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マホウオトメRPGオンライン ~このサービスは終了しましたこのサービスは終了しま~ 〈下〉

[短編] [ダーク] [ファンタジー度★☆☆]

※3分割して投稿しています。こちらは「上・中・下」のうちの「下」です。

 暗い部屋。ログイン表示と通知音。ここ最近で見慣れてきた己のアバター以外の名の文字列。

「やっぱり、今日も来るよな……」

 青年はそう独り言ちた。それをチャットには打ち込まなかった。


「マホウオトメオンラインⅣ」が出る。そのニュースは当然と言えば当然、青年の耳にも届いていた(正確には目に入っていた、か)。


 またあの島に行きたいという要望に応えて、赤い髪、青い髪の二つのアバターは再びドラゴンの背に乗って空へ。またしても長い時間がかかる。だがその間どちらもチャットメッセージは新たに送らないままで、とうとう空に浮かぶ水の島まで辿り着いた。


 きらめく水しぶき。架かる大小の虹。足下にたゆたい、あまねく地上へと降り注ぐ水。水上を歩くサウンド・エフェクトを響かせて二つのアバターは差し向かう。メッセージの通知音。


――Ⅳ、出るんだってね――

――ああ、はい! 楽しみですね!――


「やっぱり、そう思うよな……」

 チャットに打ち込まない言葉を一つ暗闇で漏らして、青年はその指をキーボードにかけた。


 赤い髪のアバター〝ナツキ〟。画面内で彼は、その背に差した大剣を抜くモーションをする。この動きに特に意味はない。ただ、しまっていた武器を相手の目の前で抜く動作は「マホトメ」オンライン上で他のプレイヤーとの戦闘を誘発する行動――煽り――の意味を持っていた。

 その裏で青年が発動させる、あるプログラム。ゲーム自体とは別の場所。外側からの介入。あの日初めて〝フユキ〟がこの世界を訪れた時に押そうと思って止めた、強制退場のボタン。




 青年が「マホトメオンラインⅣ」の情報を見て初めに浮かんだのは、またオレ〝ナツキ〟を置いていったという怒りではなく、ここまで自分に付いてきたあいつ〝フユキ〟のことだった。

 どう言ったものだろうか。「自分に懐いてきている」、「自分に対する尊敬が高まっている」。もしくは、それ以上の、言い知れぬ、むず痒い……。そういう何かを、画面越しに青年は感じるようになってきた。それはただの自惚れではない、と思う。PC画面に向かう際に腰掛ける自慢のゲーミングチェア。最高のもののはずなのに、近頃はどうにもすわりが悪く感じられた。


(このままじゃあ、良くないよな。こんな、こんなオレなんかに憧れさせるなんて。)

 暗い部屋の中で埋もれていた正義感が偶然か必然か、息を吹き返し青年の胸に芽生えていた。




(もうこれ以上、ここに居させてはいけない。このマホトメバカは、もっとちゃんとマホトメ世界をまっとうに楽しむ方が良いんだ。このままでは、あまりにも、可哀想で……!)

 もうすぐ強制退場プログラムの実行が終了する。それはわずかな間しか要さない。その間で何かを(例えば挙動のおかしさなどを)察したのだろうか。アバター〝フユキ〟が、アバター〝ナツキ〟、こちら側に向かって手を伸ばすモーションをした。


 大剣を抜き払った男に、飛び込むように手を伸ばす男。水しぶきの舞い散る、天高い島の上。青い髪が揺れる。赤い瞳がこちらを見る。そして「ピロンッ」と通知音が鳴った。


――セキガハラ フユキ さんが オケハザマ ナツキ さんに ■――

 しかしそれが完全に表示される前に。


(じゃあな、フユキクン)

――セキガハラ フユキ さんが ログアウトしました――


 拍子抜けする程軽い音とそっけのない文字列を残して〝セキガハラフユキ〟は消えた。この世界から永遠に。

 当然、二度と入って来られないように対策も打ってある。今この瞬間も、世界は書き変わっていっているのだ。


(……だから本当に、これでさよならなんだ。)


