友を得るということ
友達100人できるかな
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「パパ!パパ大変だよ!!」
それは、シビルとの生活を始めた10年目のこと。シビルが血まみれの男を肩に抱いて、家まで連れてきたのだ。
その後ろにはオロオロと困った顔で、6歳ほどの小さな男の子が立っていた。
「パパ!早く助けてあげて!!」
「落ち着けシビル。助けたい人がいる時こそ、落ち着いてやるべきことを考えるんだ。深呼吸しろ」
言いつけどおり深呼吸したシビルは、改めて強い意志を込めた目で俺を見つめた。
「よし。じゃあパパのベッドに寝かせろ。治療するぞ」
「私も手伝う!」
シビルはどういう皮肉なのか、聖女にしか持ち得ないはずの治癒の魔法を使う事ができるようになっていた。怪我をしたウサギを助けたいと思ったとき咄嗟に発動したらしいが……その力は万能ではなかった。傷口を怪我する前に復元するのではなく、本人の治癒力を促進させる力。だから、まずは適切な応急措置が不可欠だった。そして、手遅れになった相手には効かなかった。
「教えたはずだ、シビル。言ってみろ、怪我をしたときは?」
「まず傷口を洗ってゴミを流す!パパ、それはオウルベアの爪痕だからぎゅっと止血してね!私水を汲んでくる!君も手伝って!」
どうやら自分が何をすべきかわかっていたらしい娘は、小さな男の子と一緒に最近やっと掘り当てた家のそばにある井戸まで走っていった。分かっていたからこそ、俺の手を借りにきながらも、独断で治癒魔法を試みなかったのだ。素晴らしい成長じゃないか。
……それはいいとして。
「…………さて。どうしてあなたがここにいるんです?」
それは、俺がよく知る男であり、力関係を超えた友であり、ここにいるはずのない男。
「……やあ……久しぶりだね……トリスタン……」
勇者リシャール様、その人だった。
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シビルが持ってきた水でよく傷口を洗い、念の為煮沸消毒した白湯でも洗い流す。清潔を保持できたところで、勇者様の傷口に対してシビルが治癒――というより自然治癒の促進――を施した。うっかり雑菌ごと治癒すると破傷風に発展しかねないが、今回も上手くいったようだ。
「ありがとう。ええっと、シビルちゃんだったね。僕の名前はリシャール。その子は俺の息子のロック。おかけで助かったよ、」
「いいえ!応急手当をしたのはパパですから!」
「それでもありがとう。君がここに連れてきてくれたから助かったよ」
えへへと笑うシビルの顔は赤かった。初めて父以外の男に褒められて照れているようだ。
「シビル。パパはちょっとこの人と大事な話がある。少しだけ席を外してくれないか。子牛の様子を見に行ってくれ。ついでにちょっとその子と遊んでこい」
もちろん、あのイビルバッファローの子牛だった。
「えー!?」
「ごめん、シビルちゃん。聞かれると僕も恥ずかしくてね。ロックも一緒に、頼めるかな?」
「……もう!仕方ないなぁ!パパ、ちょっとだけだよ?ロック君、行こ!」
プンプンと怒りながらも、シビルは言うことを聞いてくれたようだ。男の子の手を引きながら、牧場へと走っていく。
「……すまない。君に気を使わせてしまうとは」
「いえ。それより、何があったのですか?まさか魔王が復活を?」
勇者様は、伊達に伝説の勇者と並び立つと評されているわけではない。この周辺の魔獣如きに遅れをとるなどあり得なかった。
「単刀直入に言おう。僕は今、伝説の勇者としての力を全て失っている」
「なんですって……!?」
「魔王を討伐したあの日から、俺は光の力を少しずつ失っていったんだ。どうやら、魔王を倒した事で神様は満足したみたいだね。参ったよ。まさかオウルベア相手に遅れを取るなんてね」
そう語る勇者……元勇者リシャールは、力無く苦笑いを浮かべていた。
その後語られた話は、非常に納得し難いことではあったが、いかにもといった内容ではあった。
王国はリシャールを伝説の勇者の再来にして魔王を討滅せしめた大英雄として担ぎ上げた。だが王都に到着する頃には殆どの力を失っていて、騎士に勝てるかどうかも怪しい状態になっていたという。
それを知った王国は、リシャールが今後の戦争の役に立たないと見て事前に約束していた姫との婚約を白紙化し、報酬金を一部のみ渡してリシャールを放逐。幼馴染と結婚して子供を……ロックを授かったものの、村が魔獣の群れに襲撃された際にその幼馴染は殺害されてしまった。
何もかも失った彼は国王を頼ったが、なんと彼らは無力な彼に対し門前払いをしたという。その後なんのアテもない中旅を続け、息子ともども心中も辞さない気持ちだったらしい。そしてたまたまこの村の近くでオウルベアに襲われたところを、シビルに助けられたのだという。
「準備もなく、光の力もなく、よくオウルベアを撃退できたな」
あんまりと言えばあんまりなエピソードを聞いた俺は、もはや勇者様向けの敬語すら忘れ、リシャールに対して話しかけていた。
「いや、全く歯が立たなかったよ。あれに勝てる騎士団の練度の高さに舌を巻いたね。あの時はシビルちゃんの雷魔法に助けられたんだ。まさかあの歳で無詠唱魔法を使いこなすとは驚いたよ。彼女の雷に頭を撃たれたオウルベアはそのまま斃れてくれたんだ。僕は随分と運が良いらしいな」
