カエルも王子様
[短編] [ライト] [ファンタジー度★★★]
あるところに、一匹の悩める青年カエルがおりました。森の中、池のほとりを、とぼとぼぴょんぴょん、ため息つきつき跳ねていきます。
そこに、友達のツバメが訪ねてきました。
「やぁ、カエルくん。まだ元気が出ないのかい?」
「やぁ、ツバメくん。しばらくぶりだね」
カエルはその飛び出た目をひょいと上げて言いました。そうしてまた、ため息をついて続けます。
「君がいてくれて良かったよ。そうでないと、今頃ぼくは、無神経な井戸ガエルになっていたところだ」
ああ……とツバメはそう口にして、空をぐるりと回ってカエルのすぐ横に降り立ちました。
「あれは、行き違いだとか勘違いだとか、いろんな不幸が重なったのさ。君も、それに君の父さんガエルだって、悪いことをしようと思って行動したわけじゃない。そうだろう?」
うつむく友達の横顔を見ながら、ツバメは続けます。
「あの小さなおひいさまは元気だよ。この前、用事がてら訪ねてみたんだ。お腹に赤ちゃんがいるんだって。男の子だそうだよ。花の国の王子様だな」
「それは、良かった」と、カエルはまたまたため息を。その中には心からの喜びと安堵の気持ちと、でもやはりどこか深い悲しみがあったのです。
少し前、父さんガエルが、花から生まれた女の子を「息子のお嫁さんにしよう」と連れて来たことがありました。でもその時、父さんガエルはその子の気持ちを全く聞かずに話を進めてしまっていたのです。そのおやゆび姫と呼ばれた女の子はその後ほうぼうを旅して、最後にはツバメの背に乗って花の国に旅立ち、その国の王様と結婚したのでした。
カエルは池を眺めて、再び口を開きました。
「そう言えば。となり池のカエル、悪い魔法使いに魔法をかけられた王子様だったんだって。ついこの前、魔法を解いてくれたおひいさまとお城で結婚式を挙げたそうだよ」
「その話は、ぼくも知っている」
ツバメは合点がいったように言いました。
「人づてに聞いたんだ。最近友達になったとなり街の王子様がその式の様子を、となり街の広場からサファイアの瞳で見たんだって言っていたよ」
カエルはぽつりぽつりと話しはじめます。
「めでたいことだよね。みんなみんな。そう分かってはいるんだ。……でも、ぼくの心は重い泥のように沈んでいる。いいや、もしかするとぼくの心は、悪い泥のように汚れているのかもしれない。だって……」
そこて言いよどみ、カエルは深くうなだれました。そのすっかりしょげかえった様子を見てツバメは、はたとあることを思いつきました。
「そうだ。森の魔法使いさんのところへ行ってみようよ。君の気が晴れるような何かが、あるかもしれない」
ツバメの背に乗って、カエルは森の魔法使いの家までひとっ飛び。
大木の根元にある扉は、ツバメとカエルが地面に降りたのと同時に、内側からスッと開きました。それはまるで、二人が来ることをはじめから分かっていたかのようでした。
「ちょうど錬成できたところだよ。さぁ、これを持っていきなさい」
そう言って魔法使いは腰をかがめて膝を曲げ、その手に持っていたものをカエルに手渡しました。緑のツタがぐるぐると巻きついた木のスプーンです。
「魔法使いさん、これは?」
「これは魔法のスプーン。たくさんの「幸せ」をすくい取ることができるお守りさ」
そうして魔法使いは、節をつけて歌うように言いました。
「スプーン、スプーン。魔法のスプーン。幸せすくう、不思議なスプーン!」
魔法使いはふふふっと微笑みを浮かべました。金の髪が、さらさらと森の風に揺れています。魔法使いは不思議な人でしたが、これまでに嘘をついたりなんてしたことはありません。それはカエルもツバメも森のみんなも、よぉく知っていることでした。
カエルは魔法のスプーンを口にくわえて持ちました。カエルが受け取ったのを見届けてツバメが言います。
「これで何か良いことが訪れると良いね。じゃあぼくはこれで。となり街の王子様のお手伝いを、もう少しこなしてくるよ」
そうしてツバメは飛び去って行きました。
「うーん、じゃあぼくは、どこへ行こうか」
そう考えてカエルは、はたとひらめきました。スプーンで思い出したところがあるのです。
スプーン、スプーン。魔法のスプーン。幸せすくう、不思議なスプーン。
ああどうかこのぼくに、幸せを運んできておくれ!