 ログアウト前に一瞬見えた、手を伸ばすアバターの動き。思い返して考えてみるとそれは、他のプレイヤーにアイテムを渡す時の動作だった。

 青年は持ち物画面を開く。エラー表示のものが一つ、そこにあった。たまに発生することがある、バグったアイテムだ。通信中に何らかの異常が起こると出てくることが多い。(まったくの余談だが、オフラインのマホトメ2作目は特にこのバグを利用した裏技が有名だった。)再読み込みをすると、そのアイテムは持ち物画面から消えてなくなった。念のため探査を走らせる。何も反応はない。これで、この青年の世界に〝フユキ〟がもたらしたものは何もなくなった。


 ここで青年は己の心臓がドッドッと激しく鳴っていることに気がついた。

(……何でもない、何でもない。これで、ただ元通りに戻るだけなんだから。)

 その妙な胸の高鳴りは、コンピュータ・バグを直した直後の緊張と高揚が押し寄せる感覚にどこか良く似ていた。

 その胸を叩く鼓動をなだめるようにパイプベッドに這い上がって体を丸める。そのまま青年はズルズルと眠りに落ちていった。






 エラー。エラー。未検出。404 not found。

 指の先が白くなる程強く、しかしふとした拍子に取り落としてしまいそうな程呆然と、男はスマートフォンをその手で握りしめていた。画面に向かって「待って!」と呼びかけるように宙に浮かせたもう片方の手はふるふると震える。その人差し指の示す先に映し出されるのは、色彩豊かな無限の広がりの世界ではなく、無機質な白い背景に黒い文字だけが浮かぶ画面。


(ああ、ああ……)

 再ログイン、あるいは再侵入を試みた。何度も、何度も。しかし。

(もう到底、届きはしないんだ……)

 男は呆然とエラー画面を閉じる。

 そしてその後、働かない頭を動かすというよりかは心の衝動に突き動かされるように、スマートフォンに入れた開発者向けの専用ソフトを起動させ、自機〝セキガハラフユキ〟のデータと行動ログを見た。途端、一切の表情が抜け落ちてしまった男の口端が、ほんの僅か持ち上げられたようだった。


(……最後に伸ばした手以外は。)


 男はソファの上に身を横たえた。手にしたスマートフォンを何かとても大切なもののように抱きかかえて体を丸める。そのまま男はズルズルと眠りに落ちていった。






 その日青年は夢を見た。昔の夢を。

(初めてゲームを買ってもらったあの頃。自分も次に出てくる新作を楽しみにしていたはずなのに。どうしてこうなってしまったのだろう。)




 その日男は夢を見た。昔の夢を。

(一作目での計画は止められた。それは果たして正しかった。あれからずっと磨き上げてきたデータ。これは正にこの時のために在ったのだ。)






 それから日々は淡々と。「マホウオトメオンラインⅣ」の発売日までのカウントダウンを刻みながら過ぎていった。広い部屋は散らかる一方で、狭い部屋にはタバコの煙がくゆる。




 最新作配信開始が一週間後に迫った、インタビューメインの記者会見日。男は某所のホテルに秘書ら数名を伴い向かった。今日男はスリーピースのグレースーツに身を包んでいる。……これが、床に投げ捨てられていない最後のスーツだった。

 設営されたステージに上がる前。男はおやと眉を上げた。記者席の中に見慣れない顔ぶれがいる。どうもタブロイド雑誌(――大衆向け、ともするとゴシップ系に強い――)の記者らしい。それも数社いるようだ。男は女性秘書にそのことについてそっと訊いてみた。

「お呼びしました。広く知られるのは良いことでしょう?」


 それから会見は進み、記者からの質疑応答の時間。真っ先に手を上げたのは、くだんの雑誌記者だった。その元に巻毛をゆらして女性社員がマイクを渡しに行く。

 ゲームの話題にもここまで積極的になってくれるものなのか。そう感心して男は記者に笑顔を向ける。


「ゲームの恋愛システム、ステキですねぇ~。ということで僕らぁ、イケメン社長の恋愛システムについても知りたいなぁ!」


 下品な声。ざわつく会場。男は面食らって、ステージ脇に立つ秘書に目をやった。次いで、記者にマイクを渡した社員に。どちらも、その場からピクリとも動かない。キッと真一文字に結ばれた口。ボルドーとピンク。

