戦うのは誰がために
子供から見た大人たち。
--------
「止まれ!魔族を連れてこの城に何の用だ!……小隊長殿、一体これは如何様なお考えですか。この者たちは誰です」
城門前の衛兵が、俺達に対して槍を向けた。先程の青年と違い、衛兵として当然の対応なので腹は立たない。小隊長殿を見て迷いを見せた隣の新兵より、むしろ真っ当な反応と言えるだろう。小隊長殿もどちらかと言えば曖昧な態度を取る新兵のほうに苦い目を向けていた。
「久しぶりだな、アルス。良い槍の構え方だ。隙も無くなった。だが相変わらず何故か右足に重心が偏ってるんだよなぁ」
「何……?……え!?ま、まさか…………トリスタン先輩!?」
アルスは槍を取り落し、なんと俺に抱きついてきた。おいおい、職務はどうした。
「おかえりなさい!!帰ってくるのが遅いんですよ!!何年かかってるんですかぁ!!」
「ああ、ただいま。職務に忠実な騎士になったようで嬉しいよ。ところで仕事道具はどこに置いてきたんだ?」
俺の皮肉にムッとしたアルスは、涙目のまま槍を拾い上げた。
「茶化さないでくださいよ!退職届も出さずに落伍したまま逃げた先輩に比べたら、俺のほうがずっとましな騎士です!」
「……そ、それは確かにそうだな。すまない」
何も言い返せない……。
アルスはしゅんとする俺にため息を見せてから佇まいを直すと、シビルと目線を合わせた。丁寧にも膝立ちになり、同じ高さにしている。
「それじゃあ、君が勇者様の言っていたトリスタン先輩の娘か。私はアルス・ルロワ。君のお父さんの後輩に当たる騎士だよ。君は何歳になったんだい?」
「シビル・フォーレと申します。11歳になりました。父が大変お世話になりました」
丁寧にお辞儀をするシビルの殊勝な態度にアルスは目を丸くし、あろう事か半目で俺を睨みつけてきた。
「先輩よりずっと礼節を弁えた良い子じゃないですか。先輩に似てないから、これはきっと母親に似たんですかね。どっちの父親にも似てなくてほっとしました」
「おい、アルス曹長。世間話はそこまでにして、すぐに俺が謁見したいと言っていると伝えろ。国の存亡に関わる火急の用件だ」
弛緩した空気が一気に引き締まった。アルスの顔から後輩としての幼さが消え、精鋭たる第一騎士団の騎士としての覇気をまといだす。11年という歳月は、俺以外のすべての人達に何かしらの変化を与えているのだと今更になって気付く。
「はっ!ご用件はなんでありますか!」
「勇者様が魔王の操る魔獣によって殺された。トリスタンとその娘が救護にあたったが助からなかった。勇者様は魔王が復活することを予言されている。その件で話をしたい。……新しい勇者様も紹介したいしな」
新兵は狼狽えていたが、アルスは表面上は模範的な騎士で有り続けた。聖剣を腰に下げたまま緊張しているロックを見下ろし、少しだけ憂いにも似た色を見せた。頭の中ではどうすべきか高速で考えているのであろうが、その目に迷いは見られない。
「では、まずは行方不明になっていた騎士トリスタンの無事を伝え、その娘であるシビル殿と共に勇者様を救護したことを第一に伝えましょう。魔族であることは隠せないでしょうが、シビル殿の出自は伏せます。その方が通りが早いですから」
「ああ、頼む」
「はっ!行ってまいります!……一つだけ、ロック様」
声を掛けられたロックは、緊張した面持ちの中で少なくない尊敬の念を込めてアルスを見上げている。アルスの槍の構えはほぼ完璧だった。そしてシビルに対する態度も大人のそれだ。戦いを習い始めたロックから見れば、アルスは自分が到達すべき目標の一つとなりつつあるのだろう。
「ロック様のお父上であるリシャール・ジュベールは、私にとって最高の同期であり友でした。亡くなられたことをお悔やみ申し上げますと共に、新たな勇者となるご決断をしましたこと、心よりご尊敬申し上げます。……よくぞご無事で戻られました」
「えっ……あ……ありがとうございます……!」
では、とアルスは今度こそ足早に城内へと入っていった。展開にいまいちついて行けていない新兵は城門の警備を続行することになるが、おそらく後で小隊長殿から叱責が飛ぶだろう。
「さて、謁見してからが勝負だな。トリスタン、お前は特に意見を言わなくていい。子供たちについては俺に任せろ」
小隊長殿の顔もまた、全盛期の覇気を取り戻していた。
見慣れた謁見の間で、小隊長殿を先頭に、俺と子供達が跪く。シビルとロックには、とにかく床を見ていろと厳命した。許可なく国王の顔を見ることは不敬に当たる。別にこんな国王を敬う必要は無いが、つまらない事で揚げ足を取られる必要もない。頭を下げておくだけなら金もかからない。
「そなたの無事を心から嬉しく思うぞ、騎士トリスタン」
「はっ!帰還が遅れましたこと、心よりお詫び申し上げます」
「それで……ヴィルジール。そなたの報告は誠か」
