Think Tank Sink
[ショートショート] [ダーク] [ファンタジー度☆☆☆]
チク、タク、チク。時計の針の進む音。それに今は知らないふりをして。
「お疲れさまでしたー! 乾杯!」
ぼくらは杯を掲げて交わしあった。
無機質な白い蛍光灯が同じく白い壁と白い床を照らす、いつもは静かな研究室に、あっけらかんとした声が響きわたる。
研究室のメンバー十三人。揃い踏みでの打ち上げ大宴会。ひとつの長細い机にみな揃って掛ける。今日は無礼講だ。
ぼくらは手に手にプラコップを持ち、互いに酒を注ぎ合っては飲み干し、自分で自分に酌をしては飲み干しする。
喉を滑って流れ込み、全身を駆け巡っていく酔いに、この身を任せて浸る。脳にフィルターをかけていくかのように、冴えていくのだか呆けていくのだか。その怠惰な解放感が、今は何よりも心地良い。
“救い主の涙”に“聖母の乳”。そんな大層な名前のついた安価な酒の空き瓶が、時間が経つにつれてゴロゴロと、そこいら中に転がっていった。
それらを避け、避けきれずに足を取られて転げながら、閉じた部屋の中、長細い研究机を軸に、行きつ戻りつ、酔歩しているぼくら。
ふと窓の外に目を向けて見れば、そこからの景色はぐにゃりと曲がって。それは決して、酒による酔いのせいではない。
天を掴まんと手を伸べるビル郡だったもの。今では崩れ去った瓦礫の山。それを見下ろすように高く高く首をもたげる、未だ膨れ上がり続ける黒い雲。
未だ赤くぼんやりと光を放つ、燃えて溶けて焦げて固まった地面。かろうじて僅か残り、そこから突き出すように伸べられた手。それは天を求めたように。
分厚い特殊強化ガラスが幾重にもはめられた窓。それがカンバス。一面いっぱいいっぱいにぶちまけるように、塗りたくるように描かれている。それはぼくらが逃れた運命。あるいは、ぼくら自身の天命。
この光景を「美しい」とのたまおうか。“頽廃的な美”って、こういうもののことを言うんだろう? そう思いたい、思わせてくれ。
手にしたプラカップから酒をあおる。勢い余って口から零れることももはや厭わない。次の酒をカップに注ぐ暇も手間も惜しく、そこいらの瓶を掴んで直に喉に注ぐ。震える手。酒だ。酒が足りない。
ぼくらの敗北。それを、どうか、あっけらかんと笑わせておくれよ。
世界の恒久的平和の存続を目的としたシンクタンク。ぼくら十三人の研究メンバー。今日はもう、無礼講なんだ。
“平等なる幸福”構想に“無尽の完全食”計画。そんな大層な名前のついた今見てみれば安っぽい空論が、ゴロゴロと机の上に転がっていて。
滅亡を避け、避けきれずに足を取られて転げながら、閉じた部屋の中、滅亡と存続を軸に、行きつ戻りつ、酔歩していたぼくら。
窓の外はとうに暗い。
時計の針がもう午前零時を指すからだ。
終末時計の針が。
シンク、タンク、シンク。この世界の終わる音。それに今は知らないふりをして。
「お疲れさまでしたー! 乾杯!」
ぼくらは杯を掲げて交わしあった。
[The End]
お題:文字書きワードパレット・「考えたくもない終末観:知らないふり、頽廃的な、酔歩している」
追記:6/10は“時の記念日”