マホウオトメRPGオンライン ~このサービスは終了しましたこのサービスは終了しま~ 〈中〉
[短編] [ダーク] [ファンタジー度★☆☆]
※3分割して投稿しています。こちらは「上・中・下」のうちの「中」です。
夜になり殊更に暗い部屋の中。PCから「ピロンッ」と軽やかな音がなったことに気づき、青年はパイプベッドの上でガバッと身を起こした。
ベッドから下りてきっかり一歩半進めば、PC前に据え置いたゲーミングチェアに辿り着く。その同線を邪魔するものは何もない。大量の本はすべて壁沿いの棚に収納され、意外なことに床にはゴミの一つも落ちていない。空になったゼリー飲料の袋は丁寧に畳まれてゴミ箱の中へ。唯一タバコの吸殻だけが、かつての少年が大切に五百円玉を貯めていたスチール缶の中に乱雑に投げ込まれていたが、それもPC操作を邪魔することのない位置に置かれている。この部屋は、青年の手によって青年だけのために完璧に整えられた城だった。その城の中、唯一灯った明かりであるPC画面。照らされるゲーミングチェアはまるで玉座。そこに青年はどっかりと腰を落ち着けた。
画面に映る、風光明媚な草原に立つキャラクター二人。
一人は赤い髪。事前登録者限定のレアな髪型。瞳の色は青。常時魔力回復の特殊効果付き。武器も防具も、伝説やら幻やらで固めて見るからに豪華だ。(ちなみに身長設定は185cm。現実世界の青年の身長よりも15cm以上高い。)種族設定はヒューマン。ありとあらゆる手段を使ってあらん限りの見栄を張ったキャラ造形。オケハザマナツキ。
もう一人は青い髪。ゲーム公式イラストと同じベーシックな髪型。瞳の色は赤。特殊効果は無し。武器や防具はストーリーモード終盤で揃うくらいのまずまずのもの。身長設定は隣の赤い髪のアバターよりわずかに低い。(178cmといったところか。) こちらも種族設定はヒューマン。特に目立った箇所もないキャラ造形。セキガハラフユキ。
青年はキーを叩きメッセージを送る。
――よぉ。来たな、フユキクン。今日はどこを案内しようか――
二つのアバターがこの世界で出会ってから、数日が経っていた。
無論、はじめは青年もこの奇妙な侵入者のことを警戒していた。様々な手口があることなど、青年はよぉく知っている。しかしあらゆる探査を走らせても、妙な動きはカケラもなかった。
それに、このおかしな訪問者は「この世界を見て周りたい」と願い、それに応じて青年が見せてやったものそれぞれにいたく感激する様子を見せた。
――うわぁ、良いですね、この戦闘を楽しみながら効率よくアイテム収集のできる洞窟!――
誰も知るはずのない世界を。
――えっ、ここの遺跡って……! 埋もれた没データから掘り起こして建てたんですか?――
誰かに見て知ってもらって。
――ああ、この海フィールドを突っ切るドライブコース! 隠し要素の車にピッタリだ!――
誰かと一緒に遊んで楽しむ。
――だろっ? じゃあ次は、どこを見せてやろっかなぁ……!――
それは、青年にとってこれまで望むべくもなかった喜びだった。
「ピロンッ」と、この夜もまたメッセージがポップアップする。
――どこでも! ナツキさんの創ったものなら、何だって見たい!――
――じゃあ、オレのとっておきのあそこにするかな。……あ、今は時間に余裕あんのか?――
――はい、大丈夫です!――
――なら、せっかくだし俺のドラゴンに乗ってくか! 操作は任せろ~。この前はフユキクンに車運転してもらったしな!――
〝フユキ〟がここを訪れる時間はまちまちだった。青年は昼夜の感覚などとうに失っていたがPC画面には時計が表示されるので、さすがに真夜中から日中の間にこれといった法則もなく不定期に訪れる〝フユキ〟のことは不思議に思う。(ちなみに青年は自分のことを「在宅ワーカー」だと伝えていた。別に間違っちゃいないだろう、と青年はふんぞり返って思ったものだ。)
ゲーム内で最速の移動手段であるドラゴンに乗っても、目的の場所まではかなりの時間がかかる。そこにはワープ座標も設定していなかった。青年が、そうしたくなかったのだ。(ちなみにデバッグモードなら一瞬なのだが。)
PC画面の中、ドラゴンの背の上。自身の操作キャラの後ろに座る青色の髪のアバター〝フユキ〟を眺め、青年は考えを巡らせる。
(こんな風にしてここに来られるのは、ゴミカス社会人サマか、暇を持て余した大学生御大か、それとも、ドロップアウトした憐れな少年くんか……)
ドラゴンが空を上へ上へと昇っていく間、青年はゲームのフレンド欄から〝フユキ〟のステータスを覗いてみた。装備からも予測された通り、ゲーム終盤の頃らしい数値。
(多分、元々使っていたアカウントでここに来ているんだろうな。)
その折に、「ピロンッ」と音が鳴る。
―――すごく遠いんですね。どんな場所だろう、ワクワクするなぁ!―――