 そういえば、この頃はガラスコップに色が移ることがなくなった。

 遠く離れて高級マンションの最上階の一室。広いキッチンのシンクにぽたりと水滴が落ちる。それは壇上に立つグレースーツの男の背に一筋伝う汗のように冷たく。






 コンビニの雑誌コーナーで、タブロイド雑誌各社の表紙が嬉々として騒ぎ立てている。嫌でもそれは青年の目についた。


『現実世界でも恋愛ゲーム?』『イケメン社長ゲームオーバー!』『被害女性はセキララに語る』


 青年は眉をしかめ、肩をすくめる。

(呆れたもんだ。ガッカリだよ。こんなのが「マホトメ」の開発者だって。所詮は汚い大人なんだ。これじゃああんまりだ。ファンが、マホトメバカが、〝フユキ〟が、可哀想だろ……?)


 雑誌は手に取らず、ゼリー飲料を持ってレジに行き、タバコを注文してコンビニを後にする。帰った後は自分だけの「マホトメ」世界に閉じこもる。そのまま日は過ぎていく。


 カウントダウンは進む。リリース日に向かって。




 ふと青年が気がつくと、雑誌の表紙たちは別のゴシップネタで盛り上がるようになっていた。どこかホッと息をついて、ゼリー飲料を手にレジに向かう。

 そうしたのも束の間。雑誌コーナーのすぐ横。新聞コーナーに立つスーツ姿の二人の会話が、レジでタバコを出してもらうのを待つ青年の耳に飛び込んでくるように聞こえた。


「ヤバいよなこれ。よりによって開始日に、とかさぁ。返金対応してもらえるよな……?」

「ウチの子どもがめっちゃくちゃ楽しみにしてたんだけど、俺、これ伝えるの辛ぇよ……」


「「ソウゲンの社長逮捕。マホトメの配信停止」」


(何だって……?)

 青年はバッと振り向く。スーツの男たちがちょうどその場をどいて、新聞の見出しが見える。


『人気ゲーム会社社長、情報漏洩。――ネット詐欺にも関与の疑い――』


 青年は新聞をひっつかむようにして買い足し、走って帰る。走って、走って、走って……。そうして家、自分の部屋に辿り着く。内鍵をかけて久方振りに部屋の明かりを点けた。何もない床に新聞を広げて文字を追う。




「所持していたスマートフォンより判明」「深層ウェブにて違法に転用されたゲームデータの存在が明らかに」「この運用資金については他にも関与している者がいると見て警察は捜査を」


 青年は点けっぱなしにしていたPCの画面を見た。文字列のログ。


――セキガハラ フユキ さんが ログアウトしました――


 頭の理解が追いつく前に心が悲鳴を上げる。心臓がドッドッと激しく跳ねる。

 それと同時に、ドンドンと部屋の扉が激しく叩かれた。……親は、こんな叩き方をしない。


「警察だ。ここを開けなさい」

 その言葉を聞いて、青年は妙に冷静になった。

(……大丈夫。こんな時のために、オレはちゃんと準備を……)


「は、はいっ……って、わあっ?」

 そう情けない声を上げながら、机の上のスチール缶を引っくり返した。大量の吸殻と黒く濁った水がPCの上にぶちまけられる。缶は床に落ち、派手な音を立てて転がった。

「抵抗するな!」

「ちっ、違うんです、引っ掛かっちゃって……!」

 青年の声が震える。それは……、勝利を確信しての喜びからだった。


 PCはエラー音を吐きはじめた。画面が明滅する。

(これはただのエラーなんかじゃない。水をかけただけでデータがきれいに吹っ飛ぶわけなんてないだろう? だから俺は、これをトリガーに作動する破壊プログラムを仕込んでいたんだ。これで何も証拠は残らない。破壊される。創り上げた世界の何もかもが。どうだ、ざまあみろ!)

