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闇に沈む真実 6/氷解

「そう、この子たちはお前たちと同じ人間、特に魔力に秀でた者によって造られた高性能(ハイエンド)タイプのものじゃ」

「な⁈」


 笹岡の言葉を聞いた皆が言葉を失う。

 唯一、地面に膝をつく研究員だけが、その事実を肯定するように俯いていた。


「どうだ⁈ 我々の研究は! 戦場における最強の存在、貴様ら『魔道兵』を駆逐する存在を開発した! お前ら魔道兵は才能と多くの育成期間を必要とする。しかし、この子たちは才能のない人間から大量に生産できる。これは世界のバランスを一気に変える成果だ! ヒヒヒヒハハハハ――」

「…………」

「何じゃ? 余りの偉業に度肝を抜かれたのか? まあいい。どうせ死ぬならワシの偉大さを知ってから死ぬがいいわ」


 三体のヴァリゲーターを両脇に引き連れ、柳田たちへ近づく。

 ヴァリゲーターと名付けられた妖魔は、人形の様に俯いたまま彼に従っていた。

 胸に浮かぶ人の顔も瞼を閉じて無表情のままだ。

 

「最初は魔物、ああ、お前らが言う妖魔の実験から始まった。何年も研究を重ね少しずつ魔力と魔素の関係性が分かってきた。だが研究は行き詰まっていった」


 誰も言葉を挟む事なく、彼は顔を紅潮させ気持ち良さそうに話し続ける。

 彼の研究者としての承認欲求がそうさせるのか。はたまた、自分が関わった研究の偉業を賞賛されたいのか。笹岡の独白は続く。


「ある時、一人の男が画期的な理論を思いついた。マナ・シナジー理論という。簡単に言えば人間と妖魔の融合を実現するための革新的な仮説だ。ワシは天啓を受けた思いがしたよ。それからというものワシは生涯の全てをこの研究に費やした。彼と二人三脚で実験を重ね、ようやくこの高みにまで辿り着いたのだ!」

「……その男ってのは、黒崎か」

「ヒヒヒっ〜、ご名答。さすが隠密まがいの部隊だな。よく知っている」


 柳田の後方から小さな声でカタリーナが問う。


「その黒崎って男は?」

「魔道研究所の本局長の黒崎悠介って男です。少し前まで研究官主任でしたがね。異例の大昇進の裏にはこれが…… 御堂司令と犬猿の仲の緋村中将のお抱えですよ」

「と言うことは、この男の独断ではないのね」

「そうみたいっす。こりゃぁ、軍の中でも相当に根深く侵食していないと無理っすね」


 ここに来て一部の暴走ではなく、大日帝国軍部の中核にこの計画を支援する存在が確実となった。

 事前にある程度は予想していた柳田も、流石にショックを受ける。


「ワシらも最初は死体や病床にある死を待つ者たちを使い実験をしていた。だが研究が進むにつれ、死刑囚など健康な人間を使ううちに魔素量の多い者が魔物との融合に適していると解ったのじゃ。それからは、君たちの様な魔法士や魔道技師など――」

「――これ以上喋るんじゃねぇ!」

「ヒィ⁈」


 柳田の怒号が響くと、笹岡は、まるで怯える小動物のように身を震わせ、ヴァリゲーターの影に隠れる。


「もう十分だ。お前を逮捕、拘束する。抵抗するなら腕の一本や二本は覚悟しろ…… 馬鹿なやつだぜ。全て自供するなんてよ」

「…………ヒヒヒっ。なぜワシがお前らに重要機密を話したと思う? なぜこの研究所を自爆すると思う?」

「…………」

「そう、この場の全てを無に帰するためよ。私が生きていていれば問題はないからの。今の会話、この研究のことは、職員もろとも何も無かった事になる」

「テメェ……」


 柳田は、笹岡の底知れぬ狂気に、言葉を失う。

 

「ヒヒっ―― さあ私の可愛いヴァリゲーターたち! 邪魔者を全て抹殺しろ!」


    ◇

 

