ひんやり
息子の学校で人気を集めているという「家族エッセイ」。この度ついに我が家へ白羽の矢が立った。保護者の寄せた原稿用紙二、三枚の小話は、週刊時間割の下部に掲載される。妻はどうしてもイヤだというので、不承不承私が筆を取った。次がその原稿である。
学校には奇妙な話がつきものだ。学校の七不思議。きっと君も聞いたことがあるだろう。
私の少年時代、校舎内は今よりずいぶん薄暗く、いたるところにひやりとさせられる予感があふれていたように思う。
他校にもあると聞くから、さして珍しくはない「増える階段」が母校にもあった。黄昏時、いつもは十二段の階段を下から順に数えていくと、あるはずのない十三段目に出くわすのだ。
そして背後から声がする、「どこへ行くの?」と。こういう場合、振り返ったり質問へ答えたりしてはいけないというのは定説だが、母校では違う。正直に答えて良いのだ、「上の階へ行くんだ」と。
揺れる黒髪、ほの白く浮かぶシャツ。背後に立つ人影は、甘い香りをまとっている。そこで今度は、その見知らぬ子へ尋ね返す。「キミこそどこへ行くの?」
「上の階へ行くんだ」と返されたらハズレ、にっこり笑って答えてもらえなければアタリだ。
一体、何が“アタリ”なんだろうと思っただろうか。私もそう思った。それで蒸し暑い八月のあの日、学校へ忍び込むことにしたのだ。静まり返った校舎に差し込む夕陽。私は三階から屋上へと続く噂の階段を一段ずつ登り始めた。
「――十二段」そこまで声に出してから足元を見る。あった、確かに次の段が。聞こえる、「どこへ行くの?」と背後からの声。私は背中を伝う汗を感じながら振り向く。「上の階へ行くんだ。キミこそ――?」
そこにいたのは用務員さんだった。どうやら忍び込んだ私に気付いて追ってきていたらしい。怒られるかと身構えたが、彼は深く被った帽子のつばを抑えながら、すっとアイスバーを差し出してくれた。それもアタリ付きの。
食べ終えたアイスの棒に書かれていたのは果たしてアタリだったかハズレだったか、今となっては覚えていない。
用務員さんと並んで階段を下りながら、私は隣を盗み見た。思えば彼は黒髪に白いシャツ。私の視線に気が付くと、彼はおもむろに向きを変えて階段を再び登り始める。その背中めがけて言葉がこぼれた。
「ねぇ、どこへ行くの?」
持ち上がる口の端、私はアタリをひいたらしい。