科学部
その後も運動部と文化部を様々に見てまわったが、ここだ! と思う部活には巡り合えなかった。
昼休みの時間、今日も教室では花陽の周りに何人かの生徒が集まっている。最近よくこの光景を見かける。
あの中から友達になる生徒が出てきたらわざわざ部活を探さなくてもいいんだよなと、俺は思った。だがそうなると俺と花陽の接点が少し減ってしまう。
それは個人的には残念なところではある。
「光堂寺さん、部活は決まった? 」
「いえ、まだ」
「そう言えばまだうちの部活には来ていないよね? 」
「そうですね、また見学に行くかもしれません」
花陽たちの会話に意識を傾けるとそんな会話が聞こえてきた。
花陽さん、敬語が抜けていませんよ。
その時、一人の女子生徒が立ち上がって、花陽たちの方に向かって歩いていくのが見えた。教室の視線がその女子生徒の方に集まり、少しざわっとなる。
その女子生徒は花陽の席の前に行くと、
「……あの」と声をかけた。
えーっと、彼女は確か、と俺が名前を思い出そうとしていると花陽が正解を告げてくれる。
「どうしましたか? 涼音さん」
その一言で俺は先日見たテスト結果を思い出す。確か涼音綾、花陽に次いで学年2位の成績だったはずだ。
そうか、彼女がそうなのか。言われてみれば名は体を表すというように、青みがかった黒髪をショートカットにしている花陽や万梨とは違うタイプではあるが、これまた美少女であった。
「……よかったら、うちに来ない?」
涼音さんは、花陽からの促しに答えるようにぽつりと続きを口にする。声が小さいので、集中して聞かないと聞こえなくなってしまいそうである。
「うちというと、部活のことですか? 」
どうやら涼音さんも花陽たちの会話が聞こえていたようで、それで自分の部活に誘いに来たみたいだった。
「……うん、そう」
「確か涼音さんの部活は科学部でしたか? 」
「……そう、科学部」
確かに科学部はまだ行っていない。
「分かりました、央紀君にも相談してみてからになりますがそれでもよろしければ」
「……うん、それでいい」
それだけ言うと、涼音さんは自分の席に戻っていった。
その日の放課後、花陽が俺のもとにやってきて話しかけてくる。
「央紀君、今日は私行ってみたい部活があるのですが」
「うん、聞こえてた。科学部だろ。いいよ、行こうか」
「ありがとうございます」
「もちろん私もついて行きます」
そうやって、いつもの三人で科学部に向かおうとしたのだが、教室を出たところで花陽が立ち止まる。
「すいません、科学部ってどこですかね? 」
「え? 」
「いえ、涼音さんに聞くのを忘れていたなと思って」
「俺は転校してきたばっかりだから分からない」
「そう言えば私も知りません。部活動紹介にも載っていませんでしたし。学校のサイトで調べてみますね」
そう言うと、万梨はスマホを取り出し、調べ始める。
「分かりました、特別棟の1階で活動しているようです」
特別棟の1階といえば、めったに行くことのない場所である。普段俺たちが授業を受けている普通棟とは違い、理科室などがある棟である。
俺たちは普通棟から廊下を渡って、特別棟へと行く。
その廊下を通って、階段から一番離れている端っこの教室の前に、
「科学部」
というプレートがかけられていた。
校内のあちこちで練習をしている吹奏楽部もここにはいないようで、静かだった。
ちなみに俺は音楽が苦手なので、吹奏楽部にもまだ見学は行っていない
ノックをしても中から返事はなかったが、しばらくするとドアが自動で開いた。
中はいかにも科学部と言った感じの様子で様々な機械がきちんと整理されて並べられていた。
教室の黒板近くにはモニターもあり、ドアの前の様子が映し出されていた。
中にいるのは涼音さん一人のようだった。他の部員はまだだろうか?
