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まもの の おとこ

[短編] [ミディアム] [ファンタジー度★★★]

 目の前に立つは魔物を束ねる王。手には蒼い宝玉を戴いた豪奢な王笏を持ち、身に纏う黒地に金の紋様が施された荘厳なマントは大きくはためく。その背後には、この石壁に囲まれた空間の中ではまず在り得ない、星満ちる(ソラ)が広がっている。

 魔物の王の目がこちらを向く。その一瞥の鋭い輝き。自分たち勇者一行は全員その場に縫い付けられたように静止した。


 * * *


 この国に突如として現れ、豊かな大地を闇に覆われた世界に塗り変えた“魔王”。

『平和を取り戻すため、国を脅かす()の魔王を討ち倒すのだ!』との王からのお触れで街から出たのがこの旅の始まり。魔王の配下を名乗り各地を占拠する強大な魔物どもを倒していくうちに、いつしか自分は“勇者”と呼ばれるようになった。

 なにも始めから順風万端だったわけではない。旅の中で経験を積んで強くなり、各地で頼れる仲間たちと出会い。そうしてとうとうこの魔王城まで辿り着いた。


 時は少し遡り、魔王城の最奥、禍々しい気を発する大扉の前にて。

「おーし、いよいよここまで来たんだな。武者震いがするぜ!」

「激しい戦いになると思われますが、頑張りましょうね」

 ここを乗り越えればこの世界に平穏が訪れるんだと、そう仲間たちとうなずき合う。武器も防具も体力も魔力も、充分に整えた。万全の態勢だ。ただ、今回は一つだけいつもと違うことがあった。

「けどよ、本当に良かったのか? この人をここまで連れて来ちまって。あー、いや、変な意味じゃあねぇんだ。ただな、あんたは……」

「そうですね、私もそう思います。この先に進んでしまって、あなたに危害は及びませんか? ……お気を悪くしないでくださいね。でも、あなたは……」

 隊列の一番後ろを見やって仲間たちはそう言いよどんだ。そこには、黒いローブ姿の男が一人。


 黒いローブ姿の男は“旅の仲間”ではない。城下町の外れにひっそりと小さな工房を構えている魔法の薬屋だ。自分たちも幾度となく世話になった馴染みの店。

 一斉に向けられた視線の先、黒いローブ姿の男はペコリとうなずいた。深く被ったローブのフードの下には、人の頭にしては妙に不自然なでっぱりがある。

「気遣い痛み入る。とは言え心配には及ばんよ。戦いの間、私はこの扉の前で待たせてもらおう。ま、なにせ見ての通り、魔力も腕力もてんで見込めないこの身ゆえな」

 この男の正体は魔物だ。だがそのことは、一行にとってはとっくの昔からの周知の事実だった。


 男と出会ったのは、まだ一人で旅に出たばかりの頃。不意に出くわした強い魔物に襲われて瀕死で倒れていたところに、この男が現れて魔法薬を手渡されたのがきっかけだ。

「おお、酷い傷だ。でもついていたな、旅の人。今ちょうど”お試しキャンペーン”なるものをしているところでね。一つ、これを進呈しよう」「どうだ、効果てきめんだろう? この先に店を構えているんだ。……看板こそ出してはいないがね。ぜひ今後とも、どうぞご贔屓に」

 魔物であるのにも関わらず、自分たち人間、しかも魔王討伐の旅に就く勇者一行に、「これは双方良しの取引だ」と言って手を貸すようなおかしな男だった。しかしその一方で彼の作る魔法薬は嘘偽り無く優れもので、金銭などそれなりの対価は必要とはいえ、こちらとしてもその助力をありがたく思っていた。

「ハイまいど。とっておきの貴重な品だ。有効活用してくれたまえ」

 そして時には、薬に使う材料を採ってきて欲しいと依頼されることもあった。それは自分たち人間にも馴染みのある薬草のみならず、魔物の群れが通った後に生えるというキノコに、悪しき魔力が淀んだ場所に咲くという毒花などという、いわく付きのものまで。そしてそれらの入手するのに危険を伴う素材は強大な魔物の存在にも通じ、結果として一行が魔王の配下を撃破していくことにも繋がった。

「ご協力、感謝する。もし良ければ、次は〇〇に行ってくれ。そこに△△があるはずだ。……ま、もし良ければ、で良いんだが」


 そして最後の魔王の配下を倒し、その根城で採集した薬草を持ち帰った時。つまり、次はいよいよ魔王城に乗り込むという折。

 薬屋の魔物の男に薬草を手渡し、魔王城に行くことを告げると、男は相も変わらずあやしげな色の液体が入った大鍋をかき回す手をはたと止めて顔を上げ、これまでとは違う言葉を発した。「自分も連れていってほしい」と。

