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闇に沈む真実 2/信用と信頼

「おい! 神室まて!」

「倫道! お前が行くなら俺も――」

「堂上! 行くな!」


 部屋の奥、暗闇へ消えた倫道を追おうとする久重に、清十郎が声を張り上げ、必死で止める。

 切羽詰まった彼の大声に、久重もようやく足を止めた。


「落ち着け! お前まで行ったら、誰が彼らを上まで運んでいくんだ!」

「うっ……」


 目の前の研究員の他、ここにはもう1人、床に転がっている研究員がいる。

 それに、先ほどの部屋にも警備兵が二人倒れていた。

 意識が戻ったとしても、自力で歩けるか定かではない。


「今は俺たちのできる事に集中しろ。この研究員たちは重要な証人でもある。絶対に生きて連れて行かなければならん」

「チッ…… そうだけどよ。アイツらが――」

「なに。神室なら心配いらん! アイツは何時だって生き延びてきたんだ。そんな事は、俺よりもお前がよく分かっているだろ?」

「……ああ、違いねぇ」

「きっと氷川を連れて『危なかった』などと恍けたことを言うんだ」

「なんだ? 随分と倫道の事を信頼しているじゃねーか」

「別に信頼はしていない。ただそう思うだけだ。ほら、急いで上に上がるぞ」

「分かったよ」


 久重は未だ気絶している研究員を背負い、清十郎は肩を貸し、共に来た道を戻る。

 小規模な爆発が続く中、階段の下まで来ると、警備兵がよろよろと階段へ向かっていた。


「ほら肩をかせ! 早く上まで上がるぞ!」


 研究員を背負いながら、久重はほとんど持ち上げるようにして警備兵を抱えかかえ、かんかんと靴を鳴らして鉄製の階段を登っていく。

 大人二人を持ち上げられる久重のパワーに、清十郎は感嘆した。


「流石の馬鹿力だな」

「誰が馬鹿だ!」

「堂上、お前の重力魔法で軽くは出来んのか?」

「ちょっと無理だな。押さえつける事はできるんだが、浮かせるのは…… まだ出来ねぇ」

「はっ、使えん」

「お前の精霊魔法で運べばいいじゃねーか」

「……俺の魔法は攻撃用だ。柳田副長やカタリーナさんの様にはいかん」

「どっちが使えないんだか」


 軽口を言い合いながら、額に汗を浮かべて全力で階段を登っていく。

 清十郎も足取りがおぼつかない二人を両側に抱えながら、必死で後を追う。


 階段を登り切り、ガラス張りの部屋に到達した瞬間、大口径のパイプが天井から落下し、先ほどまで登っていた階段を直撃した。


「うぉおおお。危ねぇ! ――だけど、これじゃぁ倫道たちが登ってこれねぇぞ」


 悲鳴のような金切り音を立て、ひしゃげた階段はガラガラと崩れ落ちた。その上に、天井から多くの照明機材や配管が落ちてくる。


「くっ! おい! 他に地下から上がってくる手段はあるのか?」


 清十郎が肩に担ぐ研究員の耳元で怒鳴る。


「左手奥に搬出入用のエレベーターがあるが……」


 研究員の視線の先、そこには中央に鎮座していた大掛かりの機械の一部が倒れ、エレベーターに突っ込んでいた。扉は折れ曲がり、バチバチと火花が飛び交う。


「他には!」

「研究室の最奥…… そこに地上へ出る搬出用のエレベーターと通路があるにはあるが……」

「あるにはあるって、どういう事だ?」

「重要な場所なので、上席クラスの承認がいる…… それに、この爆発で使えるかどうかは分からない……」

「なんだって⁈」


 清十郎と久重は、歯噛みをして苛立ちを表す。

 

「チッ! 今ここで考えてても仕方がない! とにかくコイツらを上へ上げてもう一度戻るぞ!」

「ちくしょう!」

 

 2人は研究員と警備兵を抱えながら、地上へ向かい階段を駆け上がった。


    ◇


「ふう、こっちは大分大人しくなってきたわね。レーネ、そっちはどう?」

「……うん、こっちも引いてった……」

「オッケー。じゃぁ柳田たちの所へ合流しましょう」


 倫道たち5人を研究所内に送り込んだ特務魔道部隊の面々は、華陽人民共和国の攻撃に対し、各自奮闘していた。

 圧倒的な兵力で攻め入る華陽軍に、警備隊は総動員しても防戦一方、ジリジリと戦線を後退していた。

 そこへ50名足らずの応援が来ても…… 誰もがそう思っていた。だが、その憂いは歓喜に変わる。

 

