紅玉の毒
[短編] [ダーク] [ファンタジー度★★★]
――回って回って、踊り回って――
「ごめんなさい、おかあさま。本当はお揃いの色を用意したかったのだけれど……」
大きな椅子にちょこんと腰掛けた、まだあどけなさの残る美しい娘。
「でもこうすれば、お揃いの色になるわ。ね、そうでしょう?」
赤い靴を履いた小さな足をきちんと揃えて。美しい娘は血色の良い赤い唇で愛らしく微笑む。ティアラの中央に輝くは大粒の透き通った赤い宝石。
「わたしは起きたばかりでまだよく動けないから……。どうぞ踊って見せてくださる? おかあさま?」
――そして眠って、永遠に――
玉座の間。新しい王妃。その御前で。
老いさらばえた女が口を大きく開いて顔を醜く歪ませ、ピョンピョン跳ねるようにして転げ回る。
その足音は高く。鉄の音が鳴る。焼けた鉄の靴は、赤く赤く。
* * *
"白雪姫"は気がついた。魔法によって作られた毒のリンゴを口にした瞬間。
――回って回って、毒よ回って――
(おかあさまの声だ)
(おかあさまの毒だ)
(おかあさまの力だ)
――そして眠って、永遠に――
この魔法を操る者と同じ血が、自分にも流れているのだと。
* * *
美しい娘にかけられた"永遠の眠り"の呪いを解いた隣国の王子。その自分よりも年下の美しい娘が隣り合う国の姫だと判り、二人の結婚そして二国の和平が、あれよあれよという間に決まった。
その流れの中で、娘の国の女王が悪しき魔女であったこと、悪しき魔女は娘の美しさを妬んで亡き者にしようとしていたこと、それが白日の下に晒される。
悪しき魔女は捕らえられ、王子は二国の王に即位し、美しい娘はその王妃となった。
雪のよく降る国だった。色の白いは、はて何と言ったか。
代々の為政者はいずれも素晴らしき人物たち。国の頂では、いついつだって、まばゆい赤が映えていた。
目覚め、魔法の力を意のままにするようになった美しい娘。かの魔法の鏡も、今や娘の従僕である。
しかし、その魔法の鏡に訊かずとも。疑うことなく、彼女はすでに知っている。この世で最も美しいのは、新しい王妃となる者であるのだと。
だってほら。
降り積む雪のように白い肌。
熟した果実のように赤い唇。
彼女は今や、この国そのものであるのだから。
* * *
「回って回って」
魔法の呪文を繰り返す。
娘の唇は自然と色赤く。
鋼鉄の靴は熱され赤く。
罪の果実は熟して赤く。
「ああ、かわいそうな、おかあさま!」
雪はしらじら降り積もり、すべてをその下、眠りにつかせる。王妃の下では誰しもが、自ずとその膝を折る。
悪しき魔女はついに。ガクリ。もの言わず、王妃の視線の下にひざまずいた。
* * *
国の新たな王妃となった、小さな小さな娘が一人。
王国の真ん中で微笑む。
白雪の真ん中で微笑む。
石座の真ん中で微笑む。
それは紅玉。赤い宝石。毒をはらんだ、罪の果実。
美しい娘は紛うことなく"悪しき魔女"の娘だった。
"テーマに合わせた小説を書く" 企画
今回のテーマ:憐憫、宝石、靴