シビルは魔王の娘としての血によるものか、俺が教えるより早く無詠唱魔法を使いこなしていた。むしろ逆に詠唱魔法が苦手で、無詠唱魔法ばかり使っていた。どちらにも利点があるためどうやって教えたものかと悩んでいたのだが、どうやら非常時の役に立ってくれたらしい。
「息子諸共死ぬしかないかと思った矢先に、まさか君と再会できるなんてな」
「……ああ。だが、俺もお前と肩を並べて魔王と戦えなかった。お互い様だ」
「…………なあ、トリスタン。シビルちゃんは……魔族なのか?」
それは、誰かにも聞かれたくない質問だった。差別意識と嫌悪がない混ぜになって聞かれるだろう言葉に違いなかったから。
だが不思議なことに、リシャールの顔に嫌悪は無かった。ただ、興味本位で聞いているかのように邪気がなかった。確かにリシャールは魔族に家族や身近な人を殺されたことが無かったはずだった。それでだろうか。それとも……。
何もかも失った者同士のよしみで、正直に話したくなった。
「ああ。……魔王の娘だ。多分な」
だが流石にその答えには驚いたらしく、動揺が全身に表れていた。
「ちょっと待て!?ど、どういう!?」
「俺はあの日、穴に落ちた先でシビルに出会ったんだ。その部屋は魔王が死んだとしても崩れないように設計されていたようだった。だが、まだ乳児だったあの子を見つけても、俺はあの子を殺すことがどうしても出来なかった。だから育てることにして、今に至るわけだ」
要約すればそれだけのこと。無論、今日に至るまで色んなことがあったわけだけども、他人に説明するならそれだけだった。
「………………すまない、流石に理解が追いつかないよ。じゃあ何か?今勇者の息子と魔王の娘は、一緒に仲良く子牛の様子を見に行ってるわけか?しかもその後仲良く遊んでるってことなのか?」
「そうだ。パパの言いつけを守ってな」
盛大な溜息をつく彼を責めることなど出来はしない。俺だって改めて言葉にされて唖然としているくらいなのだから。
「……トリスタンらしいな」
「俺らしい?」
「ああ。君はいつだって勝つために、つまり自分の希望を叶えるためにどんなことだってやる男だった。魔王とは戦えなくても、魔王よりもわがままを通せる男だった。なるほど、つまり赤ん坊を救い育てる事が、君の希望だったんだな。それが例え、魔王の娘であろうとも」
「……まあな。さすがは勇者様だ。お見通しか」
「違うよ」
そう笑うリシャールの顔は、晴れやかだった。
「君の友達だからわかるのさ、トリスタン。……よく生きててくれた」
「お前もな、リシャール」
魔王を殺した勇者との再会。
その彼に10年前と同じ友誼が残っていることに、胸が熱くなった。
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夕食は四人分ということで、ちょっと豪勢に肉を多めに使った。オウルベアも内臓は塩漬けにして、肉はそのまま焼き肉にした他、スープにも肉を入れた。特にウサギ肉のクリームスープはシビルの得意料理になっていた。どれも魔王討伐の旅をしていた頃と比べ、比較にならない豪勢さだ。
だがどうやらロック君は料理よりも気になることがあるらしい。
「お、お父さん!聞いてよ!?シビルったら今日のお肉だからってウサギを捕まえて殺したんだよ!?あ、あの、あの熊も!!」
「だーかーらー!言ったじゃない!ロックがいつも食べてるお肉もそうなんだよ!残したらウサギさんは無駄死にになるんだから、ちゃんと食べなさいよね!!」
なんとシビルはロック君の目の前で捕獲、解体、そして調理を行なったという。確かにどれも俺が教えたことだし、最近のシビルに時々任せていることではあったが、まさか全部を何も知らない幼子の前でやってみせるとは。
いや、なかなか強かに育ったものである。
「君に似てるね」
「魔王に似るよりはいい」
そんな穏やかな夕食が、今後もずっと続くのだと思っていた。
リシャールはシビルに対し特に悪感情を抱くことなく、俺の娘として扱ってくれた。良くできたことを褒め、子供同士の喧嘩にも平等に接し、時に叱ってくれた。勇者の力を失った彼は、戦いにおいては娘よりも非力ですらあったが、それでも一人の男手として力仕事をこなしてくれた。そんな彼を、子供達は尊敬していた。
リシャールの息子であるロックも、俺とシビルに懐いてくれた。彼にシビルの生い立ちを話すことはしないよう、リシャールとも合意していた。いや、父親が魔王であることはシビルにも話していない。そして勇者が魔王の天敵であることも。事実を受け止めるには、二人ともあまりにも幼かった。
幸せな日々がまたゆっくりと流れた。
俺と、魔王の娘と、元勇者と、元勇者の息子。そして増えた牛たちとの生活。
そしてリシャールが俺の家に住み込んで一年が経った頃、なんとまた俺の知ってる顔がやってきた。
だが、それは決して望ましい客ではなかった。
「……小隊長殿」
「久しいな、トリスタン」
俺の、上官だった。
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一人でもいいよね。
また少し書きだめしてから投下します。
もちろん完結します。
エタっていいのは後日談だけです。