崩壊の序曲 6/裂かれた絆
鋼鉄の通路に、重い沈黙が落ちた。
赤い非常灯が今なお警告を告げる中、黒崎の冷たい声がコンクリートの壁に反響する。
「御堂雄一郎を殺したのは…… そこにいる、山崎剛だよ」
その言葉は、爆弾のように倫道たちの胸を抉った。
――何を言っている?
誰も声を発せず、ただ目を見開き、呼吸すら忘れて固まる。
「……っ……」
柳田がかすれた声を漏らす。額に浮かんだ大粒の汗が滴り落ち、視界が揺らいだ。
御堂司令と共に地獄を戦い抜いた同志――いや、家族のように思っていた存在が、自分の手で司令を討っただと?
「そんなわけがねぇ……そんなはずが……!」
柳田は拳を握り締め、滲んだ血が床に落ちる。
だが山崎は、肯定も否定もせず、冷たい瞳で仲間を見返すだけだった。
「隊長……どういうことですか?」
倫道が震える声を絞り出す。
まっすぐ山崎の瞳を見つめるが、そこにはかつての温かさも、誇りもない。
ただ冷たく濁った暗い光だけが沈んでいた。
「……っ」
五十鈴は悲鳴をこらえるように唇を噛み、久重は目を泳がせ、清十郎は深い陰の宿る目でじっと山崎を見据えていた。
デルグレーネとカタリーナも、知っている山崎とのあまりの違いに戸惑いを隠せない。
沈黙を裂くように、黒崎が無表情のまま一歩前へ出る。
「くっくっく、彼は、自らの意思で我々に協力した。新しい世界を求め、君たち部下を守るためにね。……尤も、そんな願いは滑稽だが」
鼻で笑う黒崎の声が、廊下の奥まで響いた。
「山崎さん……! アンタ、本当に……?」
柳田の声が震える。今にも崩れそうな表情で、一歩前へ踏み出す。
「……」
山崎は俯き、沈黙でその問いを拒む。
「なんとか言えよッ! 俺たちは仲間じゃなかったのか! 御堂司令と一緒に、地獄を超えてきたじゃねぇかよッ!」
柳田の叫びが鋭く響く。その拳は今にも振り上げられそうなほど震えていた。
やがて山崎は顔を上げ、冷たい声で言った。
「……御堂司令は立派な方だ。だが、彼のやり方では、誰も救われない。だから私は、司令を殺した。あれが、唯一の方法だった」
「方法……だと……?」
柳田が絶句する。
「御堂司令があのままでは……お前たちも、他の部下たちも、全員……死ぬことになる」
山崎の声は曇り、揺れていた。
わずかに滲む人間らしい苦悩。しかし、その奥には説明のつかない『何か』が沈んでいる。
「……ふざけるな……! アンタがそんなことするわけねぇだろッ!」
柳田が吠えた。
その瞬間、柳田は気づく。
山崎の声の奥底に潜む『何か』――ほんの僅かだが、異様な歪み。
(……やはり、おかしい……俺の知っている山崎さんじゃない……!)
