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くしゃみ

ぜ「ふっくしゅんっ!」

デ「え、何?! 突然」

「え?」

「今のそれだよ! くしゃみ……か?」

「うん、そうでしょ。デュオっち、くしゃみも分かんなくなっちゃったの?」

「いや『も』ってなんすか、『も』って! つか、まずもって第一声でくしゃみすんなや」

「ごっめーん、てへぺろ」

「いや全然可愛かねぇかんな? つか古いわ! んで、何か明らか変な感じだったのは? 違和感ありまくりのくしゃみでしたけど、ぜんざいさん」

「いやほら、これですよこれ。ふっくしゅんっつって、ね?」

「え。あのーマジでアホな展開しか思いつかねぇんだけど。もしかして今日のテーマの『復讐譚』と掛けてるとかそういう?」

「たんたかたあん! デュオっち、大当たりぃ」

「当たっても嬉しかねぇわ! てか微妙に『譚』まで絡めてくんのやめて? 俺が恥ずかしいわ」

「まあまあ、とりあえず聞いてよ」

「はいはい、なんすか」

「最初はほんとにそれっぽい感じにしようって思って、色んなバージョン考えて練習してたんだけどさ」

「ん? くしゃみを?」

「そう、くしゃみを。で、実際本番になってやるぞってなったら、ちょうどしたくなった訳ですよ」

「くしゃみを?」

「そう、くしゃみを」

「えーと、一つ確認していいすか? ステージの真ん中バーン出てきて、ガーンスポットライト当てていただいて、うっし第一声って時に?」

「時に。んで、復讐だあー復讐だあーって念じながら、上手い感じでくしゃみしたの。ふっくしゅーん、つってね? そしたら、すげーそれっぽくなった訳ですよ。今おれは満足です」

「あっ、そう。もうどっからツッコんでいいか分からんです僕。てか、全然それっぽくもなかったと思うけどね?」

「いやいや、それっぽかったでしょうよ。今日のおれの仕事、これで九割終わった感じだもん。お疲れさま!」

「いやあんたの仕事どんだけ少ねぇんだよ! つーかそれ微塵も仕事になってねぇわ!」

「という訳で、おれ『ぜんざい』と」

「僕『デュオ』で」

「『ぜんざいデュオ』でしたあ! ありがとうございましたあ」

「って帰ろうとすな! いやいやいや終わらんで? 今始まったとこでしょうよ。僕も釣られて退場のあいさつの流れ挟んじゃいましたけども」


「って感じの導入で考えてんだけど、どう?」と、おっとり担当の相方に顔を覗き込まれる。開け放たれた窓からのやや冷たい風が、長めの前髪を揺らしていた。

 おんぼろアパート前の小道を走る自転車のブレーキ音が、やけに耳障りに感じられる。大きな瞳に射竦められた俺は、走り書きの大学ノートに視線を落としたまま正座で硬直していた。

「いや、どうって聞かれても……毎回ネタはおんぶにだっこだし。お前がこれで行くって言うなら不満はねぇけど」

「それ、ちゃんとこのネタで笑い取れると思って言ってるんだよね?」

「そりゃあ、もう」

 相方は「ふーん、そっか」とつまらなさそうに口をとがらせると、ネタ帳をぱたんと閉じてちゃぶ台に頬杖をついた。その瞳にもう俺は映っていない。演芸ホールの三階席を見るような遠い目つきで、相方はさっきのネタの出だし部分をぶつぶつと繰り返していた。

 責めるような意図は微塵もないと分かっていた。こいつは他人のことを一切悪く言ったりしないし、裏表を作るような不誠実なことはできない性質だ。今ここにあるのは「笑いが取れると思うか」という純粋な問いかけに対する、俺と相方との見解の相違だけだ。こいつは自ら書き上げたネタに納得がいっていないのだろう。

 それでも俺はさっきの問いへの反応速度が、数テンポ遅れたことを酷く後悔した。スピードツッコミ担当だってのに、舞台の上以外での歯切れの悪さったらないのだ、俺というヤツは。

 笑いが取れるのか? あのネタに俺なんかが息を吹き込んで。俺の肯定に本当に嘘はないのか? そんなことを考えては、悩んでも無駄だと打ち消す、その繰り返し。

 二人の間を流れるのは冷えた空気に乗った隣の部屋の住人の昼支度の匂いだけで、気の利いたセリフのひとつも思い浮かばない。この対応能力の低さで漫才師としていまだに舞台に立っていられるのは、全部相方のおかげだ。

 沈黙を破ったのは「タバコ、一本いい?」という相方の言葉だった。

「おう。灰皿いる?」

「んー、このちょっと残ってる缶使ってもいいやつ?」

「コーヒーの? 別に」

「んじゃ借りまあす」

 肺いっぱいに吸い込んだ煙を、いかにも不味そうな顔をして細く細く吐き出す相方の、伸びた前髪を見る。「次のライブネタのテーマ、『復讐譚』にしようよ」と口にしてから、多分一度も切っていない。

「髪、伸びたな」

「ん、おれ? そだね」

「切んないの?」

「あー、これ仕上がったら切りに行こっかな」

「なんか、その、あれなんかなって。願掛け? みたいな?」

「んー、願掛けってより……」

 缶コーヒーのプルタブの上に、一瞬赤く燃えた灰が落ちる。

「復讐かな」

 いつの間にか短くなっていたタバコの残りを飲み口に落とし込み、相方は伸びをして立ち上がった。

「なーんて、冗談。タバコ切れちゃったからコンビニ行くけど、欲しいもんある?」

「いや、別に」

「ん、じゃ、ちょっくら行ってきまあす」

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