お陰様でな!」


 互いの無事を確認し合うと、二人はヴァリゲーターを挟んで対峙する。

 妖魔は二人を観察するように用心深く首を振り、苛立たしげに声にならない声を上げた。


「もう復活してきたのか」

 

「いや、奴の体を見ろ。下半身から上半身にかけて酷い裂傷が見える。先程の高圧電流が効いたんだ。その証拠に、先程までより幾分か動きが鈍い」

 

 自分達より遥かに格上の相手合成妖魔(ヴァリゲーター)。しかし、先程の起死回生の攻撃で、その妖魔は大きなダメージを負っていた。

 この事実は、倫道と龍士の心に大きな勇気を与えた。


 床から響く魔力暴走の振動が、一層激しさを増す。


「もう一刻の猶予も無いはずだ。さっさと倒して上へ向かうぞ」

 

「くっはは…… さっきと言ってる人間(俺と龍士)が逆になったなと思ってな」

 

「ぬかせ!」

 

「よし! 火傷で硬い鱗も剥がれてる。これなら俺たちの攻撃も通る!」

 

 倫道は言葉と共に龍士へ強い視線を送る。

 龍士もそれを受け、黙って頷くと霜結棍(そうけつこん)をクルクルと回して身を低く構える。

 倫道も腰に下げている焔影刀(えんえいとう)(つか)に手を置き、抜刀の姿勢に入った。


 龍士と倫道が同時に丹田に力を込め、息吹のように静かに細く息を吐き出す。

 呼吸が止まる刹那、龍士が低い体勢から地面を滑るようにヴァリゲーターへ迫る。

 それは、縮地と言えるほどの速度。龍士は、身につけた大陸式拳法の奥義を繰り出した。


「うぉおおお! 『|紫電龍刃《ズー ディェン ロン レン》』!」

 

 技名と同様に、彼の動きは稲妻のように地下研究所の床上を疾る。

 妖魔の足元を目がけ霜結棍(そうけつこん)が振り下ろされた。


「――――⁉︎」

 

 当たる!と二人が確信した瞬間、目の前の巨大な妖魔は、重傷を負っているにもかかわらず、なおも機敏な動きで回避行動に出る。

 背中に生える翼を床に叩きつけるように打ち付け、その巨体を持ち上げたのだ。

 龍士の放った霜結棍(そうけつこん)は、虚しく足元を通り抜ける。


「そうだ! お前はそう逃げるよな!」


 倫道が叫びながら、腰に刺した刀の柄から右手を離すと、そのままヴァリゲーターへ向ける。左手で右手首を掴み、魔力を集中して黒姫を呼ぶ。


「黒姫! 【黒焔針】!」


 黄金に輝く左目は、ヴァリゲーターの動きを捉えていた。

 半透明な虚像、コマ送りのように妖魔の体が動いていく予測。


(いつもより鮮明に視える! それにこの爆発的な魔力の高まりは――)


 右手の前に輝く魔法陣から五本の楔形(くさびがた)をした黒焔針、先ほど顕現させた大きさより更に一回りほど大きくなっている。

 放たれた矢のごとく、一瞬にして手元から消えた黒焔針は、ヴァリゲーターの眼前へ刹那に迫る。


「………… ……」

 

 倫道が黒姫を呼び出したと同時に、ヴァリゲーターも魔法で障壁を展開した。


 間一髪で張られた魔法障壁は、一本目の黒焔針とぶつかり、四方へ黒炎を爆散させる。

 二本目、三本目が立て続けに障壁を叩くと、半透明な薄緑色の障壁にひびが走った。そこへ四本目の黒焔針が突き刺さると、魔法障壁はガラスが砕けるように飛び散った。


 砕け散った障壁をすり抜け、五本目の焔針がヴァリゲーターの長い鼻先へ突き刺さる。


「――ッ――――⁉︎」


 突き刺さった焔針は、ヴァリゲーターの声にならない叫び声と共に、黒い炎を舞上げる。

 倫道の攻撃は、柳田たちでも手こずった魔法障壁を打ち砕いたのだ。


「おおおお!」

 

 空中から落ちてくるヴァリゲーター目掛け、龍士はかわされた初撃の力を縦方向に変換する。

 龍士の霜結棍(そうけつこん)は、その能力である彼の得意とする氷魔法と同調し、棍の一部を氷の刃として形成していた。

 一撃目は躱される事を前提に、最初から二撃目を狙っていたのだ。


「喰らいやがれ! 『|紫電龍刃 追閃《ズー ディェン ロン レン ヂュイシャン》』!」

 

 龍士の放った氷の斬撃は、筋肉の盛り上がる背中に生えた硬質の翼を一枚、その根本から両断した。

 

「――――‼︎」


 鉛のような音を立て、二メートルほどもある灰色の翼が床に落ちる。


「よし! これでコイツも飛ぶ事は出来ない――」

「龍士! まだ――」


 『紫電龍刃 追閃』の反動で、空中にその身を浮かばせる龍士の元に、黒く鈍く光る鉤爪が迫る。


「くっ――⁉︎」


 長く伸びた三節棍を棒状に戻し、紙一重で自分の体と迫り来る鉤爪に滑り込ませる――


「ぐぁああぁ――」

 

「龍士‼︎」


 しかし、霜結棍(そうけつこん)は無残に砕け散り、空中に咲く火花のように血飛沫が舞い散った。

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