逆巻く怒涛 10/合流
「おいおい、なんだかアッチはとんでもない事になってるみたいだな」
柳田が呆れた様に声を上げた。
射撃場の小さな窓から鏡を使い周りの状況を調べていた彼は、遠くで閃光と共に鳴り響くデルグレーネの戦闘の激しさに瞠目する。
実際、地面を揺さぶる衝撃と、闇夜を一瞬で昼の様に照らす閃光が続いている。
この地で他にも戦っている人間がいるのは明白であった。
訓練施設の1つ、射撃場へどうにか辿り着いた彼らは、一息入れながら周囲の状況を確認している。
薄暗く広い室内では、倫道たち訓練兵が緊張感に満ちた空気の中で大きく深呼吸していた。
直前の逃走、その絶体絶命の場面から脱出できた事に深い安堵を感じながら。
「えーと、二手に分かれてこちらに―― おっと!」
柳田の手にしていたジープ型軍用車のサイドミラーが狙撃によって撃ち抜かれ、粉々に砕け散った。
「ちくしょう! いい腕してやがるな…… ヤマさん、どうやら奴ら突入準備に入りましたよ。どうします?」
「ああ、分かった。それで傷の具合はどうだ?」
五十鈴の治癒魔法で傷は塞がったが、久重と清十郎はまだ呼吸も浅く顔色が悪い。山崎がそんな彼らに問いかけた。
「はい、痛みはありますが、傷は治っています。……しかし、魔力がゴッソリと減っているのが分かります」
「俺も同じっす。魔力が持っていかれた感じで……」
「……そうか」
山崎は一度、柳田の顔を見ると頷き確信を得る。
「お前たちが撃たれた銃弾には、対魔法士用の術式が組み込まれた特別弾だろう。通常は回復魔法も効きづらいはずだが…… 腕のいい治癒魔法士が同僚で助かったな」
強面の中年男性に褒められ、嬉しがるよりも恐縮した五十鈴を見て柳田が吹き出す。
「ヤマさん、女の子をビビらせたらダメっすよ」
「……お前は口を閉じて外の様子を見ておけ。さて……」
山崎は一堂の顔をそれぞれ見渡すと手早く話し出した。
「俺は山崎剛 、大日帝国、魔道大隊所属、階級は大尉だ。そして――」
「柳田颯太、同じく魔道大隊所属、階級は少尉…… ってヤマさん、俺たちもう魔道大隊の所属じゃありませんよ」
「まだ正式に…… まあいいか。俺たちは本日付けで新設された特務魔道部隊の所属だ」
「新設された部隊ですか?」
「そそ、そしてお前たちもその部隊へ所属する事になる。俺たちはお前たちの直属の上官となるわけだ」
「えっ? 私たちはまだ訓練兵で……」
「まあ、その辺の話は落ち着いてからにしよう。 ……で、そちらの方は?」
五十鈴の疑問に後で答えるとして、山崎はオレンジ色の髪をした女性へ体ごと向いた。
周りの様子を伺っていたカタリーナは、一瞬だけ戸惑った表情を見せる。
そんな女性の仕草を見た倫道は、思わず彼女の口が開く前に山崎へ報告した。
「自分は神室倫道であります。発言の許可をいただきたく――」
「ああ、お前たち5人の顔も名前も知っている。余計な挨拶はいいし、その改まった口調もやめろ。時間が惜しい。続けろ」
「了解しました。えっと…… 我々は睡眠中に何者かに襲われ、拉致されてトラックで運ばれていました。しかし、彼女の協力で脱出し、今ここにいます。そういえば、お礼を言っていませんでした。助けて頂きありがとうございます」
倫道が頭を下げると、手を前にして軽く首を振るカタリーナ。
んんっと咳払いをしてから彼女は話し始めた。
「私はカタリーナ・ディクスゴード。ゲルヴァニア国の魔法士です」
「ゲルヴァニアの……。ディクスゴードさん、彼らを助けていただき心より感謝いたします」
「よしてください。たまたま居合わせただけです。それと今はまだ緊急の時です。敬称などつけず、私のことはカタリーナとお呼びください」
明るい笑顔で屈託なく話す彼女に山崎は大きく頷き笑顔を見せる。しかし、その瞳は油断なく鋭く光っていた。
「承知しました。ではカタリーナさん、1つだけお聞かせください。ゲルヴァニア国の魔法士である貴女がこの場所に居合わせたのでしょう?」
笑顔が引き攣るカタリーナ。
目を泳がせ、指をフラフラとさせながら、「え〜」とか「あ〜」とか口にする。
やがて何か閃いたと言わんばかりに双眸を見開くと山崎に答えた。
「そう、私たちは長い時間をかけて本国より来日しました。移動期間中、ずっと体を動かせなかったので、特別な許可をもらい、この訓練場で仲間と共に訓練をしにきたんです。そして、深夜に不審なトラックと同盟国の兵士が拉致されるのを目撃したので救出に手を貸しました…… 帝国の言葉、難しいデスネ」
先ほどまでは流暢に話していたはずが、なぜか急にカタコトに聞こえた。
山崎は彼女の顔をじっと見つめると、やがて頷く。
「なるほど、良く分かりました。では、先ほどから続いている爆発音は、そのお仲間が?」
「そう思いマース」
山崎は訝しげな表情の中、口の端を持ち上げ苦笑する。
「ではカタリーナさん。そのお仲間と共に、この窮地から脱出するための協力をお願いできますか?」
「も、勿論デース」
額に汗を浮かべていたカタリーナは、ブンブンと大きく頭を振るとそばに居た龍士の肩をポンポンと叩いた。
「ええぇ⁈」
