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闇に沈む真実 9/毒牙

柳田(ナギ)、待たせたな」

東雲(シノ)さん!」


 研究所正門前、合成妖魔ヴァリゲーターとの激闘で、劣勢に立ちつつあった柳田たちの前に東雲(しののめ)副長が第2分隊を率いて、総勢10名にて颯爽と現れた。


外の騒ぎ(華陽人民共和国の攻撃)が落ち着いたから様子を見に来てみれば…… なんだアレは?」


 新手の出現に、笹岡所長はヴァリゲーターに一旦距離を取るよう指示を出した。

 それを見た柳田は、安堵の息を大きく吐き出し、東雲の横へ軽やかに跳躍し近づいた。しかし、その視線は、依然として敵であるヴァリゲーターを捉えたままである。


「助かりましたよ、東雲(シノ)さん。結構ヤバい状況だったんでね」


 東雲は、視線だけで、傷だらけの同僚の姿を確認した。

 特務魔道部隊の戦闘服は、至る所が破れ、赤黒い血がじわりと滲んでいる。

 額には玉のような汗が滴り落ち、浅く呼吸をする柳田の姿から、東雲は、目の前にいる敵がどれほどの脅威であるかを痛感した。


「で? なんでお前たちは妖魔と戦ってる? 現状を説明しろ」

「手短に言えば…… あのおっさん。研究所所長の笹岡が作った合成妖魔ってやつ、ですかね」


 東雲と後ろに控える9名の第2分隊の面々に少なからず動揺が走る。しかし、構わず柳田は続けた。


「笹岡の話によれば…… アレは、この研究所で造られた存在。俺たちと同じ、魔力を持った人間を妖魔と合成させた化け物。それを大量に生産するなんて言いやがる。んで、秘密を知った俺たちを殺すってね」

「バカな⁉︎ そんな話――」

「ほら、あいつの脇から人間の手みたいなのが伸びてるでしょ? それに胸のあたり、あれは間違いなく人間の顔っすよ」

「――⁉︎」


 東雲は言葉を失い、ただただ目の前の光景に愕然とする。

 

「そんな鬼畜外道な所業があるか!」

「魔法士、いや人を、何だと思っているんだ!」


 他の隊員たちも、信じられないという表情で、怒りを露わにした。


「町田、金本。興奮するな」


 動揺からいち早く冷静さを取り戻した東雲の、低く、重い声が響き渡る。

 

「ですが東雲(シノ)副長――」

「戦場で感情的になるなと言っている。落ち着け」


 その一言で、隊員たちの動揺は辛うじて鎮まった。

 だが、東雲本人のゴリラのように鍛え上げられた上腕が、戦闘服の上からでもはっきりと分かるほど膨れ上がっていた。

 それは、彼が内に秘めた怒りを、己の拳を握りしめることで必死に抑え込んでいる証拠だった。


柳田(ナギ)、それと安倍、堂上、十条は下がっていろ。後は第2分隊が引き継ぐ」

「いや、敵は厄介っすよ。俺も――」

「お前は1人で2体とやり合ってたんだろ。俺たちを舐めるなよ」

「……へへ、東雲(シノ)さんには敵わないっすね」


 殺気をこめた鋭い眼光で一瞥すると、柳田は苦笑いを浮かべ、肩をすくめた。

 

「分かりました。ただ、アイツらは厄介ですよ。防御魔法も使うし、鱗を飛ばす『黒燐砲』は、威力十分でオマケに魔力を持っていかれちまう。俺たち魔道兵には致命傷になります。くれぐれも気をつけて」

「分かった。じきに山崎(ヤマ)さんたちも来るだろう。それまで休んどけ。おい真田、コイツらの怪我を見てくれ」

「はい」


 真田小夜准尉。東雲に呼ばれたのは、第2分隊唯一の女性隊員であり、回復魔術に長けた女性であった。

 特務魔道部隊には、五十鈴たち第5分隊を除いても、他に7名の女性隊員がいる。第1分隊に3人、第3・第4に2人づつ。

 通常の兵団より魔道大隊は、女性に比率が多い。これは魔法力に特化した兵団だからこそと言える。


「よし、お前ら! この戦場は第2分隊が引き継いだ。1体につき3名で対応する。出来れば無力化して生捕りにしろ。難しい場合は殺しても構わん。ただし、姿形は残すように」

