十三時あるいは二十五時
[ショートショート] [ダーク] [ファンタジー度★☆☆]
※グロ描写あり
「天にまします我らの父よ――」
聖句を唱える声が、真白き聖堂内に響く十二時。外からの光がいっとう白くここを照らしている。
長細い机に等間隔に掛け、各々の前に置かれた食事の皿を前に、みな一様に両の手を組む。
そして、祈りを。
祈りを終え、皿の上のものに手を伸ばす。つつましく、おごそかに。
白い――そうだこれは白い――食物。耳のない丸いパン。神から授かりし糧。一人一人に等しくそして過不足なく分けられたそれが、皿の上に一つ。
直に手に取れば、しっとりと吸いつくような感触を指先に感じる。丁寧に処置をされたそれは、ひんやりと冷たく引き締まって。
歯を当てれば、柔らかく跳ね返すような弾力と、それでいてサクリと素直に切れる感覚。
ぷつん。
噛み切って口内で噛み潰せば、ほのかな塩みの中でまったりとした甘みが感じられる。それが口の中いっぱいに満ち満ちるように。咀嚼、咀嚼、咀嚼。
喉を伝い落ちる喜び。腹が次第に満ちる喜び。
祈りのように繰り返すその動作。
それは、この世に生を受けこの世で生を続けられるが故の喜びだった。
全てを全て飲み下し、手を合わせ感謝する。
聖堂の真正面には、我々の祈りを捧げる先。磔にされた白い姿。目を閉じ微笑みをたたえて。ゆったりとした衣、それに覆われた腹部は膨らんで丸く。
その姿は女性のもので、その女性は、生きていた。
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「求めよ、さらば与えられん」
聖句を唱える声が、真白き聖堂内に響く十二時。内よりの光がいっとう白くここを照らしている。
長細い机を等間隔に囲い、我々の前に寝かした女性の体を前に、みな一様に両の手を組む。
そして、祈りを。
祈りを終え、女性の腹の上に手を伸ばす。つつましく、おごそかに。
刃を当てれば、柔らかく跳ね返すような弾力と、それでいてサクリと素直に切れる感覚。
ぷつん。
切り開いて最奥まで開き進めれば、他諸々の臓器の中からまったく別の存在が現れる。それは腹の中いっぱいに満ち満ちるように。脈動、脈動、脈動。
神から授かりし糧。一人一人に等しくそして過不足なく分けられるだけのそれが、腹の中に一つ。
白い――そうだそれは白い――食物。命のない丸いパン。
直に手に取れば、しっとりと吸いつくような感触を指先に感じる。取り出したばかりのそれは、たしかに温かく軟らかさをもって。
一方、葡萄酒は戒律で禁じられていた。それはかつての破滅を意味するものだから。清い水で洗い流すのだ。
床を伝い流れる葡萄酒。排水口に流れていく葡萄酒。
祈りのように繰り返すその動作。
それは、この世に生を許されこの世で生を続けたいが為の受難あるいは罰だった。
全てを全て洗い流し、手を合わせ感謝する。
長細い机の上には、我々の祈りを捧げる先。磔から降ろされた白い姿。目を閉じ微笑みをたたえて。ゆったりとした衣は覆う。平らになった腹部の縫合跡を。
その女性は生きていて、その姿は満ちて欠ける腹部以外一切、変わりゆくことはなかった。
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処女懐胎、聖体拝領。
三日目に蘇りたもう。
マナは必要な分だけ。
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女性を再び聖堂の真正面に架ける時に。
我々の中から私は一人だけ、声を挙げた。
「神よ、神よ、何ゆえに我を見捨てたもうた……」
隣の男がジロと私を睨む。私は肩をすくめて、その続きとなる聖句をそらんじた。何も別に己が身のことを言ったわけではないと、申し開きをするように。
聖堂の真正面に白い姿が架けられた。みなは一様に両の手を組む。
「互いに許し合いなさい」
「神は罪を許してくださる」
「神と隣人を愛せよ」
みなのその声が囁き合う。
閉めきった聖堂内、自分たちの胸の内。その中で、幾重にも幾重にも響かせるように。
聖堂の白い明かりが落とされる。
今日も今日という日が終わる。いや、もうとっくに今日という日は終わっていたか。そうして訪れた今日も生きるより他ない。
それが我々の運命であり天命なのだから。
明かりの落ちた暗い中。私は再び一人口を開いた。
それを以て私は我々へと戻る。
「アーメン」
[ This is Endless… ]
お題:死や自殺の関わらない暗い話・グロ描写を含む話
追記:前回の「Think Tank Sink」との連作となっています