合格発表と二つのご褒美。1
その後、帰る段階になっても花陽は姿を見せなかった。俺が何かしたのかと不安に思っていると、
「心配なさらなくても結構ですよ。花陽さまは時々そうなるのです」
と、綾女さんが言ってくれたのでその言葉を信じることにする。
合格発表は、早いことに次の日の予定だった。
おそらく大丈夫だとは思うが、やはり気になって眠れなかったし、授業中も上の空であった。
授業が終わって俺は急いで、レヴィンへと向かう。合格発表はいまどき珍しくネットでは一切行われず、張り出しのみなのである。聞けば、レヴィンで普段行われる入試もこの発表方法なのだとか。
発表場所には、今日は俺が一番乗りだったらしく誰もいなかった。大分自転車を飛ばしてきたので、発表までは少し時間があった。
何をするでもなく、時間が過ぎるのを待っているとだんだんと不安になってきた。
大丈夫だと落ち着かせているうちに、昨日教室で一緒に試験を受けた生徒たちも集まってきた。
それと同時に、合格後の資料らしき封筒を持った教師たちもいつと机をセッティングし始める。
その時俺は封筒が二つしかないことに気が付いた。
合格者がいることにホッとするとともに、確か昨日の教室には15人くらいいたはずだということを思う。
15分の2。今まではっきり言って、不安であるとは言いつつも受かった気持ちでいたが、この現実の確率を目の当たりにすると本当に不安になった。
綾女さんの講義を受けたんだから大丈夫とその不安を必死に追い払う。
そんなことを考えているうちに時間になったのか、俺たちの前に座っていた教師が口を開く。
「みなさん、試験を受けていただいてありがとうございました。それでは、合格者を発表します」
そこで一呼吸おいて、
「合格者は受験番号3番と4番の方です。合格された方は資料の配布と説明がございますので残ってください。以上で合格発表を終わります」
終わってしまうと、やはりという気もしてくる。だが自然と涙があふれてくる。
俺は受かった。もう一人の合格者はおそらく三年生だろう。俺の知らない人だった。
受かったという喜びが実感を伴ってきたのは、資料を受け取って説明を聞いて、光堂寺の別宅に行き、綾女さんの姿を見た時だった。
その姿を見た瞬間、感謝でまた涙があふれてくる。綾女さんは何も聞くことはなく、ただ黙って笑顔で右手を差し出してきた。俺はその手をがっちりと掴み、
「ありがとうございます」
と、泣き笑いの表情で繰り返した。
「おめでとうございます、ですがこれからですよ」
綾女さんは優しくそう言ってくれた。
少し落ち着くと、視線を感じた。
その方向を見ると、花陽が立っていた。
俺はそこで少し現実に引き戻されて、慌てて涙をぬぐう。
同時にみっともないところを見せてしまったという恥ずかしさも襲ってくる。
だが、花陽は特段俺のその様子に引いた様子もなく、
「そ、そのおめでとうございます」
とだけ言ってくれた。
その一言だけであったが、俺はその言葉にとても心がわき立った。
花陽はその場から立ち去ることなく、自分の右手と俺を交互に見る。綾女さんがその意図を察したのか、
「どうやら花陽さまも鳥飼さんと握手をしたいようです」
と、言ってくれた。
ね、花陽さまと綾女さんが話を振ると、花陽は小さく頷いた。
この美少女が俺と握手をする? レヴィンに受かってよかったと俺はこの時心から思った。
だが同時にここだぞと気合もいれる。
直接花陽の手に触れることになるので、ここの印象はなるべくというか、絶対にいいものにしないといけない。
まず、俺は手の汗をぬぐう。
そしてあまりがつがつしているという印象を与えるのは良くないと考え、出来るだけゆっくりと落ち着いて右手を差し出す。
花陽も俺のその手に合わせて、自分の右手を差し出してきた。
その細く、白い手が俺の手を握る。
少し冷たく気持ちがいい。さっきから花陽の手の感想に集中しているのは、緊張と恥ずかしさで花陽の顔を見ることができないからである。
少しの間、そうやってお互いに言葉を発することもなく、かといって手を離すこともなく、そのままの状態であった。綾女さんは俺たち二人の方を笑顔で見つめている。
先にその沈黙を破り、言葉を発したのは花陽の方だった。
やばい、手を握り過ぎたか?
俺はとっさに手を離し花陽の方を見る。
だが、花陽の表情は髪に隠れていて、その感情をうかがい知ることはできなかった。
「そ、その改めて合格おめでとう。それでよろしければ」
と花陽が発したのは、
「汗出てましたよ」
とかではなかったので俺は一安心する。
だが、それでよろしければ、何なのだろうかという疑問が生まれる。
言葉の感じからして嫌悪感などは抱かれていないように感じられるが確信は持てない。
何せ俺はぼっちなのである。人の感情の機敏をなかなかうまくとらえることができないのである。ぼっちをなめてはいけない。
そんなどうでもいいことよりも、「それで、よろしければ」の続きが聞こえてこない。
俺がくだらないことを考えているうちに、聞き逃してしまったのかとも思ったが、花陽は自分の手を合わせながらうつむいている。
どうやら会話の続きを話すかどうか迷っているようだった。
いったい、何だろうか?
そのまましばらく待つが、口を開いてくれる様子はない。
こういう時適切なタイミングで助け舟を出してくれるのは、
そうご存じ、綾女さんです。
「花陽さまはよろしければ、夕食を召し上がっていきませんか、とおっしゃりたいのですよ」
と花陽の言葉の続きを言ってくれた。
それが花陽の言いたいことであったということは、花陽が頷いたことで確認された。
綾女さんはやはりすごい。
「いかがでしょうか? 」
花陽が俺の目をのぞき込むかのように尋ねてきた。
さすがは神が特別に作った女の子(俺談)、光堂寺花陽である。凄い破壊力である。
俺の心臓がどくんどくんと脈を打つのがはっきりと聞こえる。この音が花陽に漏れていないか心配になる。
思わず視線を外しそうになり、声も漏れそうになるが、これになれないと花陽とはこの先やっていけないと思い何とか踏ん張る。
「親に聞いてみないと分かりませんが、多分大丈夫です」
その答えを聞いた花陽は何故か少し不満げに見えた。
まさか今の流れは断るべき流れだったのだろうか?
もしそうだとしたら高度過ぎてもはやお手上げではあるのだが。
助けて綾女さんと、そちらの方を見ると、綾女さんは今度は直接助け舟を出してくれることはなく代わりに花陽に近づいて耳元で何かをささやく。
その二人を見ていると、俺は本当に絵になるなと思った。美形二人が並んでいると、まるで写真集の表紙のようである。
花陽は、綾女さんの言葉にうんと、返事をして、俺に向かって拗ねたようにぼそっと言う。
「敬語」
「はい? 」
その言葉は予想外のものだったので、俺は思わず聞き返してしまう。
「だから敬語です。央紀君は幼馴染なんだから敬語じゃなくていいんですよ」
敬語か。確かに花陽と話す時は敬語で話していたように思う。
だって女子と話すなんてどうしていいのか分からないのである。
いきなり、普通に話すのもなれなれしいと思われても嫌なので敬語にしていたのだが、本人の許しが出た以上、これからはできるだけ気をつけようと思いました。
というか、花陽だって敬語じゃないか。そう思って尋ねてみると、
「私も気をつけます。いえ、気をつけるわ。だから央紀君もね」
と素直に言われた。
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