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闇に沈む真実 5/不意打ち

 研究所より大きく鳴り響くサイレン。

 慌てて逃げる研究所職員の叫び声や怒号。そして未だ続く華陽人民共和国との砲弾や銃声の音。

 地上は騒然とし、混迷を極めていた。

 五十鈴は地下から職員を担いで上がってきた久重と清十郎に力に気がつくと、すぐさま駆け寄り、清十郎が肩を貸していた職員を受け取った。


「一体どうしたの? それにこのサイレンは? 倫道と龍士くんは?」

「一度に何個も聞くな! このバカ!」

「バカですって⁈」

「おい止めろ! 今は非常事態だと分かるだろ! とにかく外へ出るんだ!」


 いつものように口論を始めた久重と五十鈴を、清十郎が強い口調で嗜める。

 二人は叱られた子供の様に肩を落とし、清十郎へ黙って続いた。だが、口には出さないがお互いへの攻撃は続く。

 久重は大きく口を開けて「バーカ」と、対する五十鈴は舌を出して「べぇー!」と息で会話をする。


 上階から何人もの研究者や職員がエントランスホールに殺到し、折り重なるように出口へ人の波ができていた。


「まだこれだけ建物の中に人がいたのかよ……」

「呑気…… いや、舐めた連中だ」


 人を二人も抱えて汗だくの久重が深いため息を吐くと、清十郎も同意するように辛辣な言葉を続ける。


「おおかた、自分達は死なないなんて考えてるのさ。そして、いざ死を目の前にしたら慌てふためく」

「だな」

「そうね。……なんて言ってても始まらないわ。早く進みましょう」


 搬入口などと違い、研究所の出入り口は思いのほか狭い。警備上の理由なのだろうか。

 まるで満員電車の中を進む感じだ。

 三人はやっとのことで外へ出ると、水中から顔を出したように大きく息を吸い込んだ。


「十条! それに堂上、安倍!」


 聞き慣れた声、それが柳田の声だと三人はすぐに分かった。

 声のした方に顔を上げると、そこには我らが副長と頼れる二人、カタリーナとデルグレーネの姿があった。

 

 この混乱の中、彼らの姿を見つけ、少しの安堵を手にした瞬間―― 衝撃が走る。

 

 久重と清十郎は絶句し、五十鈴は瞠目して手で口を覆った。

 まるでスローモーションの如く、それは瞼に焼き付く。

 

「――――ガハッ‼︎」

 

 突如として喀血し、デルグレーネが崩れ落ちたのだ。


「レーネ⁈」

「なんだ⁈ 攻撃か?」


 柳田が戦闘体制に入り、周囲を見渡す。

 カタリーナがデルグレーネを抱き起こすと、腹部から(おびただ)しいほどの血が滲み出ていた。


「ゲホッ…… カッハ……」

「ちょっと! レーネ! レーネったら!」


 苦しそうに血を吐き出し、咳をするデルグレーネ。

 みるみるうちに顔色は青白く変わっていく。


「今すぐ回復魔法をかけて――」

「まずい! 防壁を張れ!」


 カタリーナは、柳田の緊迫した声に超速で反応し、自分を含め味方の前に防御魔法を展開した。

 刹那、半透明な緑色の防壁を穿つように、凄まじい衝撃が何度も何度も走った。


「クッ⁈ 柳田……」

「カタリーナさん、あざっす! 助かりました」


 カタリーナとデルグレーネの前、体を盾にする様に両手を広げしゃがみ込んでいた柳田の頬を汗が伝う。二人を守ろうと動いたのは明白であった。

 そんな彼にカタリーナは小さく「ありがとう」と囁くと、すぐに緊迫した声で叫ぶ。


「五十鈴! 無事よね?」

「はい! 大丈夫です!」

「じゃあ、こちらに来てレーネに治癒魔法を!」

「いま行きます!」


 カタリーナは防御魔法を展開しているために、デルグレーネの治癒をする事はできない。そこで五十鈴にその役を任す事にしたのだ。

 そして神経を別のところに移す。


「柳田! 敵は?」

「ええ、あそこっすね。研究所本館の横奥。あの大きな木が二本ある所っすね」


 柳田の指差す方向、ヤシ科にも似た大きな木の横に倉庫の様な建物がある。

 コンクリート造りのそれは、倉庫にしては大きく、格納庫と言っても良いだろう。

 通常であれば、建物に似つかわしい巨大な扉が見える事だろう。

 しかし、今はその扉と思わしき物体は大きくひしゃげて、建物の前に落ちていた。

 まるで内部から爆発したように。

 

「あの中から撃たれた?」

「そんな感じでしょうね。それと何か…… 嫌な感じがしやがる……」

 

 柳田の本能が感じ取ったのか、彼の肌は粟立っていた。

 濃密な魔力を感じとり、体が臨戦態勢へと入る。

 暗く中の様子は分からないが、何かが建物の奥で(うごめ)く気配があった。


「おい! 勿体ぶってないで早く出てきやがれ!」


 柳田が怒鳴りつけると、ややあってしわがれた声が聞こえた。


「ヒヒっ…… あの攻撃を防ぎよるか…… 先ほどの若造たちといい…… やはり魔道兵が派遣されてきたか……」


 部屋の奥からゆっくりとその姿を表したのは3体の妖魔と1人の初老の男性だった。


「なっ⁈」

 

