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闇に沈む真実 8/計略

 地下最奥の研究室では、天井や壁に設置された機器から、絶えずバチバチと火花が散っていた。


 笹岡から二人の抹殺を命じられたヴァリゲーターが、狭い室内を縦横無尽に暴れ回り、床は既に瓦礫の山と化している。

 鼻を突く異臭は、床一面に広がった培養液から立ち上っているのだろうか。


 容赦なく降り注ぐ火の粉を浴びながら、ヴァリゲーターは、研究室の入り口を背にした二人を追い詰めるべく、じりじりと距離を詰めてくる。


 視線をヴァリゲーターに向けたまま、神室倫道は氷川龍士の耳元で囁いた。


「――――だ」

 

 龍士は勢いよく振り返ると、眉間に深い皺を寄せ、怪訝な視線で倫道を睨みつけた。


「――ああ⁉︎  そんな――」

「危ない!」


 ヴァリゲーターの魔法攻撃。おそらくは水系の魔法だろう。

 目に見えないほど薄い水の刃が、倫道たちを襲った。しかし、倫道は間一髪で体を投げ出し、攻撃を回避すると、水の刃は背後の壁を深く傷つけ、激しい水飛沫となって飛び散った。


「元が鉄鱗蜥蜴(リザードマン)だから水の魔法?」

「そんなの知るか!」


 倫道が思わず漏らした言葉に、龍士は怒鳴りつける。そして、一拍置いてから、少し苛立ったように尋ねた。


「お前、本気で言っているのか?」

「勿論だ」

「はっ! やはりお前は馬鹿だな。そんな事できるわけ――」

「出来る!」

「お前――」

「俺たち二人なら出来る! 黒姫!」


 ヴァリゲーターが次の攻撃に移るよりも早く、倫道は黒姫を【黒焔針】へと変化させ、射出した。


 先ほど、無防備な状態で【黒焔針】を喰らったヴァリゲーターは、防御魔法の障壁を張りながら、慎重に距離を取った。どうやら、倫道の魔法を警戒しているようだ。


「………………――」

「まずい! 何か来るぞ! こちらから仕掛ける!」

「――チッィ、どうなっても知らんぞ!」

「おおおぉ――!」


 ヴァリゲーターの胸に浮かび上がる人面が、瞼を閉じながら、何かを呟き始めている。

 これが喋り出した時、強烈な魔法攻撃が放たれることを、倫道たちは既に学習していた。術の発動を許す前に、勝負に出る。

 龍士も、倫道の動きに呼応するように、即座に動き出した。


「【黒焔針】!」


 倫道の左目が金色に輝き、覚醒状態へと移行すると、ヴァリゲーターの至近距離まで肉薄し、黒い炎のニードルを叩き込む。


 通常よりも二倍ほどの大きさに膨れ上がった黒き焔針が、凄まじい速度でヴァリゲーターを襲う。


「うぉおおおおお!」


 マシンガンのように、無数の黒焔針が雨あられとヴァリゲーターへと降り注ぐ。

 しかし、ヴァリゲーターは攻撃を中断し、魔法防御の障壁を張り直し、直撃を辛うじて防いだ。


「喰らえ――!」


 間髪入れず、龍士が跳躍し、専用の魔道具である霜結棍(そうけつこん)を上段から振り下ろす。

 魔法防御に意識を集中させていたヴァリゲーターは、咄嗟に太く強靭な右腕を盾にし、頭部への直撃を回避した。


「甘い!」

「――――⁉︎」


 ヴァリゲーターは、後頭部への強烈な衝撃に、よろめいた。

 

 龍士の霜結棍(そうけつこん)は、棒術として使用されるだけでなく、必要に応じて三節棍のように分割する機構を備えている。そう、分離した先端部分が、ヴァリゲーターの死角である後頭部を襲ったのだ。


 たまらず、ヴァリゲーターはガードしていた右腕で裏拳を叩き込む。しかし、龍士は飛び込んだ体勢のまま、上半身を極限まで反らし、鼻先をかすめるように、大人の太腿ほどもある腕をやり過ごした。

 龍士の前髪が、数本ほど宙を舞う。


「凄い……」


 猫を思わせる軽くしなやかな動き。そのまま流れるように、回避行動から攻撃態勢へと移行する。

 倫道は、龍士の攻防一体となった体術に、感嘆の声を漏らした。


 自分たちとは、まるで異なる動き。

 大陸系の武術を習得していたことは知っていたが、ここまで洗練された動きを見せる龍士を、初めて目の当たりにした。


(龍士のやつ…… これが本来の力か……)


 気弱で大人しい印象しかなかった仲間。しかし、龍士の胸には、苛烈な激情が秘められていた。

 その激しく燃え盛る憤怒の炎に、倫道が驚嘆していると、龍士は容赦なく急所を狙い、連続攻撃を繰り出す。


「うおおお! 白虎襲!」

 

 霜結棍(そうけつこん)と左右の蹴りが、ヴァリゲーターの正中線を的確に撃ち抜いていく。

 リザードマン本来の頭部、喉へと二連撃。そして、胸に埋まる人面を――


「………………」


 ヴァリゲーターは、間一髪のところで対物理攻撃の障壁を張り、人面への一撃を防いだ。


「チィ――」

「任せろ! 黒姫!」


 攻撃を防がれた龍士は、ヴァリゲーターを踏み台にして後方宙返りを繰り出し、巨大な実験台のようなテーブルへと軽やかに着地すると、魔法の詠唱を開始した。

 

