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ハルカヒビク  作者: 将野ササ
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またね



 私は呆然と橘遥の顔を眺めていた。少し丸い顔、笑うとできる目尻の皺とエクボ、大きな瞳。その全てが目に焼き付いて、私に浸透していくような感覚を覚えた。

 私は感動すらしていた。

「境さん? どうしたの?」

 ハッとする。どれくらい彼女を見つめていたのだろう。おかしなヤツだと思われてしまう。何か言わなくては…。

「…女の子一人じゃ危ないよ」

 またやってしまった。私はつくづく会話の下手な自分を呪った。ただこれは本心から出た発言だった。こんなに可愛い子が夜中に一人で出歩くのは危険だと本気で思った。

「ふふ、境さんも女の子でしょう?」

「私は…慣れてるし…それに…可愛くもないから」

 私は馬鹿だ。なんの脈絡もない。それにこれじゃあ遠回しに橘遥が可愛いと言っている様な物じゃないか。それに気がついて鼓動がさらに速くなる。

「ふふ、何それ。私はそんなことないと思うけど。それに私には番犬がいるから」

 橘遥は気付いているのかいないのか、私の遠回しの可愛い発言に触れることなくそう言った。何故だか少し残念な気持ちになる。

「そっか…」

 次の言葉を捻り出そうと苦心したが、少しの沈黙が私たちを包んだ。

「…それじゃ、遅くなっちゃうから。またね」

「あ、うん。じゃあ」

 気まずい気持ちにさせてしまったのだろうか…そう思うとそれしか言葉は出てこなかった。

 橘遥は笑顔で軽く手を振ると白い犬と共に去って行く。

「またね…か」

 風もなく、虫の音しか聴こえない静かな夜だったが、私の胸に吹いた風だけは音が聞こえそうなほど渦巻いていた。







学校での生活は相変わらずだ。浮かず目立たず日々をやり過ごす。ただそれでも困ることは多少ある。昼食の時間。どこのグループにも属していない私はどこへ行ったら良いか未だに定まっていない。別に嫌われてはいない…と思うので、どこかのグループに自然と混じって食事することもままある。ただ「混ぜてー」などとは決して言わない。うざがられる危険性は常に学校生活に置いて考慮すべき問題である。

そういう、どこのグループにも混ざれなかった時は保健室に行くのが大概だ。昼食の時間、生徒はあまり来ないし、保険の先生である谷さんは度々やって来る私を邪険にしたりはしない。

私は彼女のことを谷先生ではなく谷さんと呼んでいる。

「何よ、なんかあったの??」

 そう谷さんに聞かれて初めて私はお弁当にも碌に手を付けずボーッとしていることに気が付いた。

「えっ…なんで?」

「いや、なんか、心ここにあらず! って感じだったから」

 谷さんは笑っていたずらっぽく言う。谷さんとは気兼ねなく喋れる。それこそクラスメイトよりも。そうさせるのは先生という職業からなのか、はたまた谷さんという大人の女性の成せる技なのか私には分からない。だが保健室で谷さんと喋っているこの時間は、私はいつもより落ち着いていると思う。本当は毎日ここで二人で昼食を取りたいのだが、あまり保健室ばかり来ていると、それだけで浮きかねないと思い、我慢している。

「別に…なにも」

「ふ〜ん、あそう」

 谷さんはつまらなさげな顔を隠すことなくつまらなさそうに言った。谷さんは小さな牛乳パックから牛乳をストローでチューっと吸うと、顔を私に近づけた。

「恋か!?」

「っ!」

私は突然の谷さんの発言にむせてしまう。

「っ! んなわけないじゃん! もう!」

「はっはっは、そうかそうか。はっはっは」

 谷さんは何故だか満足げに笑っている。

「違うってば!」

「分かった分かった! 若人! 励めよ! はっはっは」

「谷さん! 違うって!」

相変わらず谷さんは笑っていたが…

そう、違う。これは恋なんかじゃない。何か憧れに近いモノだと思う。きっとそうだ。それにどこのグループにも属していない彼女に「孤独」という自分との共通性を見出しているだけに過ぎないんだ。彼女と仲良くなりたい。それは確かだ。けど、違う。そんなことは決して無い。

そう考えていた私の手はほんの少しだけ震えていた。





今日も夜、散歩に出る。

昨日、橘遥に会ったその時間、その場所に私はいた。彼女はいない。


「今日は随分遅かったのね」

散歩から帰ってきた私に母がそう言った。








読んで頂きありがとうございます! 引き続き楽しんで頂けたら幸いです。

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