無邪気な奴だ。自分の素性に探りを入れられているなんて、思ってもいないんだろうか。青年は顎を撫でた。
(……こんな場所にわざわざ首を突っ込んでくるくらいだ。まともな居場所のある奴じゃあないだろう。……ま、詮索されたくないことなんていくらでもあるか。その辺りオレはよぉく知っているからな。)
そう自分の中で結論を下し、青年は返事をすべくPCのキーを叩いた。
――もうすぐ着くぞ。カメラモードで上を向けばもう見える。……オレの、一番の力作だ。――
二人は空に浮く島に降り立つ。元のゲームデータにはこの島は存在しない。影も形も。こここそが、青年が一からすべてを創り上げた場所だった。
豊かな水でできた島。中央の巨大なクリスタルから清らかな水がこんこんと無限に湧いて溢れている。そのクリスタルから波紋が広がるように水は地面を成して、一定の距離クリスタルから離れるとカーテンのような滝となって地上に降り注いでいた。一瞬たりとも同じ表情を見せない水の流れ。水しぶきが辺り一帯にきらめく。大小いくつもの虹がかかっている。それらを通して見える広大なフィールドの景色。
他では滅多に見られない程の、完璧な水の表現。それが、初代の「マホウオトメRPGオンライン」の世界の中に存在していた。
――解説をしよう、フユキクン――
チャットの言葉の出てこない〝フユキ〟。その様子を見て、画面の向こうにあるであろう驚愕なり感心なりの表情を想像し、青年は満面の得意顔で文字を打った。
――マホトメの水の表現、オレ正直不満だったんだよ。この前行った海とかならまだ見られるんだけどな――
――でも流れる水が、同時期のどころか一昔前の洋ゲーにも負けてただろ? まー、残念クオリティってヤツ?――
――だからオレ、マホトメでもここまでできるんだって証明したくってさぁ!――
ここまで打っても〝フユキ〟からメッセージは返ってこない。青年はそのままじっと待つ。まだこない。……追加で何かメッセージを送ろうか。迷うその間も返事はこない。まだ。
〝フユキ〟のアバターの青い髪が揺れている。赤い瞳がまばたきをする。それらプログラム通りの動きを見つめるうち、青年の頭に少し、ほんの少しだけ、心配がよぎった。あれ、コレ、 思ったより良くなかった? オレ、何か間違えた……?
やがて「ピロンッ」と音が鳴る。青年は緊張した面持ちで文字列を食い入るように見つめた。
――すごい――
――本当にすごいです、ナツキさん!――
青年はフーッと息を吐く。そこからは、〝フユキ〟からの怒涛のメッセージの嵐だった。
――元々マホトメのシステムは―― ――その技術を応用し―― ――でもそれの欠点は―― ――対応策としては当時主流だった―― ――でもそれはそこで止まってしまった技術で―― ――仕方のないことだけどそれは展望を欠いた―― ――その後ガラリと大きく発想を変える必要があって―― ――特許技術なんて言うけどそれは―― ――で―― ――だから――
その止まらない通知、読めない速さの文字列を眺めながら、青年はハハと笑い声を漏らした。
「ハハ、ハハハ。こいつバカだ、本当に、マホトメバカ……」
一つ伸びをして、タバコを取り出し火を点ける。暗い部屋の中に白い煙がくゆった。
そこからしばらく(果たしてどれくらい経ったのだろう? 少なくとも青年はタバコの空き箱を一つ、丁寧に畳んでゴミ箱に入れる羽目になった。なんならその上でうつらうつらと仮眠を取れる時間すらもあった程である。)して、ようやく通知音は止まった。終わったか……、と青年はあくびをし画面を覗き込む。そこにもう一つ、「ピロンッ」と控えめな通知音が鳴った。
――なんて、ちょっとしゃべりすぎちゃいました――
――通知埋めてすみません―― ――でも、本当に感動して――
また「ピロンッ」「ピロンッ」と通知が鳴る。それを遮るように青年はキーを叩いた。
――分かった分かった。もう良いから、落ち着いてゆっくり見てこいよ、オレの力作!――
――はいっ、ありがとうございますっ!――
島内を散策するアバター〝フユキ〟の後姿を、自身の〝ナツキ〟のアバターの赤い髪越しに眺めて青年は思う。
(しかしこいつ、何でこうまでもマホトメバカなのに……)
先程〝フユキ〟のステータスを覗いて色々と考えてみて、大半のことには合点がいった。いったのだが、唯一、青年にとって意味が分からなかったのは〝フユキ〟の職業設定だった。
(ちょっと訊いてみても良いだろう、このくらい)
そう思って青年はキーボードを叩く。
――ところでフユキクン、お前なんで「職業・神官」にしてるんだよ? チグハグにも程があるんじゃね? 「種族・ヒューマン」でそのレベルだと、能力値足りないし使いづらいだろ?――
そう送ってみたところ、それに対し返ってきた文字列その言葉を見て、青年は眉をしかめた。
(……変な奴!)
