絆の風景 8/試練の祠(4)
祠の前に立った龍士は、少し落ち着かない様に周りをキョロキョロと見渡す。
「……次は、自分の番…… 久重くんも十条さんも早い時間で戦闘は終わった。僕も……」
大きく息を吐き出し、遠野郷の新鮮な空気を胸一杯に吸う。
緊張をほぐそうと、深呼吸を繰り返していた。
「次は氷川龍士か」
御堂が手元の書類に目を落とすと、口角をあげ柳田に笑いかける。
「随分とシゴいた様だな。訓練前とでは身体つきが違う」
「はい。あいつは神室たちより1つ年下で線も細かったので体に負荷をかける訓練を多くしました。お陰で少しは自信もついたと思うんっすけど……」
眼下の弟子に目をやり、軽くため息を吐く。
「まあ、内気な性格はそのままですがね……」
御堂と山崎はもう一度、龍士へ視線を送る。
柳田のいう通り、彼は遠野郷での厳しい特訓を乗り越え、身体も一回り大きく、筋肉も増していた。
しかし、どこか落ち着かない印象は拭えない。
「ただ、戦闘が始まっちまえば――」
祠の扉が開くのに気が付き言葉を止めた柳田の視線の先、御堂と山崎も柳田から祠へ視線を移す。
カタリーナとデルグレーネはただ黙って彼らの後ろから戦闘場を眺めていた。
祠の扉がゆっくりと開き、妖魔が現れる。
鳥類の鷲に似た頭部、風の力を帯びた羽根を持つ巨大な魔物。
「ピィーアァアアアアア〜〜〜〜〜」
一鳴きすると瞬く間に空高く舞い上がり…… 結界の天井に衝突した。
不意の衝撃に烈火の如く怒り、竜巻の様な強風を龍士の周りに巻き起す。
「氷川の相手は『|天翔鷲《スカイタロン/空の鉤爪》』か。C級の妖魔だな」
「ええ、固体的にはそこまで強くありませんが、スピードが厄介ですね。遠距離魔法が使えると問題ないのですが……」
御堂が静かに呟くと、山崎も同意して手元の資料に目を落とす。
「彼が得意としているのは氷系魔法と体術……」
「ふむ、どちらかというと中距離から近距離、特に接近戦が得意な様だな。相性は…… あまり良くないか」
龍士の頭上で旋回している鷲に似た妖魔を眺めながら呟く2人に柳田は極めて明るい声で返答する。
「な〜に、丁度おあつらえ向きの相手ですよ。まあ、見ていてくださいな」
腕組みをして不敵に笑う柳田。
皆の視線は、戦闘場に固定された。
龍士は頭上を見上げる。
そこには円を書く様に旋回する『天翔鷲』が油断なく自分を見ていた。
巨大な翼を持つ妖魔に、思わず素直な感想が吐露される。
「鳥の妖魔か…… やり辛いな……」
青銀色に光る羽根が太陽の光を反射し、幻想的な輝きを放っている。
その翼は、ひとたび広がれば、まるで空を覆い隠すほど壮大さだ。
天翔鷲は高らかな鳴き声を上げながら、威風堂々と空を支配している。
龍士は身構えた。
彼の得意とする氷の魔法と独自の拳法が、この風を操る巨鳥にどれほど通じるのか。
不安と期待が入り混じった表情。
しかし、その瞳には、不屈の闘志が燃え上がる。先ほどまでの不安そうな表情は引き締まり、戦う男の顔になっていた。
「来る⁈……」
龍士は狼狽えず、冷静に状況を見極める。
天翔鷲が一度高く舞い上がると、突如として急降下を開始した。
「ピィ〜〜〜〜〜〜アァアアア」
凄まじいスピードで龍士に近づくと、翼を大きく振るわせる。
その翼からは鋭い風の刃が放たれ、地面を深く切り裂いていった。
「くっ⁈ 絶対零度の冷気よ、強固な壁を作り出せ。【氷壁生成】!」
突っ込んでくる所をカウンター狙いであった龍士は、慌てて魔法を詠唱し、身を守る巨大な氷の壁を創り出す。
だが天翔鷲の攻撃は予想以上に強力で、氷の壁は容易く砕け散った。
彼はすばやく後ろへと跳び退き、かろうじて攻撃を避ける。
「後手に回ってはダメだ…… 先手を取らないと」
龍士は心の中で焦りを感じつつも、冷静さを保とうと努める。
彼は天翔鷲の動きに合わせて自身の位置を調整し、次なる攻撃の機会を窺った。
不意に天翔鷲が再び空高く舞い上がる。
龍士はその瞬間を見逃さず、魔法を放つ。
「全てを凍らす氷の矢よ、敵を打ち貫け。【氷結牙】!」
掲げる右手。その先に浮かぶ魔法陣より放たれた氷の矢は、天翔鷲に向かって疾走する。
しかし、風の様な敏捷さで天翔鷲は軽々と避け、逆に強力な風の刃を放ちながら反撃に転じた。
「ぐわっ⁈」
風の刃が龍士を襲う。
咄嗟に飛び退いて直撃は避けたが、左腕に浅くない傷を負ってしまった。
(くそ! 魔法を放った直後の、少しだけ硬直した時間を狙われた)
