光堂寺花陽の「むーん」
一目見た瞬間に分かった。だって私の想像とほとんど変わらなかったから。
ドアは分厚く話し声はかろうじて聞こえるが、何を言っているかまではわからない。さらに耳を近づけて何を言っているかまで聞こうとしたときに、ノックの音が響いた。
びくっとなり、慌てて自分の席に戻る。急いで文庫本を手に取る。
「どうぞ」と努めて冷静な声が出るように意識しながら返事をする。
部屋に入ってきた綾女は、私の方を見るとくすっと微笑んだ。
その様子を見て私は聞き耳を立てていたことがばれていることを確信した。
大体、綾女は小さい時からそうなのだ。
私のことは全てお見通しとばかりに余裕のある態度で接してくる。
まあ、従者が余裕がないのも問題ではあるのだが。
綾女とは違い私には余裕がない。綾女からの提案に私は動揺して、赤くなった顔を隠すために髪の毛で隠す。
こういう時自分の長い髪の毛は便利だと思う。
それにしても、一緒に過ごすというのはつまりそういうことよね?
嬉しい気持ちを央紀君に悟られないように落ち着けと自分に言い聞かせる。
友達を作る気はないが、央紀君と一緒にいられるのなら手段は選んでいられない。
私は綾女の提案に乗ることにした。
綾女は何やら央紀君と話があるそうで二人は部屋から出ていった。
彼が私の前から姿を消して10年である。
私はてっきり彼に嫌われていたんだと思っていた。だが彼も今回の提案に乗ったということは私と一緒に過ごすということも嫌ではないということではないか? そうだとすれば、私にもまだチャンスがあるということではないか。
私はベッドに行き、うつ伏せになる。10年間会えなかった思いはより強くなっている。
これから先一緒に過ごしていく未来を考えると、嬉しくて思わず足をばたつかせてしまう。
「むーん」
声も漏れてしまう。
しばらくベッドに行ったり文庫本を読んだりを繰り返していると、またノックの音がした。
返事をすると綾女が入ってきた。
央紀君はどうやら帰ったらしい。
「花陽さま、早速鳥飼さんの編入のための、講義を終えてきました」
「え? 」
それは予想外の一言だった。
「彼のあの調子だと、おそらくは試験も大丈夫でしょう」
そこまで言われて私は気が付いた。
「まさか、彼に私の学校に転校させる気? 」
「まさかも何も一緒に過ごすにはそれが手っ取り早いでしょう? それとももしかして一緒に過ごすという意味を別のことと捉えていらしたとか? 」
温かい目をして綾女に言われてドキッとする。綾女には私の気持ちがばれているんじゃないかと思ってしまう。
「そ、そんなわけないじゃない」
動揺と残念な気持ちが声に現れないようにしながら、否定する。
綾女が出て言った後、私は再びベッドに行きうつ伏せになる。
この家で一緒に過ごせないというのは残念だが、まあ彼は私と違って家族とともに住んでいるから仕方ないと考えると納得できた。
それよりもまさか彼と一緒に学校生活を送れるようになるとは。この提案に乗ってよかったと心から思う。彼とこれからある、イベントを一緒に過ごしていくうちに私の思いを……と考えると、足がまたばたばたする。
「むーん」
絶対にこの恋をかなえて見せる。
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