 欲しい素材があるのならまた持って帰ってくると伝えたが、今回はどうしてもついて行きたいのだと男は食い下がった。当然、危ないからと断ろうとしたが、何度説得を試みても男は頑として折れなかったので、しまいには根負けして連れていくことにしたのだ。

 ……それに、魔王を倒さんとする勇者一行に少なからず手を貸すような魔物だ。おまけに、魔物が本来有するはずの魔力も彼は極端に乏しい。それらを鑑みると、この魔物の男は何か魔王に対して思うところなどもあるのかもしれない。


 そして今、ついに辿り着いた魔王城の最奥の扉の前にて。

「君たちの旅路の無事を、この通り陰ながらだが願っているよ」

 魔物の男は自分たちを見送る時のいつもの言葉を言う。分かった、と男にうなずいて、そうして自分たち勇者一行は魔王城の最奥の扉を開けた。





 扉を開けると共に、黒い闇の底から地を揺るがすかのような声が響いてきた。

「来たか、愚かな人間共よ……」

 そして立ち込めた黒い霧の中から現れる。この世界を闇に沈めた“魔王”の姿が。

「何故、貴様らごとき存在がこの地にこうも満ち栄えて、否、蔓延っているのか、甚だ疑問だった。魔法の(ことわり)も解さない下等極まる貴様らが、何故」「今こうして目の前にしても皆目分からぬ。ああ分かりたくもない。脆弱な貴様らがのうのうと暮らす様なぞ虫唾が走る。この地にて栄華を誇るに相応しいのは、我ら魔物よ」「我が手に満ちるこの力で、一思いに捻り潰してやろう。根絶やしにしてくれる、根絶やしにしてくれるわ、人間共ぉおっ!」

 目の前に立つは魔物を従える王。手には暗黒の宝玉を戴いた禍々しい王笏を持ち、身に纏う赤い裏地の黒マントは威圧的にはためく。その周囲には光を飲み込む黒い霧が立ち込め、まるで闇そのもののように広がっている。

 “魔王”の目がこちらを見る。その目があやしく輝いた。それを皮切りに、一行は“魔王”へと一斉に飛び掛かっていった。



 激闘の末。仲間と共に持てる力をすべて合わせ“勇者”が最後放った光の斬撃で、“魔王”は一切の動きを止めた。その体はゆっくりと地面に倒れ伏し、ズシンと重い音が部屋の中に響き渡る。

 その音の反響が消えて。だがしかし、「終わった」という実感が未だ湧かない。奇妙な静けさがあった。手にしている剣を鞘に納めるか否か。そう逡巡していたところにふと、依頼の品はどこだろう、と考えが頭をよぎった。

 これまでは依頼の品は指定されていたし、すぐさま「あれがそうだ」と見つかった。しかし今回それらしきものが見当たらない。改めて自分の前の光景に目をやる。地面に転がった豪奢な王笏。それは無論、薬草の類では決してない。だが、それはこれまでに集めてきたものと似た気配がした。もしかして、と思って一歩動こうとする と。


 視界の端をサッと滑るように動くものがあった。黒い残像。そのあまりの速さに、声を発する暇すらもなかった。

 言わずもがな、その影はあの魔物の男。男は倒れ伏した“魔王”の体の元まで辿りつくと、地面に転がった王笏を拾い上げてその手に取り、そして動きを止めた。

 未だ異様に静まり返った空気の中、黒いローブを被る丸まった背に声をかけようとすると。


「ご協力、感謝する」


 魔物の男はそう、いつも依頼の品を受け取る時と同じ言葉を口にした。

 黒いローブ姿がこちらを振り向き、丸まった背をゆっくりと伸ばす

 王笏を地面に軽く突く。その王笏の先、金の装飾で囲われた握りこぶし大の宝玉が、男の手の中で変化を始める。先ほど“魔王”の手の中にあった時は闇を司る黒い魔宝石かと思っていたが、違う。黒色を呈していた宝玉がみるみるうちに色付いて、否、本来の色を示していく。あれは、紺碧に星々が無数浮かぶ、宙を司る魔宝石だ。

 王笏を地面に軽く突く。男の纏っていた黒いローブに、王笏と同じ意匠の金の紋様が浮かび上がった。黒いローブもとい長マントが大きくはためく。フードがばさりと落ちた。その下には立派な二本角の生えた頭。その顔は、今男の足下で倒れ伏している“魔王”と全く同じ顔をしていた。