ツタのぐるぐると巻きついた木のスプーンをくわえたカエルは、森の中、とある家の扉をノックしました。
ここはクマの親子の家。いつも楽しそうに笑い合う声が聞こえてきて、そうしていつも、この家のぼうやの大好物、森のキノコの絶品シチューの良い香りのする湯気が、えんとつからぷかぷかと漂ってきているのです。
でもこの日は、いつもと様子が違っていました。カエルの目の前で内側から扉が開かれると、家の中から「うわーん!」と、ぼうやの泣き声が聞こえてきました。
「おお、カエルくんか。いらっしゃい」
扉を開けた父さんグマは、地面のカエルに目を向けてすまなそうに言いました。
「遊びに来てくれて嬉しいよ。ゆっくりしていってね……と言いたいところだけど、今ちょっと、困ったことになっていてね」
「どうしたんですか?」
泣きじゃくるクマのぼうやの声と、それをなだめてあやす母さんグマの声を聞きながら、カエルはおずおずと訊ねます。
「留守にしているところに誰かが忍び込んで、家をめちゃくちゃにして行ってしまったんだ。三匹で作った椅子も町で買ったふかふかの布団も壊れてしまって、せっかくのシチューもひっくり返されて、ひどいものさ」
父さんグマは悲しそうに続けます。
「だから悪いね、何もお構いできなくて。直ったらまた遊びにおいで。ぼうやもきっと喜ぶ。……まずは修理のためのおあしを集めないとだから、いつになるかは分からないけれど……」
「そうですか……」
それを聞いてカエルはうなだれることしかできませんでした。
帰り際、父さんグマがカエルに向かって一言、思い出したように声をかけてくれました。
「そのスプーン、とても素敵なスプーンだね」
スプーン。スプーン。魔法のスプーン。幸せすくう、不思議なスプーン。
……本当にこれで、幸せになれるんだろうか?
ツタのぐるぐると巻きついた木のスプーンをくわえたカエルは、森の中をあてもなく跳ねて行きます。
その時。「助けて、助けて!」と、どこかからか声が聞こえてきました。声のする方へ急いで跳ねて行くと、その先には水の枯れて古ぼけた井戸が一つ。中から声が聞こえてきます。
「助けて、助けて!」
カエルはその井戸をそうっと覗いてみます。暗い暗い、底の見えない井戸でした。一度落ちてしまったら、青年カエルでもとうていよじ登っては来られないでしょう。
カエルの胸はドッドッと鳴りました。
(助けたい、でも、どうやって……?)
真っ黒なほどまでに暗い井戸とは裏腹に、カエルの頭の中は真っ白になりました。
(どうしよう、どうしよう……)
思わずゴクリとつばを飲み込みます。ですがその時、カエルは自分が魔法のスプーンを口にくわえて持っていることを思い出しました。スプーンを手に持ち替え、しげしげと眺めます。スプーンの長さも、巻き付いているツタの長さも、井戸の底には届きそうもありません。カエルは頭をひねりにひねります。
そうして。意を決して、井戸の底に向かって声を張りました。
「……キミ、水は平気かい? 泳げる?」
「大丈夫、泳げます! 大丈夫です!」
カエルはよし、とうなずきました。
「待ってて! 時間はかかるかもしれないけれど、必ず……!」
そう告げるとカエルはスプーンを口にくわえ、大きく跳ねて駆け出しました。ここから行った先に、こんこんと湧く泉があるのです。
スプーン、スプーン、魔法のスプーン、幸せすくう、不思議なスプーン!
急げ急げ、助けなくっちゃ!
泉に辿り着き、カエルはゆらゆらと静かに揺れる水面にツタの巻きついた木のスプーンを差し込みました。水をすくって井戸まで運び、水位を上げて中の誰かを助けようと考えたのです。
しかし、勢い余ってカエルはスプーンを取り落としてしまいました。スプーンはみるみるうちに、泉の底へと沈んでいきます。
スプーン、スプーン! 魔法のスプーン! 幸せすくう、不思議なスプーン!
ああ、待ってくれ、ぼくのスプーン!
