秘めたる花は胸に
[ショートショート] [ミディアム] [ファンタジー度☆☆☆]
パーティ会場で給仕から差し出されたグラスをすいと持ち上げて、私は貴婦人当主としての完璧な笑みを浮かべた。
「さぁお集まりの皆さま方! 我がロマーニ家とモンテ商会が、この先共に輝かしい道を歩むこととなった今日という喜ばしい日に、乾杯!」
会場は華やかにさんざめいている。その光景を前に、私は昔のことを思い出していた。手にしたカクテル・ミモザのグラスを傾けて。
“彼女”と出会ったのは、学園での舞踏会。あの子供時代の数年間だけは、ロマーニ家とジュリエッティ家、生まれが商売敵同士の私たちが一緒にいられた。
転がるように過ぎた日々。それこそ、ミモザの小さな花が風に吹かれていくように。
賑やかなパーティ会場の只中。ほんの少しまぶたを閉じれば、今もその屈託のない笑顔が浮かんできて、彼女のクスクス笑いが耳元によみがえる。
おかしいわよね。こんなひと口ふた口くらいで、酔いなんてしないのに。……もう彼女には、会えやしないのに。
彼女は、家の仕事は継がずどこかにお嫁に行ったと風の噂で聞いた。モンテ商会を味方につけられず、衰退の道を辿りはじめたジュリエッティ家の計らいで。
私は手にしたグラスの中身をクッと飲み干した。特産品のオレンジと貿易品のシャンパンを合わせた「この世で最も贅沢なオレンジジュース」を。
……学園の舞踏会で供された、カクテルを模してフルートグラスに入れたオレンジジュースの方が、ずっと甘くて贅沢だったわ。パーティ会場の隅でひっそりと、彼女と私二人だけで乾杯をした、あのグラスの中の飲み物の方が。
飲み干したグラスを給仕に渡して、私は長い息を一つつく。そうして顔を上げ息を軽く吸うと、貴婦人の笑みを浮かべて、会場にひしめく人々の輪の中へと戻っていった。
胸の中に、あの転がるようなクスクス笑いを、いつまでもいつまでも秘めて。
お題:文字書きワードパレット・「ミモザ:転がる、クスクス、まぶた」