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俺は「日々、又君と四季の魚を」

 俺には嘘をつく才能があった。

 呼吸をするように、当然の如く自然に滑らかな嘘をつくことができた。

「その髪飾り似合ってるね」

「大きな瞳が魅惑的で吸い込まれるかと思った」

「君のことを思うとドキドキが止まらないよ。今夜は寝付けそうにないや」

 どう見ても美人とは言い難いが、働き者で愛嬌のある同僚に目を付けた。

 俺に引き合わされた時に、満面の笑顔で迎えてくれたのが彼女だったからだ。

 第一印象は抜群の自信があるし、これなら苦労せず落とせるだろう。チョロいもんだ。ちょっとした火遊びをして、飽きたら捨てるくらい訳ない。

 

 彼女と同じ部署に配属されて数日後、気になる案件にぶつかった。彼女が上司と会話している時のことだ。彼女の口から「わたぬき」という言葉が漏れ聞こえた。二人が同時に、ちらっとこちらを見やった瞬間に気付いてしまった。どうやら俺に関係する話をしているらしいと分かった。

 わたぬき、そうか。四月一日と書いてわたぬきだ。毎日がエイプリルフールな俺を揶揄して、裏でそんなあだ名を付けているのか。

 さすがにそれは不味い。今の俺の存在は、嘘に嘘を重ねたことで成り立っている。良からぬイメージを持たれて株が下がってしまっては、部署で唯一ただ飯喰らいの俺の立場が脅かされる。

 俺は例の才能を発揮して、目の前を横切った上司を持ち上げまくった。

「よっ、大将!」

「今夜俺と一杯どうです? 武勇伝聞かせてくださいよ」

「仕事できる男って、やっぱイケてますよね。その背中どこまでもついてきます!」

 俺のおだて方はかなり効果的だった。上司は上機嫌に鼻歌を歌い始めた。こいつもチョロいもんだ。


 その日の内に、取引先の人間が部署に現れた。先方はバリキャリの女上司に、ぺーぺーの優男の組み合わせだった。この女上司、かなりの上物だ。

 同僚には嘘まみれで薄っぺらな本性がばれている可能性がある。その点、まだ俺を知らない相手の方が格段に落とせる可能性は上がる。巧みな術で絡めとってやることができる。

 俺には固定された持ち場がある。適当にここを離れる言い訳を垂れ流すかと顔を上げたタイミングで、衝撃の事件が起きた。突然彼女に抱きしめられたのだ。さすがの俺でもあまりの出来事に息が止まった。取引先の二人組と上司の視線が肌をさす。

「なんだどうした?」

「もしかして俺が目移りしたのに気付いてヤキモチ?」

「てか俺ら、まだそこまでの関係でもないじゃん?」

 抜け出そうとすればするほど、彼女は縋り付いてくる。やっぱり俺の噂話をしていたと思ったのは勘違いで、既に身も心も俺のものだったってことか。

 これは上手くいけば二股をかけられるかもしれないと俺は考えた。二枚舌は朝飯前だ。

 しめしめ、と思った俺が浅はかだった。彼女の行動は俺の予想の斜め上を行くほど大胆だったのだ。

 彼女は俺を、先方の女上司の目の前に突き出した。先にこいつは私のものって宣言するつもりか?

「どしたんだよ、突然」

 とんだ女に唾を付けてしまった。嫉妬深い女は嫌われるぞと軽く流そうと思ったが、見定めるような目が本気だ。

 女上司は俺の顔を覗き込んで、にまにまと頬を緩めている。優男は修羅場の空気を感じ取ったのか、目が泳いでいる。

「いや、誤解しないでくださいよ。俺たちそういう関係じゃなくてですね?」

 俺の上司だけは一人腕組みをして、俺を掴み続ける彼女の手元を睨んでいた。もしや部下狙いだったのか、このおっさん。

 彼女が上司に無言で呟く。上司は頷き返す。

「だから、なんだってんだよ?!」

 彼女はさっと取り出したそれを、俺の首に押し当てた。

「あ」


 もうほとんど失った意識の中に、女上司の上機嫌な声が流れ込む。

「やっぱり鰻は国産よね。捌きたての新鮮なのを味わうのが社会人の醍醐味よ。ちょっとアンタ、目を逸らさないの! いっつもそうなんだから。ちゃんと職人芸を見ときなさいよ? これから味わう命の行く末を――」


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