 一人一人が一騎当千の特務魔道部隊。

 通常の兵士と比べ格段の戦闘力を持つ彼らの加わった戦場は、次第に状況を変えていった。

 今回投入された華陽兵団にも魔法を使う兵士がいなかったわけではないが、魔法兵は各国が持つ切り札であり、その数は一般兵に比べ非常に少ない。

 そして、特務魔道部隊の魔道兵と比べるとその技量は高くなかった。

 華陽人民共和国が誇る虎の子の特選魔法兵団もこの戦場へ投入されなかった事も幸いし、未だ敷地内への侵入は許しておらず、敵兵団をその場に釘付けとしていた。


「……心配?」


 横に並び歩くカタリーナが、浮かない顔のデルグレーネへ尋ねると、彼女は金髪を靡かせて、ふるふると首を振った。


「心配じゃない…… 事はないけど。それよりも、ちょっと疲れただけ」


 軽く息を吐いて、掌の上で小さな黒炎をポンと破裂させる。


「加減をして戦うのは10倍疲れる」

「まあ、そうよね〜」


 デルグレーネのぼやきに、カタリーナももっともだと同意する。


「でも、しょうがないでしょ。いくら大日帝国の軍服を着ていても、私たちはあくまで調律者(ハーモナイザー)なんだから」

「分かってるから加減してる……」

「はいはい、そうでしたそうでした」


 カタリーナの茶化すような仕草へ、綺麗な眉間に皺を寄せて、ジロリと睨む。

 実際、彼女たちはこの戦闘において、かなり力の加減を強いられていた。


 彼女たちは調律者(ハーモナイザー)である。

 世界の調和を実現するため、人目のつかない裏側でその目的のために活動する。そう。それは、あくまで世界にとって平等にだ。

 今回の様に戦争に介入し、どちらか一方にその力を付与もしくは加担することは、長い歴史上でも多くはない。

 明確な介入の理由がない場合、それはルール違反となるからだ。

 そこで彼女たちは、なるべく相手方の死者を少なくし、かつ戦闘不能・撤退させるという難題に挑んでいたのだ。


 

「ただ、監視目的が大日帝国と倫道くんたちだし、この場面では許されるのかもしれないけど……」

「うん……」

「実際、どちらの国が勝った負けたなんて興味もないし。そんな戦場で相手を殺すのも気が引けるしね」

「うん…… 私もそう思う」

「そう…… じゃぁ! 面倒だけど、もうひと頑張りしますか!」

「――ケホッ」


 デルグレーネの背中を勢いよく叩き、透明な水色の瞳を弓なりにする。

 咳き込むデルグレーネをカラカラと笑いながらカタリーナは彼女の華奢な肩を抱きしめた。


「お二人さん、随分と余裕っすね」


 戦闘服を泥だらけにし、頭をポリポリ掻きながら苦笑いをした柳田が二人を待っていた。


「あら? 柳田。こっちから連絡しようと思ったのに。まあ、私達の事を見ていたのは知ってたけど」

「たははは…… 流石っすね」

「そんなに信用ないかしら?」


 柳田は更に頭を掻いて笑みを深める。


「そんな事は無いっすよ。ただ……」

「ただ?」

「その力、かなりセーブしてるなって」


 柳田の視線が鋭く光る。しかし、それはほんの一瞬。直ぐに元に戻る。


「あら? そんな事はないわ。ねぇレーネ?」

「ん? まあ……」

「くくくっ。そーっすか。まあいいっすよ。今後の展開次第で長丁場になるかもしれませんからね。魔力は温存しとかなきゃ」

「そういう柳田は? 最前線に嬉々として行ったんじゃないの?」

「ええ、最初は第4分隊の連中を引き連れて戦ってましたがね。予定通り、敵さんの横っ腹に山崎隊長(ヤマさん)たちが突入して、右翼側は一気に制圧完了。罠も仕掛けたんで正面に戻ってきたって感じです。それから山崎隊長(ヤマさん)に研究所へ戻れと命令受けたんで」

「じゃぁ私たちも柳田の手伝いってことで?」

「ええ、そうして貰えるとありが――⁈」

 

 柳田の言葉を遮り、突如として響く爆発音。揺れる地面。

 3人は思わず研究所を振り返り、その上空を仰ぎ見た。


「空爆…… じゃ無い……」


 研究所の建物には損害もなく、上空には機影もない。

 些か混乱している3人だが、続け様に起こった爆発が、その地点を教えてくれた。


「地面―― 地下か!」


 足裏に感じる振動。鳴り響く小さな爆発音。

 やがて研究所建屋からけたたましくサイレンの音が鳴り響いた。


「中で何かあったのか⁈」

「――倫道!」


 柳田が一瞬戸惑った隙にデルグレーネはすでに駆け出していた。

 柔和な笑顔をしていたカタリーナも顔を硬らせ彼女に続き、柳田も一番遅れてそれに続いた。


「「「「うぁわあああ〜〜〜〜〜」」」」


 所内に残っていた職員が一斉に出入り口へ殺到する。

 まだこれだけ居たのかと呆れるほど玄関は人でごった返した。

 爆発とサイレン音でパニック状態、人が人を押し退け、抱えていた荷物や書類が散乱する。


「これじゃぁ中に入るのは……」


 この状況で逆流していけばさらなる混乱を招くだけである。

 デルグレーネ、カタリーナ、柳田の3人は玄関先から距離を取り、その状況を見極めようとする。

 そこへ見知った顔が群衆の中から押される様にして現れた。

 

「十条! それに堂上、阿部!」


 柳田が大声を出すと、呼ばれた五十鈴たちもデルグレーネたちを視認する。

 お互いの顔を確認でき、緩んだ五十鈴の顔が一瞬にして驚愕の様を浮かべた。

 柳田はその表情から嫌な予感を感じ、後ろを振り向く。


「――――ガハッ‼︎」

 

 そこには口から血を噴き出し、デルグレーネの崩れ落ちる姿があった。

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