カエルが後を追って泉に飛び込もうとしたその時。泉の中から女神様が現れました。その女神様は不思議とどこか、あの森の魔法使いとおもざしが似ているようでした。
「あなたが落としたのは、この純金でできたスプーンですか? それとも、この繊細な銀細工のスプーンですか?」
女神様はその両の手に持ったピカピカと輝く小さなスプーンを、それぞれカエルの目の前に差し出して言いました。カエルはびっくりして答えます。
「いいえ、いいえ! 違います。木のスプーン、緑のツタがぐるぐると巻きついた木のスプーンです!」
そう言った後でカエルはハッとしました。有名な木こりの伝説を思い出したのです。
「ああ、でも、女神様! ぼくにはその木のスプーンこそが必要なのです! 金も銀もいらないのです。それではとっても間に合わなくて。あの木のスプーンで水をすくって、誰かを助けてあげなければならないのです!」
それを聞いて女神さまはふふふっと微笑みを浮かべました。金の髪が、さらさらと森の風に揺れています。そうして女神様は腰をかがめて膝を曲げ、地面のカエルに木のスプーンを渡しました。
スプーンに水をすくって一目散に駆け出すカエル。
魔法のスプーンはカエルが跳ねても中から水が零れることはありませんでしたが、それでも一さじ分ではとうてい足りるものではありません。カエルは何度も何度も、井戸と泉を往復しました。日が転がるようにどんどんと沈んでいきます。
スプーン、スプーン。魔法のスプーン。幸せすくう、不思議なスプーン。
カエルは必死でした。幸せになるだとか、なれないだとか、そういったことはもう頭には浮かんで来ませんでした。
くたくたにくたびれた体に「なにくそ」とむち打ち、カエルは歯を食いしばって走ります。
「カエルくん、ここにいたんだね!」
どこかからか話を聞いたのでしょう。ツバメと三匹の親子グマが、カエルのもとに駆けつけてくれました。三匹のクマは鍋やお皿やカップを、ツバメはカエルの体を、それぞれ持って水を井戸まで運びます。
そうしてとうとう井戸に水が溜まり、その中から、一匹のカエルのお嬢さんが跳び出してきました。
「ありがとう、親切なみなさん、ありがとう! わたしったら、引っ越してきたばかりでワクワクして探険していたら、勢い余って井戸に落っこちてしまって! 見つけてもらえて、本当に良かったわ!」
皆は手を打って喜び合います。
「良かった、良かった!」
「ようこそ、ぼくらの森へ!」
その中で、おてんばなお嬢さんガエルはふと思い出したように言いました。
「この井戸、いつから枯れているのかしら? 底に何か大きなものが埋まっていて、それが水を塞いでしまっているようでしたけれど……」
それを聞いて、カエルはスプーンをくわえてぴょんと井戸の中に飛び込みました。水の中ならば、もう怖くはありません。井戸の底でお嬢さんの言っていたものを見つけると、スプーンのツタを引き伸ばしてそれに巻きつけました。はじめにカエルが予想した通り、ツタの長さは上まで行くには足りませんでしたが、今はみんなの手があります。
「井戸を元に戻そう。みんな、引っ張ってくれ!」
青年カエルがツタとスプーンを引っ張って。お嬢さんガエルが青年カエルを引っ張って。ツバメがお嬢さんガエルを引っ張って。三匹のクマがツバメを引っ張って。うんとこしょ、どっこいしょ。そうしてとうとう、埋まっていたものは抜けました。
ドスンと重い音をたてて地面に落ちたのは、古びた、しかしとても頑丈そうな木の箱でした。その後ろで、井戸から水が噴水のように湧き出ます。伸ばしたツタは再びぐるぐると、木のスプーンに巻きついて戻っていきました。
「何の箱なんだろう?」
その古びた箱のふたを開けてみると、その中にはまばゆいばかりの金銀財宝と、不思議なことに、先ほど女神様が青年カエルに見せた金のスプーンと銀のスプーンが入っていました。
「これは、カエルくんのお手柄だよ」
みんなはそう口々に言います。拍手に包まれて青年カエルは、開いた蓋の上にぴょんと飛び乗り、みんなの顔をぐるりと見回して言いました。
「金のスプーンは、ツバメくんへ。銀のスプーンは、生まれてくるおやゆび姫の赤ちゃんへ。……ツバメくん、届けてもらえるかな? そうして金銀財宝は、三匹のクマのみなさんへ」
みんなは驚きました。その驚いた顔に向かって、カエルは言います。
「ツバメくん、そのとなり街の王子様にも、ぜひよろしく伝えておくれ。そして、銀のスプーンを持った赤ちゃんは幸せになれるんだって。そしてクマのみなさん、これを使ってもっともっと素敵なお家にしてください!」
みんなはたいそう喜んでお礼を言います。その中で、みんなは青年カエルに訊ねました。
「それじゃあ、カエルくんは?」
カエルは宝箱からぴょんと飛び降り、地面にすっくと立って言いました。誇らしげに、口にくわえた木のスプーンを掲げて。
「ぼくには、この魔法のスプーンがあるから良いんだよ」
そこに、お嬢さんガエルが跳ねるように駆け寄ってきました。その頬は、駆けてきたせいなのでしょうか、こころなしかポッと赤く染まっているようでした。
「親切で優しいカエルさん、良かったらわたしと、お友達になってくれませんか?」
カエルは思わずスプーンを取り落としかけました。それをお嬢さんの小さな手が支えました。緑のツタがぐるぐると巻きついた木のスプーンを。
スプーン、スプーン。魔法のスプーン。幸せすくう、不思議なスプーン。
そうしてカエルはいつしか、誰かの王子様になりましたとさ。
めでたしめでたし。
お題:指定の「魔法のお守り」をテーマにした短編(ノベルアップ+企画)
お守り・「魔法のスプーン ~森の魔法使いが錬成した不思議なデザインのスプーン。シチューを食べるのには使えませんが、たくさんの「幸せ」をすくい取るといわれています~」