GG
「え、ちょい待ち」
俺は目の前の女生徒に向けて手のひらを突き出し、つかの間の猶予を求めた。
「ええ」
彼女は頷きながらも、一二三と俺の指を数えるようにしながら、「五分なら」と付け加えた。
「五分? いやせめて五日は欲しいね」
「ダメよ、そんなに待っていたら大惨事になりかねないもの」
大惨事、その通り。
俺はこの女生徒の進言が真実であることを知っている。確かに五日も手をこまねいていたら、無用な人死にが増えるだろう。そもそも有用な人死に、なんて認める訳には行かないのだが。
今置かれている状況の整理すらままならない。だがとにかくその足掛かりとして、この三十分のやり取りを整理しよう、まずは。
「話があるの」
校庭の隅にひっそりと並ぶチューリップの花壇のふちに座り込んでいた俺に、その女生徒はそう声をかけてきた。
俺の職業はとりあえず高校教師のはずで、当校の制服をまとった生徒に相談を持ち掛けられたからには、すぐに応じるのが一般常識というものだ。
吸いかけのタバコを花壇のレンガブロックでもみ消して、胸ポケットに忍ばせた携帯灰皿へ落す。
「どうぞ?」
既に一般常識など全く通用しない校内で、俺はあいまいに頷いた。
彼女はどこの教室から引きずってきたのか、生徒用の椅子を土の上に置いて座ると直ぐこう言った。
「まず告白するけど、ヤギは私」
「は?」
あまりの台詞に二の句が継げない。
「だからね、この閉じられた校内で、皆が探さなきゃいけない“贖罪のヤギ”っていうのが私」
自分自身を差している女生徒の指先を見る。透き通るような健康的な爪が、朝日を反射してきらめいていた。
「ええっと……」
返答に詰まった俺は、必死に遠回りな話題を絞り出して「この春の新入生だよな?」と尋ねた。
「ええ。だって、今校内には入学したての一年生しかいないでしょう?」
「まあ、みたいだな。俺以外は」
「そう、あなた以外にはね、先生」
およそ初対面の教師と話しているようには思えない調子で女生徒は笑った。
「閉鎖空間の中でたった一人の大人が、あなたみたいなくたびれた人で良かった」
「くたびれた、ね」
反論できない。突如振りかざされた理不尽を前に、もうどうにでもなれと半ば投げやりな気持ちでここに座っていた。これをくたびれたと言わずに何と言うか。
「どうにかなってしまえって、思ってるでしょう?」
「読心術でも持ってんのかね、最近の若い子は」
「どうにかする方法があるって言ったら、あなたは乗ってくれるでしょう?」
「……どうにか、ってどうするんだ?」
「至極カンタンな話。ゲームをクリアすればいい。それも最速で」
ゲーム。
校内に閉じ込められた二百人ばかりの生徒たちに今突き付けられている課題は、単刀直入に言えば殺人。それをあっさりゲームと言い切る人間の提案が、碌なものでないことは確かだ。
でもしかし、現状俺は校内唯一の大人で、しかも教師だ。まず、生徒の話を聞かないことには、何も始まらない。
「ま、とりあえず、話を聞きますかね」
果たして俺は、余裕のある大人を演じ切れているのだろうか。
尻ポケットから潰れたタバコの箱を取り出し、残り四本のうちの一本を人差し指と中指の間に挟んだ。小刻みにタバコが震えていた。
俺は女生徒に気付かれる前にと、急いで一度抜き取ったタバコを箱に戻し、話を促すように手のひらを差し出した。




