逆巻く怒涛 18/狂乱(2)
ユナイタス合衆国の魔法特殊部隊、アルカナ・シャドウズの隊長、ジェイコブ・ストーム。
とんでもない化け物だと改めて痛感した。
山崎さん、柳田さんとの戦い。そして彼女、デルグレーネの放った凄まじい魔法を簡単に跳ね除け、俺の渾身の一撃をも事もなげに弾き返したのだから。
「倫道! 大丈夫⁈」
横から俺を心配する声がかかるが、彼女に振り向きもせず大きく頷く。
伸し掛かる重圧で声を出せず、一瞬でもジェイコブから目を離せなかった。
カオスナイトメアと対峙した時の恐怖が蘇る。いや、それ以上の……
ビリビリと肌を刺す殺気は、先刻までより大幅に増大し、背筋へ滝の様に冷や汗を流させた。
折れそうになる自分の心を鼓舞して、痺れる両手で軍刀を力いっぱい握り込む。
ゴクリと唾を飲み込み、改めて目の前の怪物を睨みつける。
俺とデルグレーネは挟み込む様に位置取ると、獣の耳を忙しなく動かし、油断なく様子を伺うジェイコブ。
低く唸り声をあげ、どちらから料理しようか探っているようだ。
半身になり彼の瞳孔が開いた視点の定まらない視線を投げかけ、全身から立ち上る青白い電気が周囲を照らし出す。
まるでその身体から、理性や人間性が一切吹き飛んでしまったと感じられた。
デルグレーネと共にジリジリと距離を詰める。
ジェイコブを中心として半径10メートルほどの距離となった時、彼女が金髪の髪を靡かせ最初に動いた。
「【フレイム・グレネード】‼︎」
俺の【黒焔針】と同様の形をした魔法。
顕現した極大の6本のニードルは、凄まじい速度で射出されるとジェイコブの体表近くで大爆発を起こす。
【フレイム・ニードル】は突き刺さり爆発的な炎上をもたらしたが、【フレイム・グレネード】は文字通り爆発そのものを引き起こす魔法みたいだ。
電撃で防ごうとしたジェイコブも爆炎と衝撃にたたらを踏んでよろめいた。
「【黒焔針】!」
すかさず俺も魔法を叩き込むと、ジェイコブはたまらずその場から離脱する。
しかし、俺たちは今の位置関係を崩す事なく、ジェイコブを再び挟み込む。
「力や魔法の威力は上がっているけど、理性を無くし獣と化した今なら!」
「ああ、このまま押し切る!」
牙を剥き出しにして俺たちを威嚇するジェイコブ。
彼を中心に、俺とデルグレーネの攻撃はテンポ良く繰り出される。
反撃をいなし、小さくともしたたかにジェイコブに傷を負わせていった。
激怒した本能のままに動く『獣』は、先ほど山崎さんたちと戦っていた冷静な戦士とは全く違っており隙が大きかった。
俺たちはそこに勝機を見出していた。
しかし、徐々に戦局は傾いて行く。
「はあ、はあ、はあ……」
戦い始めて2分も経ったかどうか。
俺たち2人は攻撃よりも防御の回数が増えていた。
青い顔をして息を切らすデルグレーネ。かくいう俺も既に一杯一杯であったが。
彼女は、ここ射撃場の分厚い壁を突き破り落ちてきた時点で大きなダメージを負っていた。
戦っている事自体が信じられない。
今まで拮抗した戦いができていたのは、彼女が敵をうまく誘導して隙を作っていたからだ。
俺が真正面から攻撃しても歯は立たなかっただろう。
彼女が気を逸らし、俺の攻撃を受けざるを得ない状況を作っていたのだ。
そんな中、デルグレーネ自体の動きが悪くなれば、分が悪くなるのは当たり前であった。
(どうにかしないと……)
このままでは押し切られ、いつか決定的な一撃をもらうだろう。
そうなれば……
一緒に戦っているデルグレーネはおろか、後ろで倒れている五十鈴たちも全て皆殺しになる。
何か打開策ないか必死に思考を回転させていると――
「キャァ――」
ついにデルグレーネがジェイコブに弾き飛ばされ、片膝をついた。