 勝ち誇って、だがそれが表に出ないように持ち上がる口端を懸命に下げて、青年は部屋の扉に、その外に、自ら足を進めて向かって行く。




 しかしその時。

『マホウオトメ☆RPG! オ~ンラインッ』


 可愛らしい女の子の声。それが部屋の中に鳴り響いた。


(なん……だと……?)

 バッと振り返る。

 PC画面には赤い髪のアバターが一人草原に立つ姿が映し出されていた。


 暗転。そしてまた画面が変わる。ブルースクリーン。レッドスクリーン。PCの死を表す青と赤。ブルー、レッド、ブルー、レッド、目まぐるしく変わり、そしてその間にも意味不明のそして意味を理解したくもない文字列が、コードが、こんこんと無限に湧いて溢れていく。






 警察署内。狭くて真っ白な部屋の中。刑事の視線の先で、男はつらつらと言葉を綴った。


「ボクは始め、世界の裏側に秘匿され最後に辿りつくものとして〝神〟を創ろうとしたんです」

「ですがそれは間違いでした。そのことは人に教えてもらった。とてもありがたいことでした」

「機械仕掛けの神なんてニセモノだ。〝神〟が現れるのをボクは待ちました。ずっと、ずっと」

「そうしてようやく巡り会えたのです。深い深い海の底で。そこに広がる見たことない世界で」

「ボクは〝神〟の似姿で〝神〟に拝謁した。髪の色、瞳の色、名前、すべて〝神〟に倣った」

「〝神〟はこのボクに、その手ずから創られた世界を、ご自身にてご案内くださったのです」

「素晴らしい世界。素晴らしい世界だった。このボクなどが到底たどり着けないような境地の」

「もし〝神〟が滅べば、その〝神〟が創りたもうた世界も滅ばなくては道理でありませんよね」

「しかし例え世界が滅びたとしても〝神〟の御威光その偉大なる業は皆が知らねばならない」

「ボクは〝神〟がその権能をいかんなく発揮でき得るように、その鍵を磨き続けてきたのです」

「崇高なる島にて、〝神〟は別れ際最後の最後にボクの手から鍵をお受け取りくださいました」

「別れを告げられた〝神〟のお考えは、このボクごときに理解の及ぶものではございませんね」

「もうお会いできることもないのですが、ボクは、ボクはこの思い出だけでもう満足なのです」


 刑事は渋い顔をして取調室を出た。

「どうでしたか?」

 そう問われて首を横に振る。

「……ありゃあダメだな。精神科医を呼んできた方が良い」

 苦々しげに溜め息を吐き、刑事はボソリとつぶやいた。

「……廃人だよ、あれは」






 青年はPC画面をただ呆然と眺めていた。

 ウィルス、ワーム、スパイウェア。トロイの木馬に、ランサムウェア。流出、流出、流出。

 それはまるで、天空のいと高き場所から地上へとあまねく降り注ぐ水のように。


 過重負荷。バツンと大きな音を立てて家のブレーカーが落ちた。部屋は再び暗闇に呑まれる。その中でPC画面だけが煌々と灯り、白い煙を上げていた。


「ピロンッ」

 通知音。

 そして。最期その文字列だけを映して、PCは永久に停止した。





――セキガハラ フユキ さんが ログインしました――






※3分割して投稿しています。こちらは「上・中・下」のうちの「下」です。



お題:同じ設定の登場人物を用意して、好きに書かせたときどれだけ違う話になるか。(年齢、舞台設定は任意。)


男A

名前:オケハザマ ナツキ

容姿:髪色赤(描写は任意)、瞳(青)、髪型任意、フツメン、169.8cm(自己紹介では盛る)

長所:読書家、整理整頓が得意。正義感がある。

短所:煙草を吸っている。犯罪を犯している。


男B

名前:セキガハラ フユキ

容姿:髪色青(描写は任意)、瞳(赤)、髪型任意、イケメン、178cm

長所:車が運転できる、調理が得意。

短所:ものを片付けられない(描写は任意)、精神に異常がある(狂信的)

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