 同時に倫道が顕現させている黒姫へ呼びかけると、背中から生える4対の翼をはためかせ、抜刀した焔影刀(えんえいとう)へ吸い込まれていく。刹那、焔影刀に黒炎が爆発的に(ほとばし)った。


「ぉおおおお!」

 

 倫道の金色となった左目が、眩い光を放つ。

 焔影刀へと己が魔力を送り込むと、黒炎の刃は二倍、いや三倍の大きさに肥大する。

 

 月影を宿したように漆黒に染まった刀を右肩に担ぎ、放たれた(やじり)の如く一直線にヴァリゲーターへ疾走すると、まだ間合いには遠い場所から大きく跳躍する。


「喰らえ! 【焔天絶刃(えんてん ぜつじん)】!」


 倫道の咆哮と共に、焔影刀から黒炎の斬撃が放たれる。

 まるで背負い投げをするように、体全体で焔影刀を振り下ろすと、燃え盛る黒炎を刃と化して射出した。

 

 防御系の障壁魔法には大雑把に言って2系統に分かれる。物理的な防御と魔法への防御だ。

 文字通り、それぞれが物理攻撃と魔法攻撃に対する効果を持つ。


 魔法士も上級レベルになれば、物理と魔法を同時に防げる障壁を展開できるが、ヴァリゲーターは、この二種類の障壁を使い分け、攻撃を凌いでいた。つまり、魔法能力はそこまで高くない。


 現在は、龍士の攻撃によって物理攻撃への障壁魔法を展開している。そして、刀で切りかかってきた倫道に対しても、物理攻撃と判断し、そのままの障壁で迎え撃とうとしていた。


「――もらった!」


 ヴァリゲーターの前方に展開された障壁を、倫道が放った魔力を(まと)った黒炎の刃が、いとも容易く通り抜ける。


 倫道も龍士も、目の前の怪物が絶叫を上げ、大きなダメージを負う事を確信した―― 次の瞬間。

 

「なっ⁉︎――」


 ヴァリゲーターは、背中の翼を勢いよく羽ばたかせ、強靭な足で床を蹴り上げ、回転するように【焔天絶刃(えんてん ぜつじん)】を回避した。

 

 黒き斬撃は、ヴァリゲーターが先ほどまでいた場所を通過し、壁面に這う大小のケーブル類を壁ごと切り裂き、炎を上げた。

 驚異的なスピード、異常な身体能力による、まさに瞬間移動と言っても過言ではない回避行動。


「⁉︎――」

「――え⁉︎」


 龍士は絶句し、倫道は驚愕する。ヴァリゲーターは、既に倫道の真横に迫っていた。

 コンマ何秒、世界が静止したかのように、二人は感じた。


 コマ送りのように、ヴァリゲーターが回転すると、その太く強靭な尾が、倫道へと迫りくる。

 空中にいる倫道は、ただ目で追うことしかできない。

 龍士も、友が無防備に攻撃を喰らう瞬間を、ただ見ていることしかできなかった。


「ぐぁあああああ――」


 硬い鱗で覆われた尾の一撃が、硬質な衝撃音を上げ、倫道を吹き飛ばす。

 なんとか焔影刀で受け直撃は免れたものの、その威力に勢いよく吹き飛ばされ、炎の斬撃で傷ついた壁に激突した。


「ぐはっ――」


 喀血し、崩れ落ちる倫道に、ヴァリゲーターが止めを刺そうと、追撃を仕掛ける。


「――全てを凍らす氷の矢よ、全ての敵を打ち貫け! 【氷結牙(ひょうけつが)】!」

 

 振り上げられた鉤爪が、倫道の顔面へと届く瞬間、龍士が氷の矢を放つ。


 通常よりも時間をかけて詠唱していた龍士の【氷結牙】は、通常の五倍ほどの大きさ、直径約六十センチほどの氷塊が束となり、ヴァリゲーターを襲う。


 しかし、死角からの攻撃にもかかわらず、またも驚くべき速さで後方へと回避した。


「うぉおおお――」


 倫道の眼前に何発もの氷の砲弾が撃ち込まれると、床に突き刺さり、砕け散り、氷の絨毯と化す。

 激しく弾け飛ぶ氷の散弾を、倫道は腕を交差し、顔面を守る。


「すまん! 大丈夫か?」


 龍士の言葉に、特務魔道部隊の制服をボロボロにしながら、倫道は口端を上げ、ニヤリと笑う。


「問題ない。()()()()()――」

 

 背中側に垂れ下がる極太のケーブルを手に持つと、龍士の魔法でできた氷の床の上に跳躍する。


「これでも喰らえ‼︎」


 培養液で水浸しになった床に、火花の散っているケーブルを押し付ける。

 凄まじい閃光と共に、高電圧の電気が水銀が這い回るようにうねり、青白い光となって広がっていく。


 一人、床に足をつけているヴァリゲーターが、声にならない悲鳴を上げ、その身を硬直させた。

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