「うぉおおおおおおおおおおおおおお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
考えるより先に体が動いていた。
地面に手をつく彼女へ追撃の構えを見せたジェイコブに向けて躍り掛ったのだ。
魔力は既に底をつきそうな状態で黒姫を顕現させる。
同時に左目がひどく熱をもち、痛いほど血管が波打つのが分かった。
目に映る全ての現象がゆっくりと動き、世界は灰色となる。
(これは……)
戸惑う俺の視界では、今まで見えていなかった物まで映し出されている。
ジェイコブの周りを黒っぽい微粒子が取り巻いている。
体から湧き上がり渦巻く微粒子は、デルグレーネからも放出されていた。
(エネルギー? いや、これは魔力の源とされる魔素そのものか⁈)
黒く光る粒子は、ジェイコブの体を覆い美しい軌跡を描きながら循環して体内に戻る。
――いや、一箇所だけポッカリと穴が空いたところがある。
(穴じゃない、魔素が集まっているんだ。でも、何で――)
体の一部に魔素が集中している理由が閃いた。
「そうか! お前、怪我してるのか!」
刀を肩口に構え、魔力を練り上げる。
黒姫を刀身に纏わせて大上段から斬り下げた。
「おおおおおお! 【焔裂剣】‼︎」
ジェイコブは先ほどと同じく左腕で炎を纏った斬撃を振り払い、俺ごと吹き飛ばそうとした。
だから俺は斬撃が届く瞬間、柄から手を離す。
持ち主のいなくなった刀だけが弾かれ宙をまう中、身を屈めて更に踏み込んだ。
「ここだー! 【黒焔爪】‼︎」
漆黒の炎を右手に纏わせ、鋭く尖った炎の手甲鉤を形どる。
ジェイコブの大きく空いた左脇腹、多くの魔素が集まり、その傷を修復しようとしている場所。
硬い体毛に覆われ、その表面を電気の膜で防御する魔人に、俺の攻撃が通る唯一の場所だろう。
渾身の力を込めて、体を抉り込みながら【黒焔爪】を叩きつけた。
『グァアアアアアアアアアア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜』
苦悶の表情を浮かべ、絶叫するジェイコブ。
先ほどまで身体中を覆っていた紫電が消えた。
『ガァアアルルルルルルル〜〜〜〜 ァアアアア〜〜〜〜』
脇腹へ【黒焔爪】がしっかりと突き刺さる。
涎を撒き散らしながら半狂乱で暴れるジェイコブの手をかわし、術を解いて後方へ飛び退くと、金髪の少女へ大声で告げる。
「今だ!」
「まかせて! 【ゲヘナ・フレイム】‼︎」
彼女の前に展開された魔法陣から黒き炎が噴き出し、暗闇に猛々しく燃え盛る。
先ほどの【ゲヘナ・フレイム】より若干小さい炎龍が、周りの瓦礫を塵と変えながら暴れ狂う。
しかし、その小ささは炎を収束させた結果だったのだろう。
温度も格段に上昇し、熱風が反対側にいる俺の皮膚を焼くほどであった。
ジェイコブは逃げようともせず、迎え撃つ体制を整えるが、その動きは明らかに鈍くなっている。
刹那、凄まじいスピードでデルグレーネは駆け出した。
『ガァアアアアア〜〜〜〜』
ジェイコブの手から放たれた電気がデルグレーネの【ゲヘナ・フレイム】と激突。
熱量を上げても、先ほどと同様に炎龍を吹き飛ばし――
「やぁああああ!」
【ゲヘナ・フレイム】の残炎を突き破って飛び出した彼女は、手にした大振りのコンバットナイフをジェイコブの肩口に突き刺した。
「倫道!」
「黒姫! 【黒焔針】!」
同時に俺の【黒焔針】がジェイコブの背中に2本突き刺さる。
焔針を食らった虎顔の魔人は、牙を剥き出しにて怒りの咆哮をあげた。
刹那、デルグレーネの手にしたナイフから炎が立ち昇る。
「「燃え尽きろ‼︎」」
俺たちの声は同調し、ジェイコブを中心に漆黒の炎が立ち昇ると辺り一面を灼熱に染め上げた。




