部活見学。1
その日の放課後俺たち三人はいつものように光堂寺の別宅……ではなく、体操服に着替えて、テニスコートに来ていた。ルイミへと流れていく風がまだ少しだけ冷たく、過ごしやすい気温だった。
「じゃあ、光堂寺さんと綾女さんと、えっと君はそれぞれコートに入ってくれるかな? 」
どうやら俺の名前は顔とは一致していないようだった。
コートに入り、テニス部員が打ってくれる球を打ち返すことしばし。
俺は案外返せていることに驚いていた。もちろん力のある鋭い返球ができているというわけではなく、あくまでも何とか返せている程度だったがそれでも指して運動が得意でもない俺からすれば大満足の結果だった。
しばらくして、こちら側を見ているのが誰もいなくなっていたことに気が付いた。
いったん中断してみんなの視線の方を見てみると、やはり注目は花陽と万梨に集まっていた。
なぜか二人は部員とではなくそれぞれと打ち合っていた。
俺にはそのやり取りの凄さがよくわからないので、ただ見ることしかできなかったが。
テニス部員たちは、
「すごい、この二人なら今年は県大会も突破できるかもしれない」
と盛り上がっていた。
その後も二人の様子も見つつ、俺もサーブなども打たしてもらいながら一時間ほどが過ぎた。
いったん休憩となり、俺は端っこの方に二人を呼ぶ。
「どうする? ここに決めるか? 」
「私は別に央紀君がいればどこでもいいですが、央紀君は少しつらそうではないですか? 」
「私も花陽さんが入るならここでも構いません」
「確かに俺は少し疲れた。あまり運動していないしな。でも俺のことはどうでもいいんだよ。花陽がどうしたいかが大事だから」
「どうでもよくはないのですが」
と花陽は不満げに言うが、
「分かりました。ではいったん保留ということで」
と一応の納得はしてくれたようだった。
その後、テニス部の部長に他の部を見てから改めて考えると告げると、是非最後にはうちの部活を選んでほしいと強く言われた。俺を除いて。
続いて見学へと向かったのはすぐ近くでやっていた陸上部だった。
俺たち三人が向かうと、何人かの部員が花陽と綾女を素早く取り囲んでいた。
分かってはいたが、学校の中でも二人は有名な存在なのだろう。
「光堂寺さん、綾女さん、陸上部に入ってくれるの? 」
「種目は何にする? 」
「いえ、今日は体験に来ただけですから」
「そっかー、残念。でも体験ってことは何かはしていくんだよね」
「とりあえず走ってみようかと」
というわけで花陽と万梨の100メートルのタイムを計ることになった。
俺の隣にいた部員が話しかけてくる。
「二人とも相当速いよ」
よくみると、その部員は俺たちと同じクラスだった。体育などで見ているため二人の実力を知っているらしい。
合図とともに二人は走り出す。
先に前に出たのは万梨の方だった。
だが花陽も負けてはいない。中盤あたりに差し掛かるにつれてぐんぐんとスピードを上げて、一瞬ではあるが抜いた。
だが、万梨はまだ力を残していたのか終盤でさらにスパートをかけて、花陽を抜き去ってそのままゴールした。
勝ったのは万梨だった。
タイムを計っていた部員が告げる。
「二人とも県大会記録です」
その言葉に再びわっと部員たちが盛り上がり、二人を取り囲む。
「いきなり県大会記録なんてすごいよ」
「普段いつ運動しているの? 」
「ぜひ一緒にインターハイを目指そう」
など口々に話しかける。
それに対して、
「普段は朝や夜に運動しています」
「今日は体験入部ですので」
などと、一人一人に丁寧に返す花陽と万梨だった。
ちなみに、そのすぐ後俺も走ったのだったが、走り終わった後、花陽以外が来てくれることはなかった。最近あんまり走っていないという運動不足のつけがもろに回ってきたような結果だった。
「央紀君、お疲れ様」
でもその花陽の言葉でまだ俺は頑張れる!
その後は、走り幅跳びなどの記録も計ったりしながら、ここも結局は一時間ぐらいいた。
太陽も西の果てに沈んだところだった。
また、二人に対しては熱心な勧誘があった後、俺たちはグラウンドを後にした。
おそらく今日はここまでだろう。
帰り際、花陽に今日どうだったか聞いてみると、
「やはり部活というのは活気があって賑やかなのですね。迷っています」
という返事だった。
「花陽はさ、今まで部活に入ったことはないの? 」
「はい、特にこれと言ったものに強い興味を抱くことはありませんでしたので」
花陽の敬語にももう慣れてしまった。
「そうなんだ」
それはきっと何でもできるが故のものだろう。
「じゃあ、明日も他のところまわる? 」
「はい、明日は文化部をまわってみたいです」
「じゃあ、そうしようか」
そう言って、俺は久しぶりに光堂寺の別宅に寄らずに二人と別れた。
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