美園の事情
同じ大学に通う佐藤道香に誘われ、倉田美園は今日の合コンに参加した。
余り乗り気で無かった美園は、道香の強引な誘いに根負けしたのだ。
大学に入って以来、辛い恋を忘れる為、美園は何度か合コンに参加した。
168センチでスタイルも良く、やや童顔の美園は異性から人気で、毎回の様に連絡先を交換した
でもその関係は続かなかった。
交際へ発展する前に段々と連絡が減り、やがて途絶えてしまう。
考えてみれば当然の事、美園から連絡をした事が一度も無い。
『つまらない女』
ある男子学生から、人伝でそう言われたのは知っていた。
『フラれたからって美園を貶すなんて最低!』
道香は怒っていたが、実際そう思われても仕方ないと美園は分かっていた。
美園は既に恋愛を諦めてた。
このまま大学を卒業して、適当にお見合いするか、ずっと一人のままかと。
今日の合コンもいつもと同じ。
そう思っていた、さっきまでは...
「倉田さんは西洋史学専攻なんだ」
「ええ、昔から中世史に興味があって」
「すごいね」
「そうですか?」
乾杯を済ませた後、参加した8人は席をシャッフルし、男女交互に座り直した。
美園の隣に座った優作が積極的に話掛け、いつもの様に適当な返事をしながら相づちを打った。
「将太さんって、普段何してるんですか?」
「寝てるかな?」
「寝てる?」
「動いたら、お腹が空くから」
「何それ?」
気にしないつもりが、美園の興味は対面の将太に向く。
楽しそうに話す二人、いや何故か将太は二人の女子に挟まれ三人の会話になっていた。
「倉田さん」
「は...はい」
優作に呼ばれ、美園は慌てて視線を戻した。
「やっぱり気になる?」
「な...何がですか?」
「将太だよ、隠しても分かるよ」
「そんな事ありませんよ...」
場の空気を壊してはいけない事くらい分かっている。
だが、久しぶりに会った将太の姿に胸の疼きが止まらない。
美園は手元に置かれていたカクテルを一気に呷り、優作に笑顔を向けた。
「美味しい!」
「無理しないで」
「だけど」
場馴れしている優作は美園の態度に危うさを感じ、近くに置かれていた手づかずのコーラを美園の前に置く。
将太と美園の態度に単なる幼馴染みでは無いと感じ取っていた。
「...お客様」
「ありがとうございます」
個室の扉が開き、店員が優作を呼ぶ。
優作は素早く店員から料理の入ったタッパーを受け取り、頭を下げた。
「ほらよ将太」
「...サンキュ」
タッパーを将太に差し出す優作。
美園には悪いが、将太の役目は充分に果たしたと思っていた。
「えー帰るの?」
「すみません、ちょっと今日は用事が」
将太の両隣に座っていた女子達が不満そうに彼を見る。
ホッとしたような、名残り惜しいような、不思議な気持ちで美園は将太を見詰めた。
「...連絡先良い?」
「あ...はいどうぞ」
「私も!」
差し出された将太のスマホに群がる女子達。
みんなでは無いが、将太を狙っていたのだ。
「ならみんな一緒に!」
「そうだな、みんな一緒だ!!」
優作の言葉に男子達も立ち直る。
一斉に連絡先の交換が始まった。
「ほら美園も」
「私はいい」
「そんな事言わない」
「ちょっと...後で道香から教えて」
意地を張る場面では無いと思うが、美園はどうしてもそんな気になれない。
結局美園以外は全員、連絡先を交換した。
将太が帰り、合コンは再開される。
心配していた盛り下がりも無く、一時間後に無事合コンは終わった。
この後は意気投合した人達でカラオケに行く。
時刻は夜の八時、美園は帰る事に決めた。
頭の中は将太の事ばかり。
やっぱり連絡先を交換したら良かったと思うが、既に後の祭り。
高校時代に使っていた将太の連絡先は、既に消去した。
『後で後悔する事は無い』
そう決めた筈が、結局は後悔する事となった。
再び連絡を取ろうと、知り合いに教えて貰いたくとも勇気が出ない。
だから美園は諦めた...つもりだった。
「それじゃまたね!」
カラオケに行く仲間達を見送り、一人タクシー乗り場で手を振る。
美園が一人で住むマンションは、ここから電車で30分。
余り飲んで無い美園だったが、酒の臭いを気にし、タクシーで帰る事にした。
「倉田さん、連絡待ってるよ」
「は―い」
友人達が消えて行くのを確認した美園はタクシーに乗り込む。
運転手に自宅の住所を伝え、後部座席から外の風景を眺める。
「...カッコ良くなってたな」
頭に浮かぶのは将太の姿。
美園の記憶は16歳で止まっている。
普段着だった将太はきっと急遽参加したのだろう。
周りはみんなお洒落な格好をしていたが、逆に普段着の将太が目立っていた。
「え?」
信号待ちで停車したタクシーの窓から一人の歩行者が目に入る。
同じく信号待ちをしている男性。
さっきまでは一緒にいた彼の姿に美園は思わず叫んでいた。
「すみません、降ります!」
料金を払った美園は男性の後ろ姿に呟いた。
「...将太」
「美園...どうして?」
思わぬ再会に将太が固まる。
手には先程のタッパーが握られていた。
「それはこっちのセリフよ、なんで歩いてるの?」
二人っきりの再会、本当は気のきいた言葉を言いたい美園だが、恥ずかしさから素直になれない。
「節約だよ」
「節約?」
「金が勿体無い」
対する将太は先程と変わらぬ態度のまま。
いや、将太は昔と全く変わって無かった。
「お金...無いの?」
「まあな、色々あってさ」
「...少し時間良い?近くに夜もやってる喫茶店があるの」
勇気を振り絞り、美園は将太を喫茶店に誘う。
「いや用事が...」
「嘘はダメよ」
「な...なんで」
「長い付き合いでしょ?」
将太の嘘を吐く時の癖を忘れて無かった。
「...だな」
バツの悪そうな将太、頭を掻きながら喫茶店へと向かった。
「改めて、久しぶりだな」
「そうね、まさか将太が光輝大学に行ってたなんて」
「確かにそうだな、俺の高校からじゃ珍しいし」
「凄いわよ、頑張ったのね」
注文を済ませ、二人テーブル席に座る。
懐かしい空気、元恋人同士の穏やかな会話が始まった。
「美園だって凄いよ、敷島女子だし」
「まあね」
フンと胸を反らせる美園。
しかし偏差値では将太の通う大学とほぼ同レベル。
中学では偏差値が下だった将太は美園と違う高校になり、それが二人の別れと繋がって行った。
美園の転校は、最後のとどめだった。
「...ごめんね」
「どうしたんだ急に?」
突然美園は将太に謝った。
「転校してから、連絡しなくなった事よ」
「その事か...」
気まずい空気、将太は進んだ高校で新しい恋を見つけた。
美園の連絡が減って行った事は殆ど気にして無かった。
「将太と違う高校に入って、会う事が減ったでしょ?