「「「了解!」」」


 柳田たちを下がらせ、第2分隊の面々は殺気を抑える事なく戦闘体制に入った。

 東雲が先頭に立ち、拳でグローブのように分厚い自らの掌を叩き鳴らす。

 

「さて、柳田(ナギ)を苦しめた、その実力を見せてもらおうか!」


    ◇


 東雲たちの登場に、研究所所長の笹岡は、奥歯をギリギリと噛み締めていた。


「新手が現れよったか……」


 ヴァリゲーターの背後に身を隠しながら、戦場と化した研究所の正面入り口付近を苛立ちながら観察する。

 

(ちっ、御堂の犬どもは50人足らずの部隊と聞く。ここには2つの分隊が来てる、か?)


 笹岡は、先程までの余裕をすっかり失っていた。それは、柳田たちの戦闘力が、彼の想定を遥かに上回っていたからだ。


(くそ‼︎ 御堂が集めた魔道兵は、通常の魔道兵の平均値を遥かに超える力を持っている…… 流石に軍部でも有名な風神(柳田)といったところか。後から来た奴らも、風神とまではいかなくても、それに次ぐ強さを持っているだろう)


 笹岡は、柳田たちから、目の前にいる合成妖魔へと視線を移す。


(このままでは、この子達諸共、私も奴らの手の内に落ちてしまう…… それだけは避けねば)

 

 そして、3体いるヴァリゲーターのうち、東雲の雷撃によって酷い大火傷を負った個体を観察する。

 

(筋肉の深いところまで裂傷しているな。これでは直ぐには治るまい……)


 ヴァリゲーターは、再生能力も異常に早い。そう造られたのだ。だが、それでも限度があった。

 東雲が使用した雷魔法の攻撃は、物理的な攻撃に強いヴァリゲーターの弱点でもあったのだ。


「ああ、くそ! 忌々しい‼︎」


 笹岡は悪態をつきながらも、現在の戦況を冷静に分析し、懐のポケットから手のひらほどの大きさの箱を取り出した。それは、小型のトランシーバーのような機械だが、数個のボタンだけがある変わったものだった。

 笹岡は、箱の先端についているアンテナを伸ばすと、一つのボタンを愛おしげに撫でる。


「調子に乗っている虫ケラども…… 地獄を見るといい」


    ◇


「翡翠島研究所所長、笹岡殿。私は特務魔道部隊、副長のひとり、東雲少尉です。貴殿を拘束します。戦力差は理解できるでしょう。無駄な抵抗はやめて、こちらへ」


 雲が単身前に出て、笹岡に投降勧告を行う。しかし、笹岡はヴァリゲーターの背後に隠れたまま、返答はない。


東雲(シノ)副長、とっとと化け物退治をしてしまいましょう」

「ああ、仕方がないな。各自戦闘態勢! 行くぞ!」

「「「了解!」」」


 3名ずつに分かれた第2分隊の9名が、じりじりと間合いを詰めていく。

 それに合わせる様に、ヴァリゲーターの3体も笹岡から離れ、横に広がっていく。

 凄まじい緊張感と殺気が凝縮され、それが一気に解放される。


 戦闘が始まった。

 

「おう、真田。悪いな」

「いえ、気にしないでください。それよりも、よく一人であいつら相手に持ち堪えましたね」

「おっ⁉︎ 俺に惚れたか?」

「……ハッ、馬鹿なこと言わないでください」


 柳田が治癒魔法をかけている真田に軽口を叩くと、彼女からは氷のように冷たい返事が返ってきた。

 肩まである黒髪を後ろで一つに束ね、切れ長の目で凍り付いた視線を柳田に向ける。

 知的で落ち着いた彼女は、冷ややかな印象を与えるが、同性からの人気が高い。

 柳田の背後で久重の傷を手当てしている五十鈴からも、射るような鋭い視線が送られた。

 