――ボクが「これだ!」って思ったからです! それは、間違っていなかった……!――
広いリビング。雑然と散らかった物の中に埋もれて。イタリア製のソファの上。灯る明かりに、男の頬を伝う涙の跡が照らされていた。その口端は、あらん限りに持ち上げられて久しい。
嬉しかった。嬉しかった嬉しかった嬉しかった。本当に嬉しかったのだ。心、魂の底から。
その時、投げ置いたビジネスバッグからアラーム音が鳴った。男は大きく長い溜め息を吐く。
――すみません、もう時間が来てしまいました。とても残念なのですが、行かないと……。今日は本当に本当に、本当に素晴らしい日でした! また、ぜひ一緒に……! では落ちます!――
後ろ髪を引かれる思いでその文字列を打ち込み、送信ボタンをタップした。後はもうログアウトするより他、仕方ない。その間もアラーム音は男をせっつくように鳴り続けていた。
手にしたハイエンドモデルのスマートフォン。一度それをうやうやしく両の手で頭上に掲げ、そっとガラステーブル(の開いている場所)に置いた。そうして男は立ち上がり、アラーム音のする方へ向かう。
床に投げ出された革製のバッグを開ける。アラーム音。それは、平凡なスペックのスマートフォンから発せられていた。手に取る。画面には「5:00アラーム 本日会議」と、自身で設定した文字列が表示されていた。
(ここからシャワーを浴びて、三十分程の仮眠を取って出る。まぁ、問題なく間に合うな。)
定刻よりやや早め。株式会社ソウゲンの大会議室にて。社の重鎮が次々と着席していく様子を男は上座より眺めていた。(ちなみに今日のスーツはピンストライプのネイビーだ。)
「社長。コーヒーです、どうぞ!」
ゆるやかに巻いた髪を揺らして、若い女性社員が会議用のプラカップに入れたコーヒーを差し出してくる。(コーヒーはオフィス用にありがちな大容量の安物ではなく、ちゃんとした店の質の良いものを社で使わせている。)男はそれに対し、白い歯を覗かせて笑顔を向けた。
「ああ、どうもありがとう」
女は少し腰をかがめた姿勢のままで男の顔をじっと見つめた。
「……社長、顔色悪いんじゃあないですか?」
囁くような小さな声。それに男は首をかしげて答える。
「そうかな? 心配ありがとう。でも調子は良いんだ、とってもね」
女は「そうですか」と頷くと、体を起こして元の体勢に戻りかけた。その時に腕がスッと伸びて、男の前に一つ、小さなハート形のチョコレートが置かれる。
「差し入れ、です!」
女の淡いピンク色のグロスを塗った口が動きだけでそう言う。そして女は微笑むと、手にした盆を抱きかかえるように持ち直し、踵を返してその場を後にした。
そこで部屋の照明が落ちた。会議室正面の大きなスクリーンに投影された文字がはっきりと見えるようになる。常務を兼ねる商品統括本部長がマイクを手に立ち上がった。
「それでは只今より定刻通りに、「マホウオトメRPG」発売二十五周年を記念した新作ゲーム「マホウオトメRPGオンラインⅣ」の、情報発表前・最終会議を始めます」
プロモーションビデオを眺めながら、男はどこか彼方に思いを馳せる。あるいはバッグの底に潜めたハイエンドモデルのスマートフォン、そこから繋がる向こうの世界に。
(ああ、やはり、水の表現はまだまだ劣るなぁ……)
そう思いながらも、男の頬は満足そうにあるいは幸せそうに緩んでいた。
株式会社ソウゲンの代表取締役社長を務め、かつ「マホトメ」開発の第一人者たる男。あの秘匿された世界は戒めるべきものだということは、頭では認識・理解していた。そういった意味でも追跡をしていたというのも、確かな事実だ。
ただ、それよりも喜びの方が勝るのだ。いや、「喜び」なんて生易しい言葉では到底足りない。あの世界は理想だった。完璧だった。悲願だった。いや、それらの言葉以上の何かだった。
そうして男は決意する。
(今日、帰ったら渡そう。ああ、もっとずっと早く、一日でも早く、そうするべきだった!)