いつも一緒だったから、最初は不安で」
「まあ、確かに」
それは将太も同じ事、だからといって美園だけが謝るのはおかしいと将太は思った。
「...私が転校した理由、知ってるよね」
「ああ、系列校に編入する為だろ?
特別進学コースに受かったからって」
突然美園が転校すると聞いた時、もう将太は小豆畑に夢中だった。
だが、付き合ってはいなかった。
交際を始めたのは翌年の事だった。
「...あれね、将太と別れる為だったの」
「それは...つまり?」
思わぬ美園の話に将太は息を飲む。
「一緒の高校に通う同級生に誘われて...」
「そっか」
一緒の同級生とは、おそらく男だと将太は察した。
美園も将太と同じく、新しい高校で新しい出会いをしていた。
「ごめんなさい!言い訳はしません!
でも、一緒に行った人とは直ぐ別れたの!
間違ってた、この人は違うって」
転校先では寮生活となった美園。
一緒に入った男性と交際を始めたが、間もなく男は本性を現した。
激しい束縛と嫉妬。
美園が他の男子生徒と話すだけでも、不機嫌になる。
毎夜のラインと電話、出ないと執拗に掛かって来たのだ。
極めつけは美園が処女で無い事への怒りだった。
交際前に美園は言っていたのにも関わらず、責め立てる。
疲れ果てた美園は半年で別れを告げた。
男は数ヶ月間付きまとい、美園は被害を学校に訴えた。
学校は事態を重く見ると、男を元の高校へと送り返した。
その後は分からない。
男は元の高校に戻らず、遠くの高校に転校したとだけしか。
「最低よね私...」
一通りの話を聞いた将太は、穏やかな顔で美園を見た。
「俺だって同じさ」
「将太が?」
「ああ、俺も恋人を作ったから」
「まさか...」
将太の言葉に美園は驚きを隠せない。
「俺も同じ高校の人だった。
美園を忘れて、必死だったよ。
だから美園を責められないさ」
「...だけど」
お互い新しい恋人を作っていた。
その事実に美園は少し心が軽くなるのを感じていた。
「その人とは今も?」
「いいや、一年前にフラれたよ。
好きな人が出来たって、間抜けな話さ。
杏を追い掛けて、この大学に入ったのに」
「杏って言うんだ」
「忘れてくれ」
思わず言ってしまった元カノの名前。
将太の様子にまだ諦め切れない別れた彼女への未練を美園は感じた。
「ねえ将太」
「なんだ?」
「また幼馴染みからやり直さない?」
「それって?」
美園は思い出していた。
ずっと好きだった将太への気持ちを。
「言葉のまんまよ、直ぐにどうこう何て言わない。
取り敢えず友達から」
「分かった」
改めて携帯を取り出し、連絡先を交換した。
「あれ?」
「どうした?」
将太の携帯に映る画像に美園の顔が曇る。
「ああ、家庭教師をしていた子だよ、間違ってよくフォルダー開けちゃうみたいなんだ」
「へえ、可愛い子じゃない」
笑顔で映る一人の女の子。
嫉妬に似た気持ちに画面を良く見ないまま、携帯を返した。
「そう言えば、静香も敷島女子大だったな」
「静香?」
「その子の名前だよ、小豆畑静香。
美園の後輩だな」
「...嘘」
改めて携帯を見つめる美園は息を飲む。
「どうした?」
再び将太の携帯を手にする。
画面の女の子に目を凝らす、間違いない。
美園は確信した。
「私...この子知ってる」
「へえ偶然だな」
能天気な将太と対照的な美園。
静香は美園の通う大学近くにあるスポーツジムの友人。
歳の近い静香はよく美園に話していた。
『...私、家庭教師の先生が好きなんです。
敷島大学に合格したら、いつか絶対告白します』
『頑張ってね!』
静香との会話を思い出す。
今度は美園の背中に汗が滲んだ。