戦場で磨き上げられた勘が、目の前の男に“異変”があると警鐘を鳴らした。
「山崎さん! 目を覚ましてくれ! あんたはそんな人じゃないッ!」
柳田が駆け寄ろうとしたその瞬間、山崎が刀を抜いた。
冷酷な視線で刃を向ける。
「下がれ、柳田!」
低く抑えた声。しかし、その瞳の奥には抑えきれぬ苦悶がわずかに揺れていた。
柳田の体が反射的に硬直する。
「副長ッ!」
倫道が柳田を引き戻した直後、山崎の薙ぎ払いが柳田の鼻先を掠めた。
デルグレーネとカタリーナが前へ出る。
五十鈴は抜刀し、久重は拳を構え、清十郎も呪符を懐から取り出す。
戦闘の気配が、一気に通路を満たした。
「……仕方ない」
山崎が小さく吐息を漏らすと、後方の警備兵たちが一斉に武器を構え、前へとにじり寄った。
そのさらに奥で、黒崎が人差し指でメガネを押し上げ、愉快そうに笑う。
「くっくっく……信頼していた上官の変貌ぶりに、声も出ないか。くっくっく」
「テメェ……黒崎、お前たちが元凶なんだろ……お前をとっ捕まえれば山崎さんの目も覚めるだろうぜ!」
柳田の怒号が響く。しかし黒崎は、嘲るように背を向けた。
「私はそんなに暇ではないのでね。ここは君たちに任せて、先に行かせてもらうよ……」
白衣を翻し、黒崎は数名の警備兵を従えて暗い通路へ歩き出す。
「待てッ!!」
柳田が追いかけようとした瞬間、山崎が鋭い踏み込みで進路を遮った。
「黒崎局長に……誰にも手出しはさせん。どうしてもと言うなら――俺を超えて行け」
その声は、どこか泣いているようだった。
「やるしかねぇのかよ……!」
柳田が闘気をまとい、戦闘態勢へと移る。
それに呼応し、倫道が焔影刀を抜くと、黒炎が刃に絡み、激しく蠢く。
五十鈴の霊剣純華も、鈍い光を帯びた。
「行くぞ!」
柳田の号令と同時に、怒号と衝撃音が廊下に鳴り響いた。
柳田の風魔法の斬撃が通路を切り裂き、倫道が滑り込むように接近して炎を纏った斬撃を放つ。
五十鈴は鋭い突きを繰り出し、久重は重力魔法で加速した拳を叩き込む。
しかし、それらを山崎はさらに上回る速度で迎え撃った。
「――大地よ、我が意志に従い、我らを守る盾となれ。【岩盾】!」
山崎が得意とする土魔法。床のコンクリートが盛り上がり、巨大な壁となって味方を守る。
「副長……お願いです……!」
清十郎が結界呪符を展開し、柳田に進むための道を作る。
だが山崎は揺るがない。迷いながらも、仲間を退けるために立ちはだかる。
「俺は……これ以上、誰も失いたくない……!」
山崎の咆哮とともに、空気そのものが爆ぜた。
「【地裂衝】――ッ!!」
唱えた瞬間、床や壁から無数の岩柱が一斉に噴き出し、通路全体を襲うように激しい衝撃が走る。
(お願いだ……! 山崎さん……戻ってきてくれ!!)
柳田の心の叫びは、仲間を相手に闘神と化した山崎には届かない。
岩柱の炸裂と衝撃波が全員を呑み込み、光と風と瓦礫が入り乱れる中――
その刹那、予期せぬ方向から銃声が響いた。
◇
――爆発音と魔力の衝突音が通路に響き渡る。
フロアGの手前。薄暗い隔壁の奥で、アルカナ・シャドウズのメンバーが足を止めた。
「何が起こっている⁉︎……まるで蜂の巣をつついたような騒ぎだな」
ジェイコブ・ストームが顎の傷跡を親指でなぞりながら、慎重に周囲を警戒する。
その背後には、エヴリン・スカーレット、デビッド、アンソニー、そして新人のダストが身構えていた。
「ジェイコブ、彼ら……見覚えがあるわ」
エヴリンが眉をひそめ、通路の奥を鋭く見据える。
戦闘の中心にいるのは――神室倫道、十条五十鈴、堂上久重、安倍清十郎、柳田颯太。そしてデルグレーネ、カタリーナ。
対峙するのは帝国特務魔道部隊・隊長、山崎剛。
「あいつら……緑陽台地の作戦を台無しにした面々ですね」
「なんだと⁉︎ そういや見たことある顔があるな……ふざけやがって……」
「チッ!」
エヴリンの声に、デビッドが露骨な敵意を向け、アンソニーも不快げに舌打ちする。
「まるで前世から因縁でもあるようだな……。だが帝国の同士討ち? 一体どういう状況だ……」
ジェイコブは仲間の動揺を鎮めつつ、戦場に渦巻く魔力を観察する。
「戦っているが……致命傷は避けている? どういう意図だ?」
ジェイコブが首を傾げたその時、エヴリンの視線の先――通路奥を駆ける影が目に留まった。
「……あれは――Dr.黒崎悠介」
その名を聞き、全員の視線が集まる。
「最優先目標、確認。エヴリン、確保に向かうぞ」
「了解」
エヴリンが素早く牽制の銃撃を放ち、デビッドとアンソニーが突撃態勢を取る。
だが――
「っ!」
壁が唸りを上げて隆起し、土塊が荒々しくせり上がった。
「アース・マジック……! 山崎か!」
ジェイコブが叫ぶ。
山崎が背後の接近に気づき、黒崎をかばうため咄嗟に土魔法を展開したのだ。
「くっ……速い!」
エヴリンが銃口を向けるが、刹那、山崎の【地裂衝】が発動。
無数の石柱が一斉に彼らの前へ突き上がり、後退を余儀なくされる。
二方向からの追撃を危険視した山崎は、通路を塞ぐように土壁を連続展開し、柳田たちとアルカナ・シャドウズの双方の攻撃を完全に遮断した。
「黒崎、急げ……!」
短く命じられ、黒崎は余裕の欠片もない表情で奥へ駆ける。
「……柳田、皆……すまない」
その呟きだけを残し、山崎は黒崎を追って通路の奥へ消えた。
「くそッ……山崎さんッ!」
柳田が壁を叩きつけ、怒りの咆哮を上げる。
そしてその怒りは――瞬時にアルカナ・シャドウズへと向けられた。
「貴様らが邪魔さえしなければッ……!」
柳田の叫びに、デビッドが刃を構えて応じる。
「笑わせるな……俺たちの仲間を殺したお前に、恨みを向ける資格があるのか?」
「おい、やめろ!」
ジェイコブが一喝したが、既に柳田は踏み込み、デビッドも迎撃の構え。
だが――二人の間に、倫道が焔影刀を叩き込むように割って入った。
「やめてください!! 今はそんな場合じゃない!」
刃が火花を散らし、黒炎が一瞬だけ立ち昇る。
通路に緊張が走り、全員の動きが止まった。
「……神室ぉ……」
柳田は倫道を睨みつけ、歯を軋らせる。
デビッドも険しい目を向けたまま武器を下げ、数歩後退した。
「……俺たちは、帝国の非道な実験を止めに来たんだ。黒崎の計画を……この馬鹿げた実験を絶対に阻止しなければならない! 龍士との約束だ」
倫道の言葉に、ジェイコブが一歩前に出る。
「お前たちの事情は知らないが……我々も同じだ。大日帝国が秘密裏に行っている悪行を暴くため潜入している。帝国が暴走すれば、世界の均衡は崩れる」
「ジェイコブ……」
エヴリンが制止しようとしたが、ジェイコブは手で制した。
「我々の任務は黒崎の拿捕、あるいは決定的証拠の確保……目的は一致しているようだ。互いに邪魔しないなら共闘してもいい」
「ジェイコブ……あなた、何を――」
エヴリンが苦い顔をする。
だがその隣で、アンソニーが吐き捨てる。
「……俺は認めない。仲間を殺した敵と肩を並べるなんて……!」
「俺もだ……!」とデビッド。
それでもジェイコブは振り返り、雷光のような眼光を二人へ向けた。
「命令だ。私情は捨てろ。今は任務を優先する」
二人は苦悶の表情で武器を下ろした。
「……仕方ねぇ。ただし、任務が終わったら――」
「その時は好きにしろ」
ジェイコブが吐き捨てるように言う。
その後方で事態を見ていたデルグレーネが、鋭い視線を投げると気づいたジェイコブが殺気で返す。
「……仲間に手を出したら、私は容赦しない」
「フッ……面白い。いずれ決着をつけよう、魔人」
二人の視線が交錯する。剣より鋭い殺気がぶつかり合った。
「ちっ……まあいい。今は侵入者であるお前らも、軍規違反の俺たちも同じ……奴らの敵だ。共闘に異議ねぇ」
柳田が渋々歩み寄り、ジェイコブと手を握り合う。
だがそれは友好ではなく、あくまで一時の休戦だった。
「さて、奴らの向かった先は――」
「あ、あの……黒崎主任たちの行き先、わかります!」
柳田が皆の進路を決めようとした瞬間、沢渡が息を切らして叫んだ。
震える指が、地上へ続く非常口表示を指す。
「第六技術棟です! 黒崎主任が一番出入りしていた場所……そこに向かったはずです!」
その言葉に、倫道たちは一斉に顔を上げ――駆け出した。
アルカナ・シャドウズもまた、無言でその背中を追う。
カタリーナが沢渡の肩に手を置き、「ありがとう。私と来て」と優しく導いた。
扉を抜け、鉄の階段へ足を踏み入れる。
金属音が闇に響き渡る。
――それぞれの胸に宿る怒りと正義が、いま交錯し始めていた。