自分が考えていたカウンターを逆にやられてしまったのだ。
相手の狡猾さにブルリと身を震わせて、大きく距離を取る。
それに合わせて天翔鷲も上昇して、頭上を旋回し始めた。
(落ち着け…… 今までやってきた事を思い出せ……⁈)
龍士は何かを閃き双眸を大きく見開く。
(やってみる…… 価値はある)
深くゆっくりと息を吐きながら、後ろ足に重心を置いて低く構える。
旋回していた鳥の妖魔は一度、首を持ち上げると一気に急降下して龍士に肉薄する。
大きく翼を羽ばたかせ、強力な風の刃を撃ち放った。
「風よ、我が脚に刃を纏わせ、敵を両断せよ。【風刃脚】!」
久重と共に柳田から伝授された風魔法。
迫り来る風の刃に対して、自らも脚に風を纏わせて向かい打つ。
刹那、耳を劈くほどの金属音を響かせ、龍士は天翔鷲の放った風の刃を打ち壊した。
攻撃が思わぬ形で防がれた妖魔は、怯み上空へと逃走を試みる。
「まだ! 風よ、羽の様に軽く、疾風の如く移動させよ。【疾風迅雷】」
まるで縮地でもしたかの様に一気に間合が詰まる。
一瞬にして天翔鷲の懐に飛び込んだ龍士は、全身の気を高め、今までにない力を引き出そうとした。
しかし、怪鳥も懐に入り込んだ龍士を鉤爪で引き裂かんと足を蹴り上げる。
「おおおおお! 白虎襲!」
天翔鷲の攻撃を素早くかわしながら、繰り出す。
急所を狙って連続攻撃を行う龍士が会得している独特の拳法。
一つ、二つ、三つ…… と拳とつま先が天翔鷲の体にめり込む。
しかし天翔鷲の翼は、ただの羽根ではなく、鋭い刃そのものだった。龍士の攻撃は翼に阻まれ、大きなダメージとはならない。
「くっ……! もっと……!」
龍士は歯を食いしばり、さらに攻撃の手を強める。
「うぉおああああああ〜〜〜〜〜〜」
龍士の速さが加速し、それと共に力も倍増する。
天翔鷲は、防戦一報となり、徐々に追い詰められていく。
「クェ〜〜〜ァアアア〜〜〜〜〜〜!」
妖魔が苦し紛れの一撃を放つ。
鋭く尖った両足の鉤爪で龍士を引き裂かんと飛び込んできた。
「ここだ! 【疾風迅雷】! そして、朱雀鉾刃脚!」
龍士は風魔法により高速回転しながら鉤爪を避けると、真下に潜り込み天へ向かって蹴りを繰り出した。
そこは一番防御力の低いだろう天翔鷲の腹。
「ギャァアアアアアアアアア……」
一本の槍と化した龍士の右足は、簡単に腹を突き破り膝までその体内にめり込ませた。
胴体に大穴が空いた哀れな天翔鷲は、ほとんど一瞬で絶命した。
「……ふぅ、なんとか勝てた……」
大量の返り血を浴びた龍士の顔は、真っ赤に染まり戦闘服も酷い有様であった。
しかし、そんな彼に賞賛の拍手が打たれる。
龍士は音のなる方へ顔を向けると、御堂たちが拍手をしていた。
その中でも、柳田がより一層大きな音で賞賛を送っていた。
「まあ、攻撃も食らってるし、やっとって感じでしたがね」
苦笑いをしている柳田に、御堂は彼の肩に手を置き、頷いた。
「風魔法との融合、見事だった。この短期間でよくぞ教え込んだな」
「ありがとうございます。俺では無く、氷川へ直接言ってやってください」
「ナギ、よくやった。しかし、最後の技はなんだ? お前の魔法、疾風迅雷が発動したと思ったら……」
「あれは、あいつの体術で朱雀鉾刃脚ですね。威力は抜群なんですが、その分、相手も躱し易いんですよ。なので複合技として叩き込みました」
そこでチラリと久重に目をやり、「お前もアレほど器用ならいいんだけどな」と言い放つ。
久重は身を縮こませて「はい……」と力無く頷いた。
そこへ戦いを終えた龍士が近づいてきたが、上官たちの視線にオドオドと視線を彷徨わす。
久重はそんな態度に口笑いをして、乱暴に肩を抱き賞賛の言葉を浴びせる。
「龍士! 凄かったな! 最後の動きなんか見えなかったぞ。もっと自信持てや!」
「お疲れ様。龍士くん、強かったよ」
久重と五十鈴の言葉を受けて、ここでようやく満面の笑顔となった。
「氷川くん、お疲れ様! あなたのサポートなんだけど…… 凄いいいアイデアがあるの!」
戦いを終えてすぐ、疲れを見せている龍士へお構いなしに沢渡が目を輝かせて話に割り込んだ。
そんな彼女を仕事熱心だと誉めるべきか、空気を読まないと注意するべきか御堂と山崎は考えたが放っておく。
なぜなら、自分たちより彼女との時間が多い柳田やカタリーナが知らん顔をしているからだ。
そして、次の戦いへと意識を向けたのであった。




