禁じられた旋律 7/研究所へ
翡翠島への強行降下は、島へ集結しつつある敵艦船から集中砲火を受けながら決死の覚悟の中で行われた。
パイロットの神技的な操縦と特務魔道部隊ならではの降下方法で、倫道たち隊員全て無傷で上陸に成功。
そして今、彼らは研究所から数キロ離れた森の中に降り立った。
先ほどまで上空で炸裂していた砲弾は止み、ほんの一瞬、戦場を忘れさせる静けさが訪れている。
帝都東光から南東へ約1,000kmの距離にある翡翠島。それは、まさに南国の島であり本島とはかけ離れた様相を呈している。
島の周囲は80kmほどの島で、研究所の敷地以外は深い森に覆われている。
森の中は湿気に満ち、空気は重く体に纏わりつく。
湿り気に満ちた風は肌をベトつかせ、緑濃い葉の隙間から刺す強烈な日光が、額に小さな光の斑点を作る。
倫道たちの戦闘服はすぐに汗で湿り、亜熱帯のジャングル特有の蒸し暑さが皆の体力を削ぎ始めていた。
「現在地は研究所までは大体5、6km程の地点ですね」
「滑走路からだいぶ離れたな」
「しょうがないですよ、あの砲撃じゃぁ」
「よし、第1分隊を先頭に、第2、3と並び第4とダイヤモンド型で続け。第5は更にその後ろだ」
強行降下を果たした開けた土地で、山崎隊長を中心に分隊長が集まり行軍の陣形を確認する。
簡単な申し合わせを終えると、緊張を隠せない倫道たちの前に柳田が戻ってきた。
整列した面々を前に声を抑えて命令を下す。
「よし、俺たちは最後列で進む。後方から敵さんが来るなんて無いと思うが…… 十分注意をして進むぞ」
柳田の言葉に小さく了解の意を表すと、各自が装備を整える。
背嚢を背負い機関銃を抱え、やがて彼らは鬱蒼とした密林の中へ足を踏み入れた。
分隊の進む音は、鳥の鳴き声や虫の声に紛れ、自然の一部となっていく。
決して歩き易くはない、木々が生い茂る道なき道を突き進む。
木の根が、泥濘が、頭上から垂れ下がる蔦が彼らの前進を邪魔する。
経験値の差か、倫道たち5名は必死に進もうとするが他の分隊から段々と遅れてしまう。
「おい、遅れてるぞ!」
先頭をいく柳田の低く冷たい声。
音を出さぬ様に今まで以上に速度を上げて必死に食らいつく。
緊張も相まっていつの間にか息は切れ、呼吸音が次第に大きくなっていく。
「【サイレント・フィースト】」
カタリーナが最後尾から魔法を唱えると、一瞬、倫道たちを包み込む透明な膜が広がった。
「これで多少の音は外に漏れないわ。遅れない様に急ぐわよ」
「はい! ありがとうございます!」
今まで気を付けていた足音、装備品のガチャガチャとした騒音、抑えていた呼吸音。
それらから解き放たれた倫道たちは、ゼーゼーと息を切らしながら全速力で駆け出した。
「……まっ、いっか」
軽く後ろを振り返り苦笑いをする柳田。
前方を行く他の分隊は音も少なく、より一層の速さを持って進軍する。
黒い影が静寂の支配する森の中を疾走していく。
しかし、その静けさは1発の銃声によって砕かれた。
その音に、倫道たち第5分隊の面々は、極度の緊張を強いられる。
「伏せろ!」
柳田のハンドサインと共に倫道たちは、地面へ飛び込み腹這いとなる。
その途端、密林の奥から激しい銃声が響き渡った。
「うぉおお!」
「きゃっ!」
久重の頭上を掠めた銃弾が木々を炸裂すると、近くに潜む五十鈴も思わず悲鳴が出た。
「くっ⁈ 一体どこから⁈」
「頭を上げちゃダメ!」
倫道が銃声のした方向へ頭を上げようとした時、その後頭部へ凄まじいスピードで覆いかぶさる影。
「むぎゃっ⁈」
カエルが潰された様な音を出しながら、ぬかるんだ泥の地面へ顔面は押しつけられた。
「動かないで…… 射線上に入ってる」
デルグレーネが倫道の頭を胸に抱き抱え、地面へ押し付けていたのだ。
再度始まる機関銃の一斉掃射。
数秒間、頭上の木々が銃弾により削り取られ、木々の悲鳴と共に木片が宙を舞う。
「「「〜〜〜〜〜〜ぅっ⁈」」」」
声にならない叫び声をあげる久重や五十鈴たち。
歯を食いしばり力一杯目を瞑り、自分の体と仲間に銃弾が当たらないことを祈る。
ただ1人、倫道だけはもう一つ違う思いを抱いていた。
(こっ、こここっ、後頭部に柔らかい――)
銃弾の雨を受けながら大した余裕である。
いや、突然の銃撃、デルグレーネが抱きついてきた事で混乱となっていた。
