合格発表と二つのご褒美。2
親に連絡して合格したことと、その合格のためにとてもお世話になった人たちのところで夕飯をごちそうになることを告げると、とても喜んでくれた。
花陽は料理の準備があるからとキッチンに戻っていった。
どうやら今日の料理の担当は花陽らしい。
俺は待っている間、この一週間勉強部屋としてすっかりなじみのある部屋となっていた、例の和室で綾女さんと他愛もない話や、昨日の試験の解説を受けながら時間を過ごした。
「二人とも用意ができましたよ」
外はまだ明るいが、太陽自体は沈んだころ、花陽が俺たち二人を呼ぶ声がした。
その声に返事をして、2人でキッチンのあるダイニングルームへと向かうと、花陽が作った料理が並べられている最中だった。
どうやら今日のメインは天ぷららしい。
「すごいですね、花陽さん」
と俺が言うと、花陽は、
「敬語」
と一言、口を少しとがらせて注意をしてくる。かわいい。
どうにもまだいきなりで慣れないが、相手が求めているのでより意識して注意をしていくようにする。
「すごいな、花陽さん」
照れはどうしたって入ってしまうが俺は何とかその一言をもう一度言い直す。
「できればさんも取ってくれると、嬉しいかな」
花陽が言ったその言葉は小さくて、上手く聞き取れなかったので聞き返すが、それに答えてくれたのは綾女さんだった。
「花陽さまはできれば、さん付けも取って呼んでほしい、と」
女子を名前で呼んだのも花陽が初めてだったのに、それに加えて呼び捨てとはまたハードルがあがってしまったが俺は覚悟を決める。
顔が赤く熱くなるのを感じながら、
「分かったよ花陽、並べるの手伝うよ」
と言った。
「あ、ありがと、央紀君」
花陽も恥ずかしいのか、少し早口でそう言うと、視線を食器に戻してきぱきと並べ始める。
というか、そっちは君付けのままなのか、とも思ったが、わざわざ指摘するのも自意識過剰な気がしたのでやめた。
三人で食事を並べ終えると、俺の向かいに綾女さん、隣に花陽という構図で席についた。
まだ緊張するが、さすがに少し慣れてきたので、前よりは気軽に花陽の方を向くことができる。
夕飯のメインの天ぷらであるが、俺は正直油ものがあまり得意ではない。いやどちらかというと苦手だというべきか。
そんな苦手意識もあってか、天ぷらにはいまだに箸が伸びずに、代わりに副菜ばかり食べている。
「央紀君、もしかして天ぷらダメでしたか? 」
そんな俺の様子を見て、花陽が不安そうに聞いてくる。
いけない、不安にさせてしまった。
俺は、「いや大丈夫」と返して、天ぷらに箸をつける。
そうだ、大丈夫なはずだ。
何よりこの天ぷらは絶対に美味しい。その点だけでも安心できるではないか。
俺は一口食べる。さくっとしつつもふわっとしていて、全く油の重さを感じさせない食感だった。美味しいはずだと思ってはいたが、苦手なものでもこれほどおいしく感じるとは。
俺が、天ぷらをはじめとする、油ものを苦手としていたのは親には悪いがいわゆる本物の味を知らなかったからではないか。そう思えるほどの味だった。
と、同時にこの天ぷらを食べてしまったので、他の天ぷらや揚げ物は油が気になって余計に苦手になってしまうかもしれないと心配になったが、何にせよこの天ぷらが美味しいことには変わりはない。
「美味しいよ、とても」
俺が自分にできる精いっぱいの笑顔とともに、花陽に向けてそう言うと。それがお世辞などではない俺の心からの賛辞であることは花陽にも伝わったのか、
「お口にあってよかった」
とほっと安心したように胸をなでおろしながら言う。
その時俺はふと、花陽はどれくらいの期間料理をしてきたのかと疑問に思った。
このレベルに達するには光堂寺花陽といえども、おそらく相当の時間と努力を費やしたはずである。
「花陽さんは、いつから料理をされているんですか? 」
俺は綾女さんに尋ねる。
「そうですね、花陽さまと二人でここで暮らし始めてからですから、もう10年になるかと思います。それがどうかしましたか? 」
いつもと変わらぬ調子で綾女さんは答えてくれる。
「いえ、花陽さんの料理がとても美味しいのでどれくらいの時間をかければこのレベルにまでたどり着くのかなと」
それにしても10年前といえば、まだ10歳にもなっていない歳である。そんなころからこの光堂寺の別宅で、綾女さんと花陽は二人で暮らしていたのかと思うと、このレベルに達するのも納得できる。
食事を終えると、窓の外から見える空はすっかり暗くなっていた。
あまり長居するのも迷惑だろうと考え、俺は別宅を後にする。
自転車をこいで家へと向かっていると、夕飯で火照った体が、夜風で少し冷やされるため気持ちがいい。
帰り際、綾女さんにも言われたが、週が明けるといよいよレヴィンに編入である。
一応の目的は、花陽と俺の友達作りということになっているが、別の目的として花陽ともっと親しくなるという俺独自のものもある。
後、せっかくレヴィンというこの国一番の学校へと編入できるチャンスを得たのだから、そちらの方面でも頑張っていきたい。
来週からも忙しくなりそうだと思って、俺は自転車をこぐ足に力を入れた。
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