驚く龍士と空笑いをしているカタリーナをよそに、山崎は続ける。
「お前たちを攫ったのはユナイタス合衆国の魔法特殊部隊、通称ノヴス・オルド・セクロールムの部隊だろう。コイツらの目的は分からんが、とにかくお前たちの身柄を奴らに渡すわけにはいかん」
「そう、だから俺たちが助けに来たんだ」
山崎の言葉に5人は驚愕する。
「何だってユナイタスのノヴス・オルド・セクロールムが俺たちなんか……」
訓練生でも知っているほど有名な名前に驚いた久重が呟くと、倫道たちは各々の顔を見渡した。
そこで一人の顔、次第に視線が倫道に集まる。
そう、心当たりはある。
皆が少なからず動揺をしていると柳田と山崎が先ほどよりも低いトーンでこれからの対応を話し始めた為、皆の意識はそちらへ向かった。
「ヤマさん、奴らそろそろ来そうですよ。どうします?」
「ああ、ここは魔法の技能講習でも使われる射撃場だ。強固な造りの上、建物自体に対魔法の結界が張ってあるので、外からの攻撃は心配しなくていい。扉は正面左右に2つ……」
山崎は射撃場の室内を一周見渡しながら続けた。
「よし、負傷している堂上と安倍を後方の停弾装置まで退避、その前に防御壁を魔法で生成する。カタリーナさん、そこであなたに彼らの護衛を任せてもよろしいですか?」
「任せてください」
「神室、氷川、十条はカタリーナさんのサポート。堂上と安倍を頼ん――」
「俺も戦います!」
山崎の言葉を遮って、倫道が前に踏み出した。
「神室、お前も撃たれて魔力を持っていかれただろ?」
「自分は腹をかすめただけなので大丈夫です! 魔力は…… 持っていかれてません」
「いやいや…… かすめただけでも――」
「大丈夫です!」
柳田の言葉に被せるぼど強い口調で問題ないと告げる。
「では、ここで魔法を発動してみろ」
柳田の命令に倫道は難なく「黒姫」を呼び出す。
「ん…… どうやらお前らは通常弾で撃たれたのか。ヤマさん、どうします?」
柳田が困った様に山崎へ尋ねた時、彼は鋭い目つきで倫道をジロリと睨むとゆっくりと確認した。
「本当に体は問題ないのだな?」
「はい!」
「……分かった。俺に付いて来い」
「はい!」
同行を許された倫道は、山崎の後ろに付き従うべく近づく。
そこへ他の声もかかった。
「倫道が行くなら俺も!」
「私も大丈夫です!」
「ぼっ、僕も動けます……」
久重、清十郎、龍士の3人は青い顔をしながら立ち上がる。
しかし、それは山崎の一括で終わる。
「無理をして、他人に迷惑をかけるつもりか? 状況と自分の状態を正確に判断しろ!」
「「「…………」」」
この話は終わりだとばかりに背を向けた山崎に、五十鈴から声が上がった。
「私も問題ありません。撃たれましたが、体に傷は付いていませんので」
五十鈴がそう言いながら立ち上がり、決意のこもった瞳で山崎を見据える。
「分かった…… 柳田に付け」
「マジっすか⁈」
「頼むぞ、ヤナ」
嫌がり頭をガリガリと掻きむしる柳田に向かい、五十鈴は近づくと彼の腰に刺している軍刀を指差す。
「すみません。よろしければ刀を貸していただけませんか?」
「ん? これをか?」
柳田は腰にぶら下げている軍刀を手に持ち確認すると、彼女はこくりと頷いた。
「なるほど、君は十条流の剣士でもあったな。ナギ、貸してやれ。それなら、神室、お前も彼女の家の門弟だったな。使うか?」
「よろしいんですか⁈ ありがとうございます!」
二人から軍刀を手渡された倫道と五十鈴は鞘から刀身を引き抜くと、一振りし感触を確かめる。
するとその横で詠唱が始まった。
「電の元素、電子の脈動、揺らめく反響を遣わせ給え、全てを見通す力を。【エレクトリック・エコー】」
ピーンとガラスを弾いた様な澄んだ音色。波紋さながらに繰り返し広がる。
静かな声で魔法を発動させたカタリーナは、右手を床に突き寸分も身じろぎをしない。
「……敵は左から4名、右から5名、そして……、外に5名、これは少し離れてるわ。後詰めね」
「凄いな、あんた…… この結界が張ってある建物の外まで感知できるのか?」
カタリーナの能力に柳田と山崎が感嘆の声をあげる。
もちろん、倫道たち5名も一様に驚いた。
「確かに正確には無理だけど…… 対魔レンガや結界にも極小の隙はあるものよ。それに、私は攻撃系の魔法より、防御や諜報系の魔法が得意なの」
「いやいやいや…… 普通は無理だろ…… ヤマさん、彼女は……」
「ああ、特選級、いやそれ以上の魔法士か。カタリーナさん、貴女が味方で心強い」
賞賛の目を集めるカタリーナは愛らしい笑顔で笑うと、すぐさま厳しい目つきに切り替わる。
「敵はすぐそこよ。どうする?」
山崎へ挑発する様な手振りで尋ねると、彼は口端を上げて笑う。
「もちろん迎撃するさ。亀の様に籠城しても、援軍が奴らを倒せるとは限らんからな。ヤナ、お前は左からくる奴らを叩け。俺は右手を叩く。カタリーナさんは、この場所で彼らを守りながら俺たちの横をすり抜けた者を牽制してくれるか?」
「了解!」
「分かりました」
「よし、では作戦は――」
こうして山崎の作戦の元、倫道たち一同は反撃の態勢を整えた。




