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絆の風景 7/試練の祠(3)

 (ほこら)から数十メートル離れた丸太で組まれた質素な小屋。

 訓練用の資材や用具が置かれ、埃っぽさとカビ臭さが鼻を痒くする。

 そんな小屋の中では、小さなテーブルを囲み倫道、五十鈴、清十郎、龍士が待機していた。


「次の者、出てこい」

 

 外からの山崎の呼びかけに顔を見合わせる4人。

 お互いの意思を確認する様に視線を交わすと、五十鈴が徐に立ち上がった。


「じゃ、次は私が行かせてもらうわね。本当は待っていると余計に緊張しちゃうから最初が良かったんだけど……」

「まあ、あんなに鼻息の荒い久重くんに待ては難しかったよね」

「まったく、アイツはレディーファーストって言葉を知らないようね」

「……レディー」


 五十鈴の言葉に思わず顔を背ける男3人。

 自分達よりも強いかもしれない五十鈴が可愛らしい事を言うので、思わず笑いが込み上げていた。


「……なに? 何か文句あるの?」

「いっ、いや、なんでもないぞ。それより、怪我なく勝ってこいよ」

「ふふっ、勿論よ。倫道…… そして龍士くんと清十郎くんも頑張ってね」


 そう言い残し、彼女は小屋を後にした。

 

 

 御堂たちの見守る中、扉が開き小屋から出て祠の前まで歩くのは十条五十鈴。

 カタリーナの受け持ちであったため、彼女は御堂たちの横に並び嬉々として説明役を買って出た。


「彼女は私の訓練を受ける前から、既に一般の魔道兵より優秀だったわね。そんな彼女が地獄の特訓を経てどうなったか、楽しみにしてちょうだい」


 なんとも楽しげに話すカタリーナ、御堂も山崎共にいささかズッコケそうになりながらも彼女の言葉に耳を傾ける。

 敬語なども彼女は外国人なので、特には気にされない。

 元々、御堂率いる精鋭部隊は、命を預ける者同士として、上下関係などはゆるい方であったのも幸いする。


 一方、祠から10メートルほど前に立つ五十鈴は、少し緊張した表情を浮かべながらも、深呼吸をして落ち着きを取り戻していた。


(さあ、来なさい!)

 

 覚悟を決めた五十鈴の前で再び祠の門が開き、体長10メートルほどの『業火の蛇エンフレイムド・サーペント』と呼ばれる妖魔が姿を現した。


「十条の相手は業火の蛇エンフレイムド・サーペントか……」

「ふ〜ん、まあまあ強いやつが出てきましたね」

「ああ、奴が吐く炎の温度は2,000度にも届く…… 些か厳しい相手だぞ」


 戦闘場(バトルフィールド)を見下ろす御堂、山崎、柳田は祠から出てきた妖魔に対して眉間に皺を寄せる。

 しかし、そんな男どもと打って変わって笑顔のカタリーナ。

 鼻歌でも歌いそうだ。

 そんな彼女を見て山崎は強張った顔を緩める。


「よほど自信があるとみえる」

「ふふ、まあ見ててくださいな」


 カタリーナは笑顔のまま、愛弟子の戦いが始まるのを今か今かと待っていた。


 そんな教官たちの思惑など知らない五十鈴は、今一度、目の前の妖魔を油断なく監視する。

 炎を(まと)った巨大な蛇。

 その炎は極めて高温であり、近づくだけで五十鈴の肌が灼ける感じがした。


(以前に習った「業火の蛇」かな。確かレベルC級〜はB級…… 本当にこんな高レベルと戦わせるのね)


 視線を妖魔に固定したまま、一瞬だけ教官たちを睨む。

 しかし、楽観的な笑顔のカタリーナを見て、すぐに怒りは収まり冷静になる。


(つまり、私たちはB級の妖魔を倒せると教官たちは考えているのね…… そう考えれば、気分は楽になるわ)


「さあ! いざ、尋常に勝負よ!」

『ギャオアアアアアアアア〜〜〜〜〜〜〜〜』


 業火の蛇は、鎌首を持ち上げると火を噴きながら五十鈴の方へ突進する。

 巨体に似合わない素早い動き。

 体をくねらせ一瞬にして距離を詰めると、その勢いのまま牙を剥き出しにして五十鈴へ噛み付いた。


「くっ⁈」


 後方へ飛び退き寸前でかわすと、蛇の頭は地面に突き刺さり土煙を上げる。地響きをするほどの衝撃が足元を揺らした。

 先手を取られた形の五十鈴は、更に大きく飛び退くと、迫る炎に魔法を放つ。


「水の元素、生命の源流よ。全てを受け止め洗い流せ! 【ウォーター・ミラー】!」

 

 五十鈴は、カタリーナから受けた特訓の成果を発揮し、「業火の蛇」の弱点であろう水属性の魔法を放つ。

 一筋の水流が蛇の炎を打ち消し、一時的にその動きを鈍らせた。


 しかし、業火の蛇は再び炎を纏い、更に強烈な火炎を五十鈴へと吐きかける。

 五十鈴は機敏に身をかわしながら、再び水属性の魔法を放つが、その威力は先程よりも小さくなっていた。


「やはり私の攻撃魔法はB級には効かないか…… このままじゃまずいわね……」


 五十鈴は焦りを隠せなかった。

 この遠野郷での特訓で戦闘力、魔法力は格段に上がった。

 しかし、他のメンバーに比べて自分の攻撃魔法の威力が弱いのも自覚していた。


「私には久重の様なパワーは出せない…… 倫道みたいな火力もない…… でもね」


 しかし、彼女はそれを悲観する事は無い。

 冷静に状況を分析する。

 地面には、先程の水魔法で水が滴っている。彼女はその水を集め、一点に集中させた。

 そして、巨大な水の塊を作り出す。


「これでも喰らいなさい!」

 