「んっ⁉︎ ん、んー。 まあ東雲(シノ)さん達ならすぐに片付くだろ」

「ふふ、そうですね」


 ばつが悪かったのか、咳払いをして話題を変える柳田に、思わず真田や五十鈴たちも笑みがこぼれる。目の前の戦いを見ると、最初は手を焼いていた東雲たちが、徐々にその力を発揮し始めていた。

 

 このまま押し切れると感じた時――


 ヴァリゲーターの1体が大きく跳躍し、戦場のど真ん中へ着地した。

 他2体は、静かに後方へと退いていく。

 

「なんだ⁉︎」


 その奇怪な行動に、東雲率いる第2分隊の精鋭たちも、動きを止めて目を凝らす。中央に立つのは、先ほど東雲の雷撃を浴び、深手を負ったヴァリゲーターだった。

 

 次の瞬間、ヴァリゲーターはまるで糸が切れた人形のように、ガクンと膝をついた。

 リザードマン特有の、ワニのような頭部は力なく後ろに垂れ下がり、逞しい両腕も地面に投げ出されたようにだらりと下がっている。


 誰もが、その異様な光景に息を呑んだ。

 それはまるで、ヴァリゲーターが力尽き、静かに息絶えたかのようにも見えた。しかし、その静寂は、次の瞬間に空間毎引き裂かれたように破られた。


「ギィヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――」


 ヴァリゲーターの胸部に浮かび上がる、人間の顔。閉じていた瞼が、狂気を宿したかのように大きく見開かれ、耳をつんざくような、魂を震わせる絶叫が戦場を支配した。


「うぉあ⁉︎」

「きゃっ⁉︎」

「おおおおぁ⁉︎」


 耳を劈くような凄まじい絶叫が、戦場を支配した。

 誰もが思わず両手で耳を塞ぎ、身を縮こまらせる。


 それは、まるで地獄の底から響き渡る怨嗟の声。


 聞く者の魂を震え上がらせ、恐怖に戦慄させる。そのあまりの凄まじさに、戦場の空気が凍り付いたように感じられた。

 

「ギィヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――」


 空気を震わせ、なおも続く絶叫は、拘束していた研究者たちを失神させた。ビリビリと体を揺さぶるような絶叫に、後方にいる柳田たちは顔をしかめ、近くにいる東雲たちの中には膝を折る者もいた。


 やがてヴァリゲーターの胸に浮かぶ人面の両目からは、ドス黒い血が溢れ出し、脇腹から突き出ている人間の腕がもがき苦しむように暴れ、自らの頬を掻きむしった。

 

「くっ⁉︎ 右翼3名、ヤツを黙らせろ! 残りは後方の妖魔だ!」


 絶叫を続けるヴァリゲーターと後方へ逃げた笹岡へ、東雲が攻撃の命令を下すと、即座に第2分隊の面々は攻撃態勢と魔法詠唱に入る。


「ううう…… あ、あれ?」


 柳田に回復魔法をかけ続けていた真田が、苦悶の声を上げ、驚愕の表情を浮かべた。

 彼女の驚きの理由を瞬時に理解した柳田は、喉が裂けるほどの大声で叫ぶ。


「ダメだ! 近づくな――」


 柳田の声は間に合わず、東雲を筆頭に9名それぞれが、叫び続ける妖魔と後方の妖魔へ攻撃を仕掛けた時――


「ま、魔法が―― 発動せん⁉︎」


 驚愕に顔面が蒼白となる東雲。

 そして、奇怪な行動を取るヴァリゲーターの真の目的を悟った。


「ま、まさか―― 魔法封じだと⁉︎」


 まるでスローモーションのように、眼前を流れていく映像。

 その片隅に、邪悪な笑みを浮かべ歓喜している白衣を着た笹岡を見つける。彼の左手には、得体の知れない小型の箱が握られていた。


「ヒッヒッヒ〜、馬鹿どもめ。死ね」


 ゆっくりと動く口元が、東雲には読み取れた。

 そして、自分めがけて飛翔するヴァリゲーターが放った『黒燐砲』が迫ってくる。


 攻撃のため地を蹴り空中にいる状態では、回避は不可能。防御魔法も展開できない。

 段々と近づく『黒燐砲』が、やけに大きく見えた瞬間、彼の意識は暗闇に飲まれていった。

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