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静香の事情

 幹線道路から一つ入った所に立つ一軒の倉庫。

 その中で一人の女性が1日の仕事を終え、着替えをしていた。

 彼女の名前は小豆畑静香。

 今日で約1ヶ月の短期バイトが終わる。


 静香は作業着のエプロンを丁寧に畳み、テーブルに置いた。

 大学に受かり、生まれて初めてアルバイトをした静香。

 どんな仕事が良いのか分からず、家庭教師をしていた将太に相談して、ここに決めた。


 仕事は衣類の検品とネームの付け替えと仕上げ。

 人見知りの静香では接客は大変だろうと将太のアドバイスに従ったのだが、結果は大成功だった。


 最初の頃、仕事に慣れない静香をパート達は親切に教えてくれ、嫌な気分になる事は一度も無かった。

 パート達から見て、静香は自分の子供に歳が近く、娘の様に感じたのだろう。

 素直で優しい静香の性格も、好かれた要因だった。


「よし」


 お世話になったパート達に挨拶を済ませ、最後は事務所で社長の佐藤優香に挨拶をする。

 特に優香は静香を可愛がってくれた。

 静香が優香の娘と同じ大学だというのが大きかったのは間違いない。


「はい小豆畑さん、ご苦労様」


「ありがとうございます」


 挨拶を終えた静香に優香は一通の封筒を手渡した。

 封筒に書かれた給与の文字と小豆畑静香の名前。

 本来給与は振り込みなのだが、優香の計らいで特別に現金支給だった。


「少しイロつけといたから」


「イロ?」


「ちょっとだけ足したの」


 意味が分からない静香に優香は小声で耳打ちをした、


「それってお金の事ですか?」


「そうよ」


「そんな頂けません」


 慌てて給与袋を優香に押し戻す。

 お世話になったパート達に対し、依怙贔屓されるのは静香の気持ちが許さなかった。


「静香ちゃん頑張ったからね、お姉さんのポケットマネーからサービスよ。

 大丈夫、みんなの了解は取ったから」


「...でも」


「良いから良いから、次は繁忙期じゃなく、長期でお願いね!