 驚く柳田。いや、柳田だけではなくカタリーナを始め、回復魔法をかけ始めた五十鈴も瞠目する。

 さらに驚きを超えて動揺する久重と清十郎。


「……アイツはさっき見た……」

「ああ…… だが……」


 驚きを呟く久重と清十郎。それを柳田は聞き逃さない。


「おい! どういう事だ? 何を知ってる?」

「いえ、知っている訳ではないのですが、地下で先ほど見て……」

「だけど俺たちが見たのは、足がなかったり、不完全のものでした!」

「不完全な?」


 清十郎と久重が続けて報告をすると、柳田は怪訝な顔をして3体の妖魔を再び見る。

 観察する様に下から上まで視線を送ると、その異質な特徴に気が付いた。


「おっ、おい…… ありゃリザードマン…… 『鉄鱗蜥蜴』だよな?」

「…………」

「妖魔がいる事は予想していた…… だけどよ? アイツはなんだ?」

「…………」

 

 柳田の問いに二人は沈黙する。


「なんで胸のど真ん中に人間の顔が浮かんでやがる⁈」


 柳田は、怒りや恐怖、困惑など、様々な感情が入り混じる叫び声を上げた。

 カタリーナと五十鈴も、その常識を逸脱した妖魔の姿に、言葉を失い、石のように固まってしまった。


「こいつらがこの島で研究していたこと…… 人間と妖魔の合成…… それが()()です!」


 清十郎が地下から助け出し拘束していた研究員を、地面へ突き飛ばす。

 研究員は両手を地面につけたままブルブルと震え、大きく首を横に振った。


「わ、私たちは、命令されて――」

「言い訳はいい! アレは何だ?」


 凄まじい殺気を放つ柳田に、研究員は更に震え上がる。


「アレは…… 実験体の完成品。リザードマンの体を元に、多種の妖魔と魔力量の多い人間との融合実験が成功した最も完成度の高いキメラ…… 『ヴァリゲーター』…… です」

「「「「⁈」」」」


 そこにいる全ての人間が息を飲む。

 そんな非道な事が行われていた事実、そして目の前に存在する異様な妖魔の姿に。


(なんて事なの…… こんな話、調和の守護者(ガーディアンズ)でも聞いたことは…… いえ、少し前に耳にした事はあった。でも、ただの噂話とばかり……)


 調和の守護者(ガーディアンズ)調律者(ハーモナイザー)であるカタリーナですら、この衝撃の事実に驚きを隠せない。


(この事実を調和の守護者(ガーディアンズ)が見逃していた? いや、そんな筈はない…… 何か裏が……)


 思考を巡らせていたカタリーナの耳に、不快な声が届き、意識が現実に引き戻された。


「ヒヒヒっ…… お喋りが過ぎる者は、研究者として失格だぞ」

「しょ、所長! 笹岡所長!」


 研究員は震える指で、妖魔の後ろに立つ初老の男性を指差した。

 3体の妖魔に隠れる様にして顔を覗かせる笹岡。

 下卑た笑を浮かべ、辺りを見渡した。


「ふむ、どうやら付近にいる魔道兵はお前たちだけらしいな。爆発まで時間もあるし…… 少しは話ぐらいしてやってもいいぞ」


 白衣に着いた埃を払いながら笑う。


「テメェが親玉か! ひでえ事しやがって!」


 柳田の獣のような咆哮に一瞬たじろぐが、薄ら笑いを浮かべうんうんと頷いた。


「ヒヒっ…… 左様、私が翡翠島研究所所長の笹岡だ。しかし、仮にも所長の私に向かって無礼極まりないぞ。ヒヒっ……君たちの所属は?」

 

 柳田は地面へ唾を吐き捨て不遜な態度で返答する。


「テメェなんぞに答える義理はねぇーが…… 俺たちは魔道大隊所属、特務魔道部隊。俺は副隊長の柳田少尉だ」

「ヒヒヒっ…… 特務魔道部隊だと。なるほど御堂の犬どもか。どおりで……」

「一応あんたも大日帝国の軍属だ。大人しく拘束されりゃ、それなりの待遇を約束する。研究所が吹き飛ぶんだろ? 観念して大人しくこっちに来い」

「ヒヒヒヒヒっ…… なに、そんなに早くは爆発はせんよ。ワシが逃げなければいけないからの。十分な時間はとってある」

「あー、そうかい。じゃ早くその化け物と一緒にこちらへ来るんだ!」

「化け物とは酷い言い草じゃの。『ヴァリゲーター』という名前もある。それに、お前らの仲間じゃというに」


 笹岡の一言に空気が固まる。

 柳田も久重や清十郎、五十鈴、そしてカタリーナまでも。

 笹岡の言っている言葉の意味に旋律を覚えて。


「おい…… ちょっと待てよ…… その人体実験って……」

「そう、この子たちはお前たちと同じ人間、それも優秀な魔法士によって造られた高性能(ハイエンド)タイプのものじゃ」

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