 ただの水の塊、それを業火の蛇の眼前へ放つ。


『ガァアアアアアアアアア!』


 巨大な蛇は、憤怒の叫びをあげ、2,000度に達するほどの炎を吐き出す。

 その刹那、水の瞬間的な蒸発による体積の増大が起こり、それが爆発となる。

 一挙に水蒸気が辺りに広がり周囲を白く染め上げた。


『キシャァアアア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!』


 業火の蛇が悲鳴にも似た叫びをあげると、山崎が感心した様に呟く。

 

「水蒸気爆発…… 視界を、いや蛇の持つ温度センサー、ピット器官を狂わせるのが狙いか」

「それもあるでしょうけど、水蒸気を冷却し、冷気を振り撒いて蛇へ近づくためでしょうね」


 カタリーナがこの後の展開を予知する様に山崎の言葉を引き継ぐ。

 その視線の先には、冷却魔法を唱え終え大蛇に向かい疾走する五十鈴の姿が写っていた。


 五十鈴は腰の剣を抜刀すると柄を握りしめ、魔力を刀身に集中させる。

 刃が妖しく青白い光を(まと)った。


「大丈夫、この距離で熱くない。――ふぅ〜〜〜〜〜〜〜」


 空手の息吹さながら細く息を吐き出し、大地を蹴り上げる。

 彼女の姿は一瞬にして消え、再び現れた時、彼女はすでに業火の蛇に接近していた。

 大蛇に肉薄すると、白銀に光る刃を神速の速さで振り下ろす。


「無双閃!」


 彼女の放つ剣戟が舞う。

 一閃、また一閃。

 大蛇の炎を、鱗を、肉を裂き、連続した斬撃が火花を散らす。


『ギギャァ〜〜〜〜〜〜!』


 五十鈴の胸下ほど高さのある胴体を目にも留まらない速さで斬りつける。

 しかし、これだけでは巨大な蛇の胴体には致命傷とはならなかった。


「ちっ、意外と硬いわね。じゃぁ……」

 

 丹田から息を吐く様に呼吸を整えると、彼女はさらに速度を上げ、次の一撃を繰り出す。

 霞の構え、中段に太刀を下ろし体を沈み込ませる。


『キシャァアアアアア〜〜〜〜』


 傷を負わされ怒り心頭の業火の蛇。

 雄叫びと、炎を撒き散らし五十鈴を飲み込むほどの大口を開けて迫り来る。


「流星一閃!」


 五十鈴の体が流星の如く巨大な蛇へと突進する。

 その速さは目にも留まらず、剣が炎を斬った瞬間、静寂が訪れる。

 そして、巨大な蛇の身体がズルリと2つに分かれ、地に崩れ落ちた。


「ふぅ〜」

 

 軽い息吹を残し五十鈴は、残心の姿勢を崩さなかった。

 完全に相手が息絶えた事を確認すると、流れる様な所作で剣を鞘に収める…… はずであったが、収めるはずの剣が根元付近から折れてしまったのだ。


(リーナさんのお陰で魔力のコントロールが格段に上がった…… 今までとは一味も二味も切れ味が違う。でも、もっと上手く使わないと刀身が受け止められないか……)

 

 彼女は軽いため息と共に、残った刀身を鞘に収め、軽く一礼をする。

 立ち込めていた周囲の霧もゆっくりと晴れていき、彼女の勝利を称えた。


(なんとか勝てた。でもまだ……)

 

 五十鈴は空を見上げ、これからの戦いへの覚悟を新たにする。

 この戦いは、自らの力を確認する事で、彼女の剣は再び研ぎ澄まされる、意義のあるものとなった。


「ファンタステック! ナイス五十鈴!」

「ふむ、見事だ」

「流石は剣豪十条家の師範代といったところか」

「たは⁈ B級相手に圧倒かよ。こりゃ俺もうかうかしてられねーな」


 五十鈴の勝利に興奮するカタリーナを皮切りに、御堂、山崎、柳田が揃って称賛を口にする。

 その背後で戦いを見守っていた久重はゴクリと唾を飲み込んだ。


「……どうしたの?」


 固まる久重の顔元に、同じく横で見ていたデルグレーネが覗き込む。


「いっ、いや、何でもないです。……ただ、強いな…… と」

「そうだね。彼女はあなた達の中で一番強い…… かもしれない」

「やっぱ、そうっかね……」

「うん……」


 彼女の言葉は正統の評価だ。分かっている。

 しかし、まざまざと現実を突きつけられ焦燥感が溢れた。


「……でも、彼女は殆ど完成されている。だけど、あなた達はまだまだ伸びしろが大きい…… と思う」


 キョトンとした顔でデルグレーネの顔を見る久重。


「えっ…… なんかおかしな事を言ったかな?」


 目を丸くしてじっと見つめてくる彼の視線に気がつき少しだけ慌てていると、久重がパンっと勢いよく両頬を叩いた。


「有難うございます! これから死ぬほど訓練して追いつき…… いや、追い抜きますよ!」

(そう、絶対に…… 俺が守れる様に……)


 ほっとした笑顔を浮かべ、こちらへ向かってくる五十鈴を見つめて固く決意した。

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