「はっ。勇者リシャールは魔王の力を持ちし魔獣と相討ちになられ、後ろに控えますトリスタンとその娘による懸命な救命行為にも関わらず、間もなく息を引き取られました。そして魔王が復活することを予言し、聖剣を息子であるロック・ジュベールに託されたのです」
国王の関心は明らかにロックへ……いや、ロックが持つ聖剣へと向けられていた。その聖剣の担い手を囲いし国は、絶対の繁栄を約束されるとして語り継がれている。そして、その伝説を歴史が裏切ったことはない。
「そうか、そなたがリシャールの息子か。そなたの父には随分と世話になった。改めて礼を言うぞ。此度の魔王復活の際も、親子共々その聖剣で我が国を守護してくれることを期待している」
返事はない。ただ床に落とされた拳が震えているのを見ると、屈辱……いや、強すぎる苛立ちを覚えているのは確かなようだ。父を遇さなかった者が何を言うのかと叫びたかっただろう。ロック、堪えろ。俺も気持ちは同じだ。
「ヴィルジールの報告は承知した。だが、そちらの魔族の小娘は何故ここにいるのだ?聞けばトリスタンが育てていたと聞くが、魔族であれば魔王の手先ではないのか?」
シビルの目が不快げに細められた。だが俺の目に気付くと薄く笑ってみせた。この程度の侮蔑では傷一つ付かないとでも言うかのようだ。
国王のじじいより娘のほうが余程器がでかいじゃないか。娘が王になるべきじゃないのか?…………いや考えてみたらシビルもある意味王族か。全く、最近魔王の味方をしてやろうかと思うことが増えて困る。
「お言葉ですが、此度の魔王討伐にシビルの力は不可欠です」
「何ゆえだ?」
「聖剣だけで魔王を滅ぼすことが出来ないのは既に明らかだからです。ならば魔王と同等の力を持つシビルを魔王にぶつけ、消耗したところで万全な状態にある勇者様が光の魔力で魔王を完全に浄化して消す。これ以外に方法はありません。でなければまた魔王は復活しますし……その際に聖剣の使い手が存在しているとは限りません。今度こそ二度と復活させないためにも確実な手を取るべきです」
「……そこの小娘が魔王の娘だと言うのか?…………それがお前の意見か?」
「勇者ロックの希望でもあります。彼は亡き父からトリスタンとシビルを守るよう託されています」
謁見の間に、あってはならないざわめきが起こった。だが小隊長殿の言は危険ではあるが、その通りでもあった。勇者リシャールを遇していれば、少なくとも国の外で魔獣に殺されることは無く、聖剣も国で保管できていたはずなのだ。だが今その聖剣に選ばれているのは、自ら手放したに等しい勇者の息子だ。
もしここでロックの希望に沿わずシビルを虐げれば、ロックは間違いなく国を見捨てるだろう。いや、見捨てるだけならいい。その結果聖剣がこの国から永遠に損なわれることになれば、歴史上類を見ない愚王として記録されてしまうだろう。
そんな歴史が残ればの話だがな。
聖剣の伝説を利用した脅迫の効果は絶大だった。
「わかった。皆、面をあげよ」
シビルとロックが顔を上げ、まっすぐに国王を見つめた。
国王は少しだけ居心地を悪くしたようだが、王としてのプライドが老人を奮い立たせたようだ。
「トリスタン、よくぞシビルを健やかに育て上げた。お前の功績に免じ、騎士団から逃亡した件は罪には問わぬ。この国を守るため一層の尽力を期待するものである」
「王の御慈悲に感謝いたします」
「シビルよ。そなたの父は誰だ?」
シビルは胸を張り、謁見の間によく響く可憐な声で宣言した。
「私はシビル・フォーレであり、父はトリスタン・フォーレ唯一人です。私は何者が相手であろうと、父と友のためなら戦います。父と友がこの国を守るなら、私もこの国を守るために力を尽くします」
そして恐らく、父がこの国を滅ぼせというのならば。
「……わかった。そなたを大きく育て上げた父トリスタンに感謝せよ。そして、勇者ロック。お前は誰に忠誠を誓うか?」
「亡き父とトリスタン、そしてシビルにです。陛下」
ロックの目にリシャールと同じ力強き勇者の煌めきが宿った。
ざわめきはどよめきに変わった。勇者ロックの心と聖剣が、彼らが想像するよりもずっと早くこの国から離れつつあることを認識せざるを得なかったからだ。もうすぐ8歳になろうという幼さでありながら、既にその人格が完成しつつあることに、謁見の間にいる全員が驚きそして戦慄を覚えていた。
シビルさえもが、その変化に戸惑いを覚えている。これまで共に様々な経験をしたとはいえ、その成長があまりに急である事に俺も内心驚いた。
これも聖剣の導きなのだろうか。一体聖剣からはどんな声が聞こえているというんだ、ロック。
「……ならば、国を守る二人とともに、我が国のために尽力することを願おう」
「御意」
頭を垂れるロックの姿が、もはや子供には見えなかった。
謁見を終えた俺達は、それぞれの思いを胸に城を後にした。
唯一人、ロックだけは底の知れない瞳を湛えながら、城を見上げて嗤っていた。
--------
その瞳が見る先は。




