恐怖・人食いゴミ箱
ある時、人食いゴミ箱は考えた。
そこらのゴミ箱にまぎれ、いきった人間どもを食いちぎる日々。人食いという所業はあるものの、薄暗い路地や部屋の片隅にひっそりとたたずむ自分は、はたしてモンスターとして正しき姿をしているだろうか。
どんな場所にもなじめるように、姿かたちは自由自在だ。ゆえにまったく気づかれずに人間を襲うことができる。日常にひそむモンスター、それが人食いゴミ箱。意識が芽生えてからというものまっとうな化け物として清く正しく人を襲ってきたのだが、ふと疑問をもってしまったのだ。
モンスターとして地味なのではないか、と。
例えば狼男やサメなどといった輩は、姿かたちが恐ろしく、ひと目見ただけで人間たちが慌てふためく。だが自分はゴミ箱。恐るるに足りない。そして日常に潜む脅威と名乗るには、いささかインパクトが足りない気がするのだ。意外性というのだろうか、例えば『人食い巨大トマト』とか『キラー避妊具』のほうがよっぽど華があるように感じる。
ふむ、ならばもっと存在感をだすべきか。
試しに体表にラメをまとわせてみた。薄暗い路地裏。薄汚れた灰色の大型ゴミ箱が月夜に照らされ、ところどころがきらりと光る。もちろんフタにも忘れない。いくらか存在感をました姿が誇らしかった。今までは完全に景色に同化することを念頭においていたが、新しいアプローチに興奮が隠せない。その日は気分よく酔っ払いの二人組をガブリとやった。
側からみると些細な変化だろうが、実際はものすごいスリルだ。「目立つ」と「潜む」のアンバランスな綱渡り。襲うその瞬間までの緊張感がたまらなかった。
ゴミ箱はいろいろ試した。時にシックに、時に大胆に。怪しまれる過程がたまらない。「……気のせいか」と油断したところをガブリもいいし、逃げ出したところをパクリもいい。モンスター冥利に尽きるというものだ。
気持ちのいい天気のある日、人喰いゴミ箱は大きなリボンを着けて細い路地にたたずんでいた。ツヤのある桃色が可愛らしく、ゴミ箱とは非常にミスマッチである。人目を引くためにやっているのでゴミ箱的には問題なかった。モンスターの定義から言えば少々可愛らしいが、まあよいのだろう。
たたた、とコンクリートの道を駆ける音が聞こえてきた。見ると学生服を着た男が慌てた様子で走っている。高校生だろうか。
「まずい、電車に間に合わない」
手に持っていたスマホで時間を確認したその時だった。視線をそちらにやったものだから、一瞬の前方不注意で彼は何かに盛大にぶつかってしまった。
「うわっ、すんません!……ってゴミ箱か」
少年は倒してしまったゴミ箱をもとに戻す。その時に目に入ったのはあまりにも場違いな大きいリボンだった。
「……まあいっか」
少年は再び駆け出す。その背中を見送るゴミ箱の視線には気付いていない。まさか自分が標的にされたとは思ってもいないだろう。
それからというもの、ゴミ箱はおりを見て少年の前に出現する。あの時と同じように桃色のリボンを身にまとって、駅や公園、家のリビングや寝室にまで姿を見せてやった。
しかし、その彼はまったく気にしなかった。
とんでもなく鈍感か、あるいは受け入れすぎなのである。
ゴミ箱は心底あきれた。こんなにもゴミ箱に興味がないことあるだろうか。そりゃあたくさんある家具のひとつとして特段目立つわけではないが、自分の部屋のなかに見知らぬピンク色のゴミ箱があるなら違和感くらい覚えるだろう。ふつうにゴミ入れてんじゃねえ、とゴミ箱は文句を言いたくなる。
ゴミ箱は決めた。
こうなったら何がなんでも興味を引いてやる。そして存在を認知させ、恐怖に落とし入れ、そのかわいい顔を驚愕に染めたところでガブリと頭から食ってやると。
◇
「転入生を紹介する。屑入レイ君だ」
人食いゴミ箱は女子高生に化け、あの男子校生が通う学校へ潜りこむことに成功した。
「屑入レイです。みんな、よろしくね」
この世界の主要都市をきままに転移していたゴミ箱だったが、しばらく腰を据えると決めたのは日本。モンスターの本場たるアメリカには及ばないものの、ここも活動の場としては悪くない。若い男女が集まる学校なら文句なしだ。
「学級委員長は本田だったか。屑入くんが学校に慣れるまで面倒を見てあげてくれよ」
ゴミ箱はしめたと思った。
あの狙っていた少年が学級委員長だったのだ。美少女に化けた自信はあり、髪にはトレードマークのピンクリボン。初邂逅の日につけていたアレだ。ここから仲良くなってめくるめく恐怖の日々を……と考えていたところに声がかけられた。
「屑入さんって言うのね! わたしは鮫田ミフカ。よろしくね」
そこには黒髪の美しい少女が立っていた。
にこりと笑った口元からは少し尖り気味の歯が見えるのがギャップをかもしていていい。
「本田くんに任せてたらちょっと不安だから、わたしもお手伝いするね」
ゴミ箱の目的は本田とかいう少年をガブリとやることなので他人の介入は不要どころか邪魔だ。相手の思惑はなんだろうとゴミ箱がいぶかしげに思っていると、視界の端にすっと人影が増える。
「鰐山クロコ。よろしく」
「大蛇……アナ……」
タイプのちがう美少女がふたり、名を名乗る。
刹那、ゴミ箱は全てを理解した。
(こいつら人食いモンスターだ。しかも超ド級の)
サメ、ワニ、大蛇。モンスター界の大御所中の大御所がなぜこうも一ヶ所にいる。しかもわざわざ人に化けて。
(まさか……)
気配を感じびくりと体がはねたと同時に、肩を両手でつかまれた。ミフカだ。彼女が近づき、耳元でひっそりと告げる。
「本田くんはぁ、わたしとナカヨクするの。最後のその一瞬までね。あんたみたいなZ級くそ雑魚モンスターはお呼びじゃないからぁ。あはっ」
やばいやられるまずいどうしよ。
圧倒的強者からの威圧にゴミ箱は体が小刻みに震え、背筋にひと筋の汗が流れる。しかしそれも一瞬のこと。
(ううん。絶対に、負けない)
瞳に強い意志を宿してみふかをにらみつけた。
これは人食いモンスターとしての矜持である。狙った相手を恐怖のどん底に叩きつけ、頭からガブリと食いちぎる。例え邪魔が入ろうとも、それが強大な力だったとしても、絶対に獲物を譲ることはしたくない。
「……やだ、こわぁい」
あざけるような笑みを隠そうともしないミフカ。背後では鰐山と大蛇もせせら笑っているようだ。
(本田くんは、わたしが食う)
ゴミ箱は静かに決意する。
人食いゴミ箱、改め、屑入レイによる恐怖の日々が、今ここから始まろうとしていた。