 王笏を地面に軽く突く。辺りに残留していた黒い霧は消え去り、その代わりに城の中、石壁に囲まれた空間では在り得ないはずの、満天の星が煌めく宙がそこに現れる。

 魔物の王の目がこちらを向く。その一瞥の鋭い輝き。自分たち勇者一行は全員その場に縫い付けられたように静止した。


 * * *


「告げる。我が名はラーズワルド。お前たちが言うところの、魔王である」

 魔物の男もとい魔王が、一行を前にその口を静かに開いた。

「勇者の一行よ。私から、詫びと礼を述べよう」

 次いでその口から発せられたのは、意外な言葉だった。

「此度は同胞が迷惑をかけたな。こやつは我が愚弟。私の力を奪い去り、人間憎しとこの地この世界に躍り出たのだ。……愚かなものよ。例えそうしたところで、我が国の再びの繁栄が叶うわけでも無しに」

 視線を足下に僅かばかり向けた後、魔物の王の目は再びこちらを向く。

「さて。ここでお前たちと戦うつもりは私にはない。お前たちの地を脅かしていた脅威は討ち倒したのだ。お前たちはこのままお前たちの王の元へ帰り、「討伐は成った」と報告するが良い」

 そう言った後、魔王は一度言葉を切る。こちらを向いた目が再びギラと鋭く光った。

「……それとも、憎き魔物はみな根絶やしにすることを望むか?」

 そう問いかけられ、無言のまま立ち尽くす。

 もう体は動くようになっている。……手にしたままの剣を再び構えることもできた。だが、そうはしなかった。目の前に広がる宙。それは、かつて“魔物の男”に助けられた時に、共に見上げた星空ととても良く似ていたから。



「おお、酷い傷だ。でもついていたな、旅の人。今ちょうど”お試しキャンペーン”なるものをしているところでね。一つ、これを進呈しよう」「よし、全部飲んだな。とは言え、しばらくは動けないだろうからここで休んでいくと良い。なに、当分魔物は寄って来んよ。何故分かるのかって? 私も魔物だからだ」「ああいやいや、毒を飲ませたわけではない、れっきとした薬だ。だから吐くな、勿体ない」「それに、このまま星の(もと)にいた方が回復は早いだろう。……なんだその顔は。そんなことも知らんのか? 魔力が星によって強まるのは当然のことだろう」「ん、魔王城の周りの黒雲? あれは本来の魔力に依るものではない。不自然に働かされた力だ」「今日の空は、かつての私の故郷のものとよく似ている。……私の故郷の宙の方がもっと光は多く、満ちる魔力も多いがな」「だが、うむ。良い空だ」「おお、動けそうか」「どうだ、効果てきめんだろう? この先に店を構えているんだ。……看板こそ出してはいないがね。ぜひ今後とも、どうぞご贔屓に」



 あの星空をよく覚えている。あの時は寝転がって動けないままだったということもあるがそれ以上に、あの果てなき紺碧に広がる煌めきが目に焼き付いている。そして今、自分の目の前にあるのはそれとよく似た、だがもっとずっと数多の星々が煌めく宙。

 無言のまま視線を返す自分を見て、魔物の王はふっと表情を緩めた。

「では、これにて別れだ。……君たちには世話になったな。あの店に残った薬は、礼替わりに置いていこう。とっておきの貴重な品だ。有効活用してくれたまえ」

 その声が晴れ晴れと言う。

「いつかもし、客人として我が国を訪れたのであれば。その時には、このように私が魔法で作り出した小さな宙ではない、本物の宙を見せてしんぜよう。集めてもらった物資で、我が国の復興も多少なりとも進もうて」

 そして魔物の男は最後、自分たちを見送る時のいつもの言葉を口にした。

「君たちの旅路の無事を、この通り陰ながらだが願っているよ」

 王笏を地面に軽く突いて。魔物の男の体がふわと浮いた。紺碧に無数浮かぶ星の煌めき、満ち満ちる魔力。魔物たちの王の体がそれと溶け合う。そしてその体は宙と共にスゥッと、この地この世界から消え去った。



「……んで、これからどうする?」

「ご一緒しますよ、どこへでも!」


 仲間の声にハッと顔を上げる。自分はうなずき、一歩、足を踏み出した。

 また準備を万全に整えて。そうして、無事を願われた旅を続けて行こう。


お題:もらった要素を詰めた短編

要素:「黒いローブ」「荘厳なデザインの王笏」「鍋、謎の草やキノコ、薬」「魔王様」「宝石」「悪役、もしくは脇役(で敵が共通など)」「神秘的な星空」

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