7 聞き分けがいいっていいよね
「わかりません。あなたのことが、わからない」
俺は今城の最上階付近の大きな部屋で、可憐な一人の少女と向き合い対話している。
どうしてこういう状況になってしまったのか、今となってはいまいち思い出せない。
しかしそれでいいとも思っていた。
俺の目的はいつもひとつ。
それを達成することが最も大事で、過去のことを振り返ることは全く意味のないことだと感じているからだ。
「まぁわかって貰う必要もないんだけど。とにかく邪神がどこにいるかって情報だけ教えて貰えればそれでいいよ。ていうことでさっさと教えてくれないか。あ、これは最終通告というか最後の質問ってことで頼む。俺も暇じゃないんでね、変に粘られてもだるいだけだから」
結構な時間が経ってしまったようにも思うが、俺もいつまでもこんなよく分からない腐った場所に居座り続けたいとも思わない。この女と会話してやってるのだってただの俺の戯れに過ぎず、その気になればいつだって終わらせることもできる。そしてその時はもう迫っている。
かくして、少女の出す答えは……
「……邪神の情報というのでしたら、それはここアンガベレスタの大陸より北、ベナゲイ洋を挟んである大陸、スタッシルツの大陸のどこかにいるとされています。詳しい居場所は現場の攻略隊が一番よく知っておられるかと思いますが、私どもの知っている限りの情報ですと、これが限界です」
どこか観念したかのような表情で、女はぽつりぽつりと語りだした。
「ふーん、スタなんとか大陸か。地図みたいなのない? とりあえずそこに行ってみたいんだけど」
「地図、ですか。それぐらいでしたら資料保管庫のどこかにでもあるはずですが……」
「じゃあとりあえずそこまで案内してよ。君ならその場所がわかるんでしょ?」
「……わかりました。ただし」
少女は俺の方を強く睨んで口を開く。
「これ以上の殺戮はしないと、約束していただいた場合に限ります」
なるほど、全くもって心は折れていないらしい。
「わかったよ。そもそも俺の目的は闇雲に人を殺すことなんかじゃなくて邪神の情報を集めることだ。それが叶うというのであれば、余計なことをしてる暇なんてないってわけだからこれ以上は多分大丈夫だと思うよ」
「……こちらです」
そう言って女はよろよろと立ち上がり、ゆっくりと歩き始めた。
ふぅ、これでようやく邪神についての居場所を突き止めることができたな。
思えば長かったな。
多大な犠牲を払いながらも、ここまでなんとか辿り着くことができた。
やっぱり結局これが正解だったのかな? いや、もっといい方法もあったのかもしれないが、最終的に王城っぽい場所の保管庫に辿り着けたんだ。そこにある地図を入手できるってわけで、これはかなりベストなルートに行き着いてるんじゃないか? 今までの努力を鑑みれば、そうであると思いたいな。
「姫! 大丈夫ですか!?」
ひとまず女の後ろに続いて大きな階段を降りていくと、兵士っぽい男どもが五人ほど目の前に現れた。彼らは女を姫と呼んだ。ふーん、やっぱりかなりいいとこの身分だったようだな。こいつを生きさせといてやはり正解だったか、さすがは俺。本当にただの気まぐれだったんだけどな。気まぐれでここまで最高の結果を生み出すとは。
「ご、ご無事で何よりです姫」
「……あなた達は下がっておいて。他の者にも伝えなさい。今は決して事を荒立てないこと。私には一切構わないで欲しいということ、以上二点です」
「それはどういうご高察で……? ともかく状況確認を致します。姫は我々といち早く安全な場所にご避難を――」
「離れてッ!」
姫とやら呼ばれた女は突然叫んだ。
「ど、どうされました」
「私から離れるの! 一切近づかないでって言ったでしょ!? 早く離れて!」
姫はどこからか取り出した小型ナイフを自分の首筋に当てた。
「離れなければ、私は自害致します」
「ひ、姫、どうなされてっ……ッ!」
姫と呼ばれている女はナイフを自分の首筋に押し付けた。一筋の赤い液体が、ツーっと流れ落ちる。
「か、畏まりました! 分かりましたからどうかご狂乱なさらず! ああ、あぁ……」
ものすごく何か言いたそうな、悲痛そうな表情を浮かべる兵士たちだったが、流石にこの状況でとどまるわけにもいかないと思ったのか、おずおずとではあるが、この場から消え去っていった。最後の方まで女を心配する目線は絶えずにはいたが。ちなみに俺を訝しむ視線も終始向けられていたが、俺はそれを完全に無視していた。何か喋っても面倒くさいことになるだけな気がしたのと、流れはいい方向に向いているのだからこのままの状態が続くのが一番だという思いがあったからだ。
「……行きましょう」
冷静さを取り戻した女は静かにそう告げ、また歩き始めた。
いや、あるいは元から冷静だったのかもしれない。そう考えてしまうだけの心の強かさを、この女から感じていた。
その後も何人かの城の人間とバッティングしたが、少女は例の如く彼ら彼女らを寄せ付けなかった。少女はよほどの人望があるのか、城の人間は終始一貫して彼女を案じていたが、結局は少女を信じて身を引いていった。
「ここです」
そうして案内が開始されて十五分程度掛け、ようやく俺は保管庫とやらの前に到着していた。