「蘭花ぁああああ――」

「龍士⁈ ダメだ!」


 エレベーターの扉が重々しく閉まり、研究所最奥の部屋は、まるで奈落の底のように暗さを増した。

 

 笹岡を追い、エレベーターへ突進する龍士。その背中を、倫道は咄嗟に後ろから飛びつき、渾身の力で抱き抱えた。二人はもんどりを打って床に転がり、激しい衝撃が鈍い音を立てて響く。

 

 刹那、龍士がほんの寸前まで居た場所を、黒い影が稲妻の如く通り抜けた。

 

 鈍い風切り音と共に、金属が悲鳴を上げて弾ける音が耳をつんざく。

 エレベーターの操作板が抉り取られ、火花が散り、強固な扉はまるで紙のように引き裂かれ、見るも無残な姿で歪んでいる。


 ヴァリゲーターの剛腕が、横なぎに繰り出されたのだ。

 その鋭利な爪痕は、エレベーターを動かない鉄の箱へと変貌させた。


「うぁああああ!!! どけー!」

 

 半狂乱となった龍士は、獣のように目を血走らせ、怒号を上げる。

 必死に抱き抱える倫道を振り解こうと、全身で激しくもがき、膝や肘で仲間の腹や頭を無我夢中で打ちつけた。


「冷静になれ、龍士――!」

「うるせー! 蘭花をどこにやったぁあああ――」


 暴れ続ける龍士をラグビーのタックルの様に抱きかかえ、床に押し付けながら部屋の隅まで移動させる。

 

「いいから落ち着け龍士!」

「ああああ――! いい加減に――」

「がぁっ⁈」


 抱きついている倫道の背中を殴りつけた瞬間、龍士の手には、熱湯を浴びせられたかと思うほどの、激しい熱さを感じた。

 指先にまとわりつくヌルッとした感触。双眸を見開き、自分の赤く染まった手を見る。

 右手に感じる、脈打つような熱さ。その異常な感覚に、龍士の頭は逆に冷めていった。


「神室…… お前……」

「……まあ、そういう事だから、あまり手荒には扱わないでくれ」


 倫道の軍服は、背中部分に大きく裂かれた跡があり、じんわりと血が滲み出ている。

 龍士を庇った際にヴァリゲーターの一撃が彼の背中を掠めていたのだ。


「流石、特務魔道部隊の制服だな。お陰で致命傷は免れたみたいだ」


 額から汗を滴らせながらも、倫道はまるで太陽のように明るい笑顔を龍士に向ける。

 

「お前…… こんな時に笑うのか…… なんで助ける? さっきも言っただろ。俺はスパイだって」

「馬鹿! そんなことは――」

 

 龍士を突き飛ばし、自分も横へ飛び退く――

 刹那、凄まじい破壊音と共に、壁に大穴が空いた。

 ヴァリゲーターから打ち出された鱗が、砲弾と化して二人を襲ったのだ。


「――そんな事は後でいくらでも聞いてやる! 今は目の前の敵に集中しろ!」


 転がり、片膝を突き、右手を掲げる倫道。


「黒姫!」


 彼の右手から、漆黒の焔を纏った三本の針が射出され、ヴァリゲーターの巨体に全て着弾する。


「… ………… …… … …………」

 

 言葉なのか、鳴き声なのか分からない(おぞ)ましい叫び声と共に、黒い炎が燃え上がった。


「ここは俺が引き受ける! 龍士、お前は早く地上へ! 笹岡を追いかけろ!」

「倫道……」

 

 黒姫の起こした熱風が、龍士の頬を焦がす。

 彼の脳裏に、倫道達との今までの記憶が、走馬灯のように蘇っていく。倫道の笑顔、手に残る血の温度、そして黒き炎。

 それらは、固く凍っていた彼の心を、氷解させるには十分の熱量であった。


「……お前一人では碌に足止めも出来ない。死ぬぞ?」

「やってみなきゃ分からんだろ!」

「分かるさ…… 全てを凍らす氷の矢よ、全ての敵を打ち貫け。【氷結牙】!」


 空気が震え、何本もの氷の矢が雨あられと飛翔する。

 龍士の氷系魔法が、ヴァリゲーターの巨体へ浴びせられた。


「……だから二人で倒す!」

「龍士!」


 龍士は怪物から視線を外す事なく、ニヤリと笑う。

 そんな彼をチラリと一瞥すると、倫道は「くっくっくっ」と喉を鳴らして笑う。

 