(――い、息が……)
ぬかるんだ地面に顔を押し付けられ呼吸も苦しい。沸騰した血液と酸欠で思考がぼやける。
思わず空気を吸おうと頭をよじると――。
「あっ⁈ う…… 動かないで……」
デルグレーネの熱くこもった声。
耳元で囁かれた倫道は、ほんの1、2秒、気を失った。
戦闘は一気に激化し、遠方で響く砲弾の音と同様に、ジャングルの中は火花散る戦場と化した。
第1分隊を先頭にした特務魔道部隊は、さながら大蛇の様に隊列を守りながらうねり、敵戦力を無力化していく。
特務魔道部隊の連携は完璧で、敵の抵抗を徐々に抑え込みつつあった。
「第1、第3が敵を抑えた。第4が遊撃に回る。今のうちに第2、5分隊を研究所へ先行せよ」
「山崎さん、了解です!」
「了解! ほんじゃぁ行きますか」
「頼むぞ、柳田、東雲」
山崎隊長の指示を仰ぎ、東雲副長と柳田副長が自分達の隊を引き連れて戦場を疾走する。
「走れ! 走れ! 走れ! あと少しで研究所だ!」
柳田を先頭に倫道たちは全速力で駆け抜ける。
最後尾はカタリーナ。
彼女の防御魔法で流れ弾に合わない様、しんがりを務めている。
激しい機銃の音、たまに聞こえる爆発音が地面を揺らす。
「大丈夫かな……」
チラッと同胞の無事を心配した倫道に柳田の鋭い声が刺さる。
「お前らが他人の心配するのは100年早え! しっかり前向いて付いてこい!」
「はい! すみません!」
柳田の怒気を孕んだ叱責に背筋を伸ばし飛び上がって前へ進む。
それは久重、五十鈴、清十郎、龍士も同じく雑念を振り払い遮二無二に大地を蹴り脚をすすめた。
やがて数分後、彼らの目の前で第2分隊が前進を止め、身を低くして様子を伺っていた。
同様に身を低くし第5分隊もその後に続く。
目の前には開けた場所、そしてその先には、窓の少ない異様な雰囲気を持つ巨大な建造物が見える。あれが目的地である研究所なのだろう。
激しい銃撃の音、炸裂する爆発音。
研究所の周囲を囲む防護壁を境とし、今まさに防衛隊と敵軍の戦闘が行われている横斜め後方に彼らは到着したのだ。
「東雲さん、どんな感じですか?」
「おうナギ。警備隊が頑張ってるみたいだが…… 旗色は悪いな」
「……そうみたいっすね」
森の中から飛び交う銃弾の雨を見て柳田も苦い顔をする。
「敵さんたちも展開してくるだろうからボヤボヤしてられんな」
「じゃぁ、特務魔道部隊ならではの突入方法で行きますか?」
「ま、そうだな。おいおい隊長たちも追い付いて来るだろうから、外の対応はそれから考えるか」
「了解! 今回はカタリーナさんたちもいるんで」
「おう、そうだな。心強い」
柳田と東雲は後方にいるデルグレーネとカタリーナへ悪い笑顔を向けると手招きする。
数度の言葉をやり取りし、カタリーナの「任せて!」と力強い笑顔とデルグレーネの「了解」という言葉ですぐさま行動に移った。
東雲が合図を送ると、第2分隊の1人が研究所上空へ向けて発煙弾を放つ。
赤黒い煙を吹き出しながら、発煙弾はやまなりに飛翔しその役目を果たした。
味方への部隊到着の合図である。
「じゃぁー行くぜ! 風よ、羽の様に軽く、疾風の如く我を運べ。【疾風迅雷】」
予め集めた第5分隊を中心に風が渦を巻き、倫道たちの体が浮き上がる。
そこへカタリーナの魔法も発動する。
「我が身を覆いて、空と大地の間に堅牢なる城壁を築け【インビンシブル・フォートレス】」
浮いた第2、第5分隊を包む様に透明な緑色の膜が覆う。
カタリーナが発動した防御魔法。
その防御魔法を確認した柳田と、同じく風魔法を発動した第2分隊の隊員が一挙に上空へ部隊を押し上げた。
「うぉおおおお――――――!」
上空へ舞い上がる倫道たち。
慣れていない彼らは、あたかも無重力の宇宙に放り出された様に姿勢の維持は難しかった。
視界が回る彼らに敵からの銃弾が浴びせられる。
「【ゲヘナ・フレイム】」
カタリーナの後方から、1人タイミングを遅らせたデルグレーネが魔法を発動する。
彼女の右手から魔法陣が出現すると、銃口を向けた敵陣目掛けて、煌めきを放つ魔法陣から漆黒の炎を噴出させる。
黒炎が龍の如くうねると、その顎門を大きく開き森の中へ突き刺さった。
そうして彼ら第2、第5分隊は、研究所の高い防護壁を乗り越え、その敷地内へ飛び込む事に成功した。




