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みえない糸に導かれて 5/幼馴染として

 俺は堂上久重と自分の名前が縫い付けられた荷物を担ぐと、教室を出て校門の側でアイツを待った。

 数分もすると、車が何台も学校の前に止まる。

 多分、俺を虐めたヤツらの親たちだろう。その大人が険しい顔をして門をくぐっていった。

 俺は見つからない様に茂みの中に身を潜め、その様子を伺う。

 太陽が傾き空もオレンジ色に染まった頃、俺を虐めていた4人は大人に手を引かれて車に乗り込み帰っていく。

 そうして最後に神室倫道が、凛とした雰囲気の女性と一緒に校門から出てきた。

 白く美しい肌の綺麗な女の人…… 日焼けした俺の母ちゃんとは大違いだ。


「かっ……」


 俺は声を掛けようとして言葉に詰まった。

 なんて声をかければ良いんだろう?

 ありがとう? 助かったよ? 余計な事するな?

 茂みの中で固まった俺に、神室倫道は気がつき笑顔で手をあげる。


「堂上! 待っていてくれたのか⁈」


 嬉しそうに笑顔をたたえて小走りに俺へ向かってくる。

 変な形で見つかってしまい、気まずさと気恥ずかしさが滲み出る。

 それでも茂みからゆっくりと出ると平静を装ったのだが……

 神室の後ろから母親らしき女性が近づき、俺に頭を下げるのを目にした途端、俺は慌てた。


「はっ、初めまして、こんにちは! おれ、いや僕は堂上久重と申すます!」


 自分でも顔が真っ赤になっていくのが分かる。

 挨拶もまともに出来ないんじゃ、ヤツらが俺を馬鹿にしてもしょうがないか。

 頭を目一杯下げ、自分自身を恥じていると頭上から声がかかった。


「立派なご挨拶ありがとうございます。(わたくし)は、神室倫道の母でございます。さ、お顔を上げてください」


 そう言って頭を優しく撫でてくれながら、言葉を続ける。


「倫道さん、良いお友達を持ちましたね」

「はい」

「堂上久重さん、どうかこれからも倫道と仲良くしてやってくださいね」

「はっ…… はい……」

「母は先に帰ります。では」


 もう一度、俺と神室の頭を撫でて神室の母親は先に帰っていった。

 しばらく後ろ姿を眺めながら俺は思わず呟く。


「お前の母さん、優しくて綺麗な人だな」

「そうかな? 家の中だと随分違うよ」

「そうなのか?」

「家だともっとおっかない……」

「へぇ〜、でもな、俺の母ちゃんの方がおっかないぞ!」

「本当に? どんな風に?」

「例えばな――」


 俺たちは、くだらない事を話しながら鶴ヶ谷八幡宮の横を流れる小さな川の河岸を歩いていく。

 お互いの口数が少しづつ少なくなって、いつしか黙って土手を歩く。

 意を決した俺が土手を降り、大小様々な玉石の上に腰を下ろすと彼も俺の後ろを付いてきた。

 手頃な石を手に取り、川に向かって投げ込む。

 数度ほど投げ、神室はただ黙ってそれを見ていた。

 俺は、いじめの原因の一つともなる赤褐色の栗皮色した髪の毛を乱暴に掻くと、神室に体ごと向かい頭を下げた。


「さっきは…… その、すまなかった! お前に迷惑をかけちまって……」

 