 静香ちゃんはみんなの娘だから」


 社長は少しおどけながら微笑んだ。


「...ありがとうございました」


「またお願いね!」


 胸に熱い物が込み上げる静香に、優香はウィンクで応えた。


「やっと先生に会える!」


 バイト先を出た静香は小走りでバス停に向かう。

 バイト代でプレゼントを買うつもりなのだ。

 そして告白を...そう考えていた、


「何を贈れば、将太先生は喜んでくれるかな?」


 頭に浮かぶのは大倉将太、前日まで二年間静香の家庭教師を務めてくれた。

 中学から女子高で男性に免疫の無かった静香。

 紹介してくれたのは従姉妹の小豆畑杏だった。


 『彼氏が家庭教師のバイトを探してるの、安くしとくから静香どう?』

 杏の言葉に静香の両親は困惑したが、将太が光輝大学生で相場の半額と聞くや飛び付いた。

 余り裕福では無い静香の家。

 公立大学生が半額で引き受けてくれるのだから当然だった。


「...アイツは遊びたいだけだった」


 吐き捨てる静香。

 杏は将太に黙って、遊ぶ時間を確保する為、静香の家庭教師を斡旋したのだ。

 その事に気づいたのは将太が家庭教師を始めて半年後の事だった。


『こっちも将太の面倒を見てくれて助かってるから』

 静香の成績が上り、お礼をする両親に対し、思わず杏が溢した一言。

 その頃には杏の雰囲気が、以前と変わって来ていた事に気づいていた。


 髪を染め、口からはタバコの臭い。

 将太はタバコを吸わないので、誰かの影響なのは明らかだった。

 しかし、静香は将太にその事を教え無かった。


 既に静香は将太を好きになっていたのだ。

 無理もない、外見だけで無く、内面も素晴らしい将太に静香の両親もすっかり気に入っていた。


「本当アイツ()って、バカよね」


 杏が将太と別れたと知った時、心の中で快哉を叫んだ。

 落ち込む将太を見るのは心が痛んだが、それ以上の喜びだった。

 直ぐ将太に告白したかった静香だが、それは両親に止められた。


『先ずは大学に受かってからだ』

 言われてみれば、その通り。

 成績が落ちれば、責任感の強い将太は静香の告白を断るだろう。


 必死で将太に家庭教師を続けて貰う様に頼んだ。


『行きたい大学があるんです』

 本当は明確な大学は決めていなかったが、もう後には退けない。

 目標を地元で一番と言われる敷島女子大に決めた。


 静香はモチベーションを上げる為、敷島女子大の近くにあるスポーツジムにも通い始めた。

 沢山の敷島の生徒と交流し、気合いを入れた。


「そうだ...倉田さんに相談しよう」


 静香の脳裏に一人の女性が浮かぶ。


 倉田美園。


 彼女とは特に気が合い、静香は沢山の話をした。

 美しく、理知的、優しい笑顔は静香の憧れ。

 今は彼氏が居ないと言っていたが、静香の恋の相談に嫌な顔一つせず、いつも親身に答えてくれていた。

 親の監視から逃げる為、地元を飛び出して来た従姉妹()とは、全てにおいて格が違う。


「もしもし、倉田さんですか?

 小豆畑静香です」


 バス停を降り、ラインをする事さえ、もどかしい静香は早速、美園に連絡を入れた。


『...良いわよ、私も貴女に聞きたい事があるの』


 いつもと違い、少し元気の無い美園。

 しかし、気持ちが昂っている静香は気づかない。

 近くのファミリーレストランで会う約束をした。


「倉田先輩!!」


「あ...小豆畑さん、先輩って?」


「だって、同じ敷島女子大ですよ」


「そうだったわね」


 テーブルに着くなり、静香の言葉に戸惑う美園。

 静香の合格は以前に聞いていた。

 だが美園は静香が思う程、親しい付き合いをしている気は無かった。


「実は相談が」


「例の家庭教師さん?」


「...はい、合格した記念に万年筆を貰ったんです。

 それでお返しに、アルバイトして...今日お給料出たんです。

 でも私...何を贈ったら良いか分からなくって」


 顔を赤らめ、静香がうつ向く。

 その様子に美園は確認をする事にした。


「その家庭教師さん、光輝大学生って言ったわね」


「はい、法学部の三年です」


「...そう」


 美園の様子が普段と違う事に漸く気づく。

 いつもの快活な笑顔は消え、何やら悩んでいる様に見えた。


「倉田さん?」


「ご...ごめんなさい、し...写真の画像ってある?」


「ありますけど」


「見ても?」


「良いですが、どうして?」


 静香には訳が分からない美園の態度。


「いえ...どんな物が欲しいタイプかなって」


「そんなの見て分かります?」


「多分...」


 しどろもどろの美園に、静香は小さく溜め息を吐く。


「ダメですよ、将太先生は私が告白するんですから」


「え?」


「冗談ですよ。

 はいどうぞ、この人が私の好きな大蔵将太先生です」



『興味本位から美園は聞いてるんだ』

 そう勘違いした静香が携帯からお気に入りの将太が写っている画像を美園に見せた。


「.....」


 完全に固まる美園。


「倉田さん?」


「はい」


「格好良いでしょ?」


「...そうね、とっても」


「でしょ?」


 好きな人を褒められ、嬉しくない筈も無い。

 静香はテンション高く、将太の素晴らしさを語り始める。

 美園はただ、黙って静香の話を聞いていた。


 結局、何を将太に贈れば良いか、美園から答えを聞けないまま終わった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いい感じでリアルですね。 (そこまで年取ってるわけじゃないですけど)若かりし頃の過ちと、時間おいてから再会したときのなんとも言えない感傷…。他人事であればモヤモヤできて気持ちいいです! …
[良い点] ほーん 現代恋愛してんじゃん [一言] 良いと思います!
[気になる点] まあ一回屑に靡いたのは主人公も幼馴染も一緒だからな…… [一言] 今のところ瑕疵のないのは静香くらいだが、さてどうなるのだろうか。
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