モニターを眺めていた涼音さんが俺たち三人の方を振り向いて、
「……来てくれて、ありがとう」
と言う。
「いえ、私たちも部活を選んでいる最中ですから」
「……でも、ありがとう。そこに座って待ってて」
そう言われて、近くにあった椅子へと座って、奥にと行った涼音さんを待つ。
しばらく待っていると、涼音さんがトレーを持ってやってきた。
その上には紅茶とケーキが乗っている。
「……どうぞ」
涼音さんも含めて4人で食べ始める。
「これ、おいしいですね」
最初にそう言ったのは花陽だった。
綾女さんの料理や自身や万梨の料理で相当に舌がこえているであろう花陽でさえそう言う紅茶とケーキは確かに今まで食べた綾女さんや花陽たちのものと同じくらい、というか俺には分からないレベルでどちらもおいしく感じた。
ただ一つ分かったのは紅茶にはアクセントとして生姜汁が含まれているであろうということくらいだった。
横では万梨も驚いたかのようにうんうんと頷いている。
その反応を見た涼音さんは、
「……そう、だってプロの味」
と何てことのないように言う。
「もしかして、わざわざ買ってくれたんですか? 」
と俺は尋ねるが、
「……ううん、作った」
と涼音さんは返してくる。
それにしても、プロの味って自分で言っちゃうんだ、案外お茶目なところもあるのかもしれないと俺は思った。
紅茶とケーキを食べ終えて一息つくと、
「科学部はどんな活動をされているんですか? 」
と花陽が尋ねる。今日の花陽はこれまでとは違いどこか積極的なように想える。
「……機械を作っている」
それに対する、涼音さんの返答はその一言だった。
だが、花陽は次の質問に移る。
「どんな機械を作っているんですか? 」
「……例えばそれとか」
と、モニターを指さす。
「あれを作ったんですか? 」
「……部品を買って、後そこのドアも改造した」
「それはすごいですね、他にもあるんですよね? 」
「……他にも今は使っていないやつもいろいろ」
そこまで聞いて俺は疑問に浮かんだことを聞く。
「もしかしてさっきの紅茶やケーキも機械が作ったものだったりする? 」
「……うん、機械にプロの技を学習させて作ったの」
やっぱり、さっきのプロの味というのは自慢でも何でもなく、本当にそうだったということであったのだ。
「それにしても、この部活の人ってすごいですね。他の部員はまだなんですか? 」
俺の続いての質問に、
「……部員は私一人」
と変わらぬ調子で涼音さんが返す。
「でも確か部活動って5人以上ではないと認められないはずでしたよね」
そこまで、あまりしゃべらなかった万梨が尋ねる。
「……先生がいたから、大丈夫だった」
「先生? 」
「……ルイナ先生」
俺はその名前に驚く。
「ルイナ先生ってあの科学者の? 」
「……うん、そう」
ルイナの名前は俺でも知っている。というか、このレヴィンに住んでいる人間で彼女のことを知らない人間などいないだろう。
ルイナ。この学園出身で王立科学研究所の主任研究員、科学の時代を一歩早めた女性として以前テレビで特集が組まれていた。現在、俺たちが普通に使っている製品にも彼女が発見した理論や開発した部品が使われているという。
それに、みんなが彼女のことを知っているのは、レヴィン革命式典において表彰を受けた人物であるからということでもある。
「ルイナさんとこの部活のどんな関係が? 」
「……先生はこの部活を作った。それにたまに来てくれる」
そうか、そんな国民的科学者を輩出した、またたまに来るというこの部活をつぶしてしまっては学校側としても体面が悪いのだろう。だから、部員が一人なのに存続ができているのだろう。
「……でも、今はピンチ」
「ピンチ? 」
花陽がその言葉に反応して返す。
「……うん。五人集めないとつぶれる」
「何で、ルイナさんの力は? 」
涼音さんは頭を振り、
「……この部活に予算が使われるのがあまり面白くない人たちがいる」
「何でですか? この部活は高校科学コンクールなどでも実績を残しているじゃないですか? 」
まあ、涼音さんの今まで作ったという機械類を見たらもうそのことには驚かなくなっていた。
「……それでも私一人のために予算を使うのはだめみたい」
「そんなの、おかしいです! 」
それまで必死に抑え込んでいたであろう、花陽の感情が漏れる。こういう風に花陽がなるのは珍しいというか、初めてのような気がした。
「このレヴィンは、能力があり望めばどこまででも行けるというのが特徴ではないのですか? 」
「……それがダメと考える人たちもいる」
「決めました。私はここに入ります」
そう花陽が宣言した。
と、なると、
「では私も入ります」
ま、万梨は当然入りますよね。
「……本当? 」
「ええ、5人いたら大丈夫なんでしょ? 」
「……そう言われた」
「これで三人ですね」
「央紀君はどうしますか? 」
花陽が尋ねてくる。
「面白そうだし、俺も入るよ」
機械づくりをしていくのは面白そうだと思ったのは事実だったが、それよりも花陽と一緒に過ごしたいという方が強かったかもしれない。
「……三人ともありがとう」
「そうなるとあと一人ですね、期限はいつですか? 」
万梨が尋ねる。
「……来週の金曜」
「あまり時間がないですね。でも私たちの方でも声をかけてみますね」
今日の花陽は本当に積極的である。
「……ありがとう」
もう一度涼音さんが礼を言う。
そうして俺たち三人は科学部を後にした。
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