 神室は驚いた様に瞠目し、首を傾げる。


「なんで迷惑をかけるんだ?」

「いや! だってアイツらは政府高官の息子だったり身分の高いヤツだから……」

「それがどうして迷惑になるんだ?」

「だから‼︎」


 俺は思わず叫んだ。どうしてこんな事がわからないんだと。


「アイツらの親は偉いんだ! 逆らったりしたら家族に迷惑がかかるだろ!」


 だが神室は至極当然の様に言い放つ。


「アイツらが複数人で一人を虐めた。悪いのはアイツらだ。それでどうして家族が出てくるんだ?」

「だから…… こっちが間違ってなくても、地位や金があれば思う様にできるんだ。今回の事だって、自分達は被害者だと言うに決まってる」

「え゛っ⁈」

「……お前はそんな事もわからず殴ったのか?」

「だって、弱い者イジメなんて許せないだろ」

「おい、誰が弱い者だって?」


 神室の後先を考えない行動に呆れ、また俺を守るべき弱者だと決め疲れた事に怒りを覚える。


「ふざけんなよ! あんな奴ら、俺が本気になれば1対4だろうがボコボコに出来るぜ!」


 興奮した俺は、自分の力を見せつける為、足元にある一番大きな石を持ち上げて川に投げ込んだ。


「おおおお! すげぇ〜! 力持ちだ!」

「だろー! 伊達に毎日、家の仕事の手伝いをしてるわけじゃないぜ」

「じゃぁ…… 俺がやったことは……」

「ああ! 完全にお節介だよ! あのまま大人しくしてれば騒ぎにならずに済んだんだ」

「そうだったのか……」


 ショックを受け、膝を抱える神室。小さく「ごめん……」と謝ってきた。

 だけど俺は、そんな事を聞きたい訳ではなく、こんな事も言いたくは無かった。

 またも頭を掻きむしり、う〜と唸る。


「と も か く! 俺のせいでお前を巻き込んだ事には変わりはねぇ! すまな――」


 もう一度、謝罪の言葉を口に出す瞬間、神室の一言が俺を止めた。


「堂上、お前は凄いヤツだな!」

「はっ⁈」

「だって先の事を見据え我慢ができるなんて凄いよ! 家族想いの真に強い男だ! 俺は尊敬する!」

「――⁉︎ 何を言って……」

「ちょっ、どうした……」


 不意に俺の頬を熱いモノが流れた。

 今まで悔しくても惨めでも、我慢して我慢して決して流さなかった涙。

 それが今、俺の頬をだくだくと伝う。

 家族以外の人間に初めて認められた。褒められた。

 地位や名誉も関係なく、俺という人間を真正面から見てくれたと感じた。


 いつまでも涙が止まらない俺に、神室は慌てていた。

 慌てふためく姿、それが可笑しくって更に涙が溢れてくる。

 そして、涙と共に心の底から溢れてきた言葉。


「ありがとう……」


 神室は弓なりに瞳を細めて「初めて、ごめんじゃなくありがとうって言ったな。次に謝ったら叩くから」と笑っていた。

 


 次の日、俺は学校に登校した。

 一度は退学を考えた教室。怖くもあったが、それよりも神室の事が気になったから登校した。

 同級生がドアを開ける度に視線を投げる。

 やがて、お目当ての相手がドアを開けて入ってきた。


 俺は、神室の姿を見て胸が張り裂けそうになった。

 顔が腫れ上がり、目も真っ赤にして登校してきたのだ。

 堪らず勢いよく椅子を倒して立ち上がると急いで神室の席まで走った。


「よっ、おはよう。堂上」

「おはようじゃないだろ…… その怪我…… やっぱり…… ごめん!」

 

 頭を下げた俺の後頭部に軽く叩かれた衝撃があった。

 頭を上げると、太陽の様に輝く笑顔がそこにはあった。


「何を謝っているんだ? この腫れは父様に叩かれたんだよ」

「それも俺の――」

「違う違う! 武道を習っている者として、いきなり殴りつけたから怒られたんだ」

「へっ?」

「父様も行い自体は褒めてくれたよ。相手がどんなに偉くても正義を貫くことは間違ってない! それに、堂上の息子を助けたなら尚更だってさ。でも、いきなり手を出したら駄目だって」


 俺は、神室の父親が軍の役職に就いている事は知っていた。

 そんな人が、俺の親父を知っている事実に驚き、その豪胆さに感心した。

 そして、その親がいてこの子ありと実感したのだ。


「そっか…… なあ、これから倫道って呼んでいいか?」

「もちろん! じゃぁ俺も久重って呼ぶな!」

「それで倫道に頼がある! 俺もお前の習ってる武道とやらを習いたい!」

「本当か⁈ 俺も入ったばかりで友達いないから嬉しい! 十条流の剣術道場なんだけど――」


 そうして倫道に連れられて五十鈴の道場に入門したんだったな。

 

 懐かしさとむず痒さを覚え、過去へ遡っていた思考が戻ると、ガヤガヤとした観光客の喧騒が耳に入ってくる。


(あの後、倫道の親父さんのお陰で大事にならずに済んだんだよな。俺の親父も泣いて喜んでたっけ)

 

 土産物屋で品物を笑いながら手に取る倫道とレーネさん。そして倫道のそばにピタリとついて話しかける五十鈴。


「ふたりとも、かなり本気みたいだな」

 

 猛烈な倫道へのアタックを見て、思わず呟き、友として三人を見守っていた。

 だが、俺の視線は倫道の横にいるもう一人の幼馴染へ無意識に吸い込まれていく。

 いつの頃からか、俺は五十鈴の事を幼馴染というだけではなく、一人の異性として見ていた。

 だからこそ分かっていた。

 五十鈴の目がいつも倫道を追っていた事を。

 そして、明確なライバルが現れたいま、五十鈴の目の色が違うことを。


(どうやら倫道はレーネさんの事を良く想っている様だし…… 五十鈴も大変だ)


 などと、自分の事を棚にあげて笑う。

 そんなことを考えていたら倫道から声がかかり、俺も土産物屋に入ろうとした時――


「久重! 久重じゃないか! ああ、それに倫道も!」


 どことなくイントネーションの違う帝国語。

 振り向くとそこには眼鏡の下で灰色の瞳を大きく見開き、満面の笑顔をした異邦人が立っている。

 カオスナイトメア事件で知り合ったバーリ・グランフェルト中尉の懐かしい笑顔がそこにはあった。

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