「おい、気でも触れたのか?」

「いや別に。 くっくっ……」

「はぁ……」


 心から嬉しそうな倫道に、やれやれと言った感じで軽くため息を吐く。

 だが、そんな龍士も口元はにやけていた。


 

 研究所最奥の部屋で戦いが始まり、既に二分が経過していた。

 部屋は見る影もなく荒れ果て、ほとんど全ての機材が破壊されていた。


 自分達より格上の合成妖魔、ヴァリゲーターを相手に、二人は善戦しているものの、既に息は上がり、肩で荒い呼吸を繰り返す。


「……強いな」

「ああ、ここまで厄介だとは……」


 それぞれの専用武器である焔影刀(えんえいとう)霜結棍(そうけつこん)を構え、倫道と龍士がそれぞれ呟く。

 丹田に力を込め、腹の底からゆっくりと長く息を吐き出す。

 いま一度冷静になり、対峙する怪物を睨みつける。

 

 笹岡所長がヴァリゲーターと呼んだその妖魔。

 それは、大鰐のような頭部を持つ、通称『鉄鱗蜥蜴(てつりんとかげ)』と呼ばれる妖魔で、リザードマンの一種。

 人より一回り以上大きいその身体は、青黒い鱗に覆われているのが特徴だ。

 しかし、特徴的な鱗は、喉の下あたりから無惨に剥がれ落ち、本来見えるはずもない筋肉が露わになっている。

 背中には、リザードマンにはあり得ない蝙蝠のような翼が生えており、左脇腹からは一本の腕が、胸の中央には人間の顔が浮かび上がっている。


 悍ましい怪物は、薄気味悪い言葉とも鳴き声ともつかない音を口にし、淡々と戦いを続ける。

 全てにおいて規格外の妖魔に、二人は戸惑いを隠せずにいた。


「まさか妖魔が魔法を使うとは」

「ああ、あの防御魔法は鬱陶しい……」

「それに……」

「それに? なんだ?」

 

 言いかけ止めた倫道へ、龍士が聞き返す。

 少しだけ思案して、倫道が重い口を開いた。


「……感情がない」


 龍士も感じていた違和感。感情の欠如、まさにそれであった。

 人間は勿論、通常の妖魔にしても、ある種の感情というものは読み取れる。

 攻撃を受ければ激昂し、自分の攻撃が避けられば苛立つ。

 そんな当たり前のものが、目の前の怪物には感じられないのだ。


「確かにな…… これが合成妖魔……」


 倫道と龍士は、敵ながら目の前のヴァリゲーターに憐憫(れんびん)の想いを馳せる。

 自我もなく唯の兵器と成り下がった者を。


「人間の所業じゃない。こんな研究……」

「ああ、奴らは狂ってる。しかし…… 今はこいつ、ヴァリゲーターをどうするかだ」

 

 ぎりりと奥歯を噛み締める倫道へ、龍士は同意しながらも現状を顧みる。

 倫道も軽く息を吐き出すと、一つの提案をした。


「……逃げよう」

「逃げるだと⁈ 正気か?」

「ああ! そうだ、逃げるんだ」

「そんな易々と行くわけがない。逃げ出した背中を刺されて終わりだ」


 飛んでくる攻撃をかわし、二人の会話は続く。


「俺に考えがある。この部屋か――」

「止めろ! 多分、ヤツは人語を理解している。笹岡の命令を聞いていた」

「確かに……」

「全て理解できているか分からんがな。一応の保険だ」


 龍士は、ヴァリゲーターの胸に埋め込まれた、目を瞑ったままの人面を伺う。

 なんの反応もないが、かえって不気味に感じた。

 そのまま戦闘態勢を崩さず、倫道の横へ素早く近寄ると小声で問いかける。


「何か手はあるのか?」

 

 倫道は軽く頷くと龍士の耳元で囁いた。

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