会議は定刻通りに終わり(会議と言っても最終確認の段階のため、時間を食うようなことも特にないのだ。)そのままつつがなく午後そして定時を迎える。今日はこの後午後7時より、先のプロモーションビデオをはじめとした「マホトメⅣ」のメディア発表が行われるため、それを(趣味としてあるいは家族に自慢しようと)見るためにいつもより早く帰る社員も多い。
皆がどこか浮き足立って行き来する廊下。社員たちに挨拶をされながら歩く途中で男はふとその足を止めた。自販機の置かれた休憩スペースに、懐かしい顔ぶれが揃っている。
「どうも、皆さんお疲れ様です」
そう言いながら男はその開け放たれた部屋の中に足を踏み入れる。自販機の前で談笑していた三人の社員、商品統括本部長、営業統括部長、そして開発部所属の嘱託社員。懐かしき戦友たち、「マホウオトメRPG」第一作目の開発チームの面々である。
「本日は会議お疲れ様でした、社長」
会議で進行を務めた統括本部長が、微笑みつつ会釈をした。
「いやぁ、このメンツで揃ったんなら、そういうカタいのは抜きでしょ~。もう定時も過ぎましたし? シャチョーもお帰りのところみたいだし?」
営業統括部長がその肩をぽんぽんと叩く。その雰囲気の既視感に男はクスリと笑って頷いた。集まった四人の中で一番年配の嘱託社員、かつての男の直属の上司が口を開く。
「それにしてもめでたい。感慨深いものだなぁ。もうあれから二十五年も経つだなんて……」
その言葉に皆はしみじみとうなずく。
「……あの時は、本当にありがとうございました」
言いながら男は深々と頭を下げた。その改まった様子に多少目を丸くしつつも、かつての上司は男に向かって頷いて見せた。しかしその顔には、「はて」と話が呑み込めていない様子が現れている。男は言葉を続けた。
「開発当初のあの時、ボクの馬鹿な戯言を止めてくださって、本当にありがとうございました。そのおかげで、こうして今が迎えられたんです」
そう言われてかつての上司は合点がいったようだ。ああ、とその頬が懐かしさを持って緩む。
「いやぁ、あれは、ね……。あの時は君も、徹夜続きで参っていたんだろう。あの頃はみぃんな、ただただ若くがむしゃらだった。そういう、思い出話さ」
「わははっ、もーう徹夜なんてキツくてキツくてできないですけどねぇ! オジサン、すぐ眠くなっちゃう!」
「思い出話と言えば、今日この後、飲みに行こうって話になったんですよ。早めの祝杯ですね。どうです、一緒に行きませんか?」
口々にかけられた言葉に男は控えめに微笑みつつ、残念という風に首を横に振って見せた。
「今日はこの後予定が……。また、近いうちに。どうぞ三人で楽しんできてください」
同じく残念そうな表情を浮かべながら、三人は頷く。
「そうか、そうだな、さぞ多忙な身のことだろう。また日を改めて。……まだこの先、サービス開始に向けてイベント事も多い。体調等に気をつけて臨むんだぞ。我らが誇りの社長!」
その日の夜。午後七時などはとうに過ぎ、街の静まりかける頃。一台のスポーツカーは高級マンションの駐車場へと入っていった。
靴は揃えず、ジャケットを脱ぎ捨て、水を汲み、淡いピンク色をガラスコップの縁に残して。
『やっぱり顔色悪ぅい。どうせまた忙しくてお部屋ほったらかしにしてるんでしょう? 私、片付けに行ってあげる! そしたらまたご馳走して欲しいな。絶品パスタ! ね、社長……?』
ガチャン、とまた音が鳴る。シンクに溜まる、今日の分の洗い物。
「ま、それはそう、かもだけどね……」
そのままいつもの定位置、イタリア製ソファに腰を下ろす前。男はリビングのとあるチェストの前に立ち寄った。最も上段の引き出しを開ける。その中には、小さな小さなメモリが一つ。それ以外には何も入っていない。それを丁寧に摘まみ上げ、男はソファ、定位置へ。
微笑んで、スマートフォンにメモリを挿す。そしてそのまま男はゲーム画面を起動させた。
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