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プロローグ

「…………ィート、ねぇ、ヴィート、ヴィートってば――」


 ――んん……? 少女の明るい声が聞こえる。

 俺を…… 呼んでるのか?

 でも俺の名は――


「おい、ヴィート。早くこっち来いって」

「そ〜だよ〜、早く来ないと無くなっちゃうよ〜」


 別の声…… 男性だな。

 やはり、俺を呼んでるのか……

 

「そうそう、早く来ないとラウラに全部食べられちゃうわよー」

「ちょっと⁈ ミリヤム、変なこと言わないで!」


 ……ラウラ、――ラウラ⁈

 ラウラという少女の名前に、体を揺さぶるほどの衝撃で心臓がひときわ鼓動し、血が波立った。

 知っている…… そう、俺は知っている。


「おい、早くしやがれ! ヴィート!」

「まあまあ、親方。少し待ってやりましょうや」

「ほら〜、ラウラ。ヴィートの手を引っ張ってきて〜」


 白く白く輝く世界。

 うっすらと目に映るのは、どこの田舎風景だろう? どこか古い外国の村落のようだ。

 見たこともない、でも、なんだか懐かしい風景の先、視界の中には幾人もの人間が楽しげに話をしている。

 1人ぽつんと遠巻きに眺めている俺へ、彼らから温かく優しい声を掛けられるが、その顔は、ぼんやりと霞んで表情を捉えられない。

 しかし、全員が破顔した温かな笑みを湛えている確信はそこにはあった。


「ほら! 早く行こう!」


 白金色の長い髪を(なび)かせ、俺の手を引いて駆け出す少女。

 顔の上半分が白く光って分からないが、口元は笑っていた。

 少女に手を引かれて、俺たちは天を駆けるように走った。

 どこまでも、どこまでも、どこまでも……

 やがて明るく続く1本道を走りきる――


 

 いつの間にか、俺は倒れていた。

 ただただ空を見上げている。

 そんな俺を覗き込むように、少女が顔を近づける。

 どうやら膝枕をしてくれているようだ。なんだか、少し恥ずかしい。


 覗き込む少女の顔は、暗い影に覆われて見えない。

 今は口元さえ見てとれない。

 俺の頬を両の手のひらで優しく包み込むと、そのまま慈しむように撫で始めた。

 俺は懸命に声を出そうとするが、口からは何の音も出せなかった。


「ごめんね…… ごめんね、ヴィート…… ごめんね……」


 何度も、何度も聴こえる少女の声。

 温かい雨のような滴が俺の顔にポタポタと降り注ぐと、胸の奥底に鈍く重い痛みと衝撃が走る。

 まるで魂に蹴りを入れられたようだ。

 少女は優しく撫でながら、終わることのない謝罪の言葉を繰り返す。


「ごめんね…… ごめんね…… ごめ――」

 


「――い、おい、倫道! 朝だぞ、起きろ」

 

 体を強く揺らされ、目が覚めた。

 億劫(おっくう)(まぶた)を開くと、教練部隊で同室の幼馴染でもある堂上久重が、眉を八の字にして苦笑している。


「起きたか? 珍しいな、倫道が俺より遅く起きるなんて」

「……ああ、そうか…… ありがとう」


 未だ完全には覚醒していない意識を、無理やり起こすために大きく伸びをする。

 幸せだったような…… 悲しかったような夢……

 まだ明けきっていない清々しい朝の空気を胸いっぱいに吸い込んで、現実に引き戻された。

 硬い寝台に腰掛けて首をコキコキと鳴らしながら部屋を見渡せば、見慣れた教練部隊の訓練所、その一室だ。

 早朝、薄暗い4人部屋。

 開け放たれた窓からは、太陽が昇りかけたことを知らせる仄かに明るい光が届いた。


「……久しぶりに見たな、同じ夢を……」


 木々が微かな陽の光にて輪郭を形づかせた窓の外を眺めながら、俺は夢の中に見た少女を想う。

 ○○○? 名前が思い出せない。

 いつもそうだ。

 幼い頃から幾度ともなく見る夢。

 何度見ても、人の顔も名前も思い出せない夢。

 心の奥底から温かくなり――、如何しようも無く悲しくなる夢。

 いつの間にか目端から、一筋の涙が流れていた。


「おい、倫道。いつまでもボーッとしてると集合に間に合わないぞ」


 布団を片付け終わり、着替えを始めた久重が声を掛ける。

 他の訓練生は、準備を終えて既に部屋から出たようだ。


「おお、そうだな。悪い」

「……また例の夢を見たのか?」

「……うん」

「そっか…… まあ、あんまり気にすんな!」

「ああ、分かってる。ありがとう」


 久重の優しさは、嬉しくもあり照れ臭い。

 一気に布団を持ち上げ寝台の上にシワなく畳むと、急いで身支度を始める。

 扉を開けて、着替えを待っていてくれた久重に頷くと、同時に駆け出す。


「さあ、今日も地獄の訓練が待ってるぞ」

「おお、倫道! 今日こそ俺が勝つからな!」

「残念ながら、俺は誰にも負ける気はないぞ! そして……」

(誰をも守れる強さを手に入れる!)


 白み始めた空の下、山裾から煌めきながら昇る太陽。

 神室倫道は、強い眼差しで赤々と燃える太陽